週刊 読書案内 エーリヒ・ケストナー「飛ぶ教室」(新潮文庫)
100days100bookcovers no65(65日目)エーリヒ・ケストナー「飛ぶ教室」(新潮文庫) 長らくお待たせしています。いいわけですが、毎日が、あっという間に過ぎ去る日々なのです。忙しいわけではないのです。ちょっと出かけると、もうそれだけで終わってしまうし。家にいても、落ち着かないまま夜なかになっています。 ブックカバー・チャレンジは萩尾望都「ポーの一族」、ちばてつや「あしたのジョー」ときて、DEGUTIさんが紹介されたのが「アウシュビッツを志願した男」でした。「うーん、どうしよう。あっそうだ、あれにしよう。」 結構すぐに決まっていたのです。でも、棚をさがしても出てこないので、結局、注文して、到着して、読み直して、と、ぼくらしくもなく律義にやっていて、今日になりました。 思い付きの経緯は「少年や少女たちの物語」で、DEGUTIさんの本の舞台はポーランドなので少しずれますが、「舞台がドイツ」だから、まあ、許容範囲かなということですが、まあ、個人的には小学生の頃に、「二人のロッテ」という「少女の物語」で出会った(ここははっきり覚えています)、この作家の、この「少年たちの物語」は、どこかで読んだはずなのに、内容の記憶が、全くないのは何故だろうという疑問を解きたいという、勝手な理由もあって、65日目として紹介することにしたのはこの本です。 エーリヒ・ケストナー「飛ぶ教室」(池内紀訳:新潮文庫) 父親の書棚で見つけた古めかしい岩波少年文庫の作家として出会ったケストナーですが、実は、「飛ぶ教室」が岩波少年文庫に登場したのは、「点子ちゃんとアントン」、「エミールと探偵たち」、「二人のロッテ」なんかの名作といっしょに、TAMAMOTOさんが以前紹介された「夜と霧」(みすず書房)の訳者でもある池田香代子さんの新訳でラインアップされた2006年のことのようです。 「飛ぶ教室」という作品の訳者というのは、今世紀に入って光文社の古典新訳文庫版の丘静也さん、岩波少年文庫版の池田香代子さん、いちばん最近では、今回紹介している新潮文庫版の池内紀さんなのですが、それ以前のドイツ文学は高橋健二という方の十八番で、ぼくたちの世代はケストナーもヘルマン・ヘッセもこの人の訳で読んだはずです。新潮文庫の「車輪の下」とかの訳者名とかで覚えていませんか? で、じゃあ、どこで読んだのか?そもそも読んだことがあるのか?書棚にもないじゃないか。というわけで、再(?)購入、再講読と進みました。 今度こそ、正真正銘のクリスマス物語を描く。本来なら二年前、とっくにできていたはずなのだ。遅くとも昨年の内に書き終えていた。だが、世の常のことだが、いつも何かしら邪魔が入る。とうとうおふくろに言われた。「今年も書かないようなら、クリスマスプレゼントはあきらめてもらいます」 これできまった。私は大いそぎで荷造りにかかった。テニスのラケット、水着、緑の鉛筆、山のような原稿用紙、それをトランクに詰め、母ともども大汗をかいて、息もたえだえに駅に来て、ハタと考えた。「さて、どこへ行く?」 おわかりだろうが、夏の真っ盛りにクリスマス物語を書くのは、至難のワザなのだ。いったいどこに腰を据えて書けばいい? 「身を切るように寒かった、雪が降りしきっていた。窓から外をながめたとき、ドクター・アイゼンマイアー氏の両の耳たぼが凍りついた」果たしてこんなことを、人々が焼肉状にプールのほとりに寝そべり、熱射病寸前といったなかで、たとえペンに集中しようとも、書けるものかどうか。書けようはずがない!そうだろうが。 女性はとかく現実的である。母は奥の手を心得ていた。つかつかとキップ売り場へ行くなり、駅員にやさしくうなずきかけた。「おたずねします、どこへ行けば八月に雪がありましょうか?」「北極に行くんだね。」 駅員はつい言いそうになったが、私の母だと気が付いて、からかい口調は飲みこみ、丁寧に答えた。「ツークシュピッツェの峰でしょうね、ケストナーさん」 ハイ、これが、「第一の前書き」の冒頭です。「うーん、これは、読んだことがないんじゃないか」ここら、最終章まで、一気ですね。ちょっと蛇足ですが、第二の前書きでケストナーはこんなこともつぶやいていました。 立派なおとなが自分の幼いころのことを、こんなにもきれいさっぱり忘れられるものだろうか?子供がおりおり、いかに深い悲しみと不幸を味わっているものか、ある日を境に忘れはてる。(だからこの機会に、きみたちに心の底からおねがいしたい。幼いころのことを、けっして忘れないこと!約束してくれるかな?ほんとだね?) ね、エーリッヒ・ケストナー(Erich Kästner、 1899年~1974年)という作家の「ユーモアと誠実」、信用できそうでしょ。ちなみに「飛ぶ教室」が書かれたのは1933年、ヒトラーが独裁を始めたその年です。彼の作品は大衆的に支持されていましたが、ヒトラー政権下では発禁処分になりました。ただ、当時の社会主義的な反ナチ陣営からも「プチブル的」という批判を浴びたそうです。 今、読み返して、なるほど「プチブル的」!。 作品が具体的な社会状況や、「政治思想」の外にあることは、そのとおりだと思うのですが、あの時代に「反ナチス」、「反全体主義」を貫き通した思想性の確かさは、現代に通じる「普遍性」をもっているのではないでしょうか。 ちなみに「飛ぶ教室」という題名は、ギムナジウム(中学校)の寄宿生である少年たちが、クリスマスの夜に演じる創作劇の題目にちなんでいます。 どうも、読んだことがあるのか、ないのかは釈然としませんが、今回、妙に懐かしく読んだことは間違いありません。傑作だと思います。 では、復活のYAMAMOTOさん、よろしくお願いしますね。(T・SIMAKUMA)追記2024・04・05 100days100bookcoversChallengeの投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目) (51日目~60日目)) (61日目~70日目) (71日目~80日目)という形でまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)