空はとんび

[読書記録] カテゴリの記事

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  平安寿子『あなたがパラダイス』

  　例によって「あっこ＆ター坊」さんのところで紹介されていなかったら手にすることはなかった本です。そういえば、最近女性作家ばかり読んでるなあ。以前は桐野さんと宮部さんぐらいだったけれど。　更年期真っ只中の女性とジュリー（沢田研二）のお話です。登場するのは３人の、もうおばさんと呼ばれるのにも慣れてしまった女性たち。更年期の症状、子育て・介護・仕事など女性が抱える問題をとても丁寧に書いています。　ジュリーは彼女たちが若かったころの王子様です。沢田氏が今でもたくさんのファンに支持されて、ソロ活動を行っていることや、そのシンガーソングライターとしての実力、中年としての生き方など、知らなかったことがたくさんありました。　この作者、ほんまもんのジュリーファンなんでしょうね。　　ファン、と書きましたが、もはやオタクですね。うん、そうなんだ、やっぱりオタクのお話ってところから抜け出せていない気がしました。すごくリアルでうなづけるところも勉強になることもたくさんあるんだけれど、まるで体験談集なんですね。ジュリーファンクラブ主催の体験小説なら一等賞をとることまちがいない。　読んでいて、自分もこうなんだよな、と思うのです（もちろん、自分には平さんほどの描写力も情報収集力もないのですが）。経験したことや見たことなら書ける。でもそこからもっと掘り下げて人間の本質的なところを言い当てる技というか、覚悟がないのです。上っ面をすい～っとすべっていても、ああそうですか、と流されてしまうのです。　テレビドラマならいけるかなと思いました。もしかしてもオンエアしてたりして。　

  2007年04月27日

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  『１２歳の文学』追本葵「月のさかな」他

  　久しぶりのツタヤで立ち読みをする。そこで目にしたのが『１２歳の文学』。小学館主催で、小学生以下限定の公募の、昨年の受賞作品が収められている。　なんだかんだいっても１２歳じゃん、なんて軽い気持ちで手にしたのだが、巻頭の追本葵さんの「月のさかな」には驚いた。栴檀は双葉より芳しですな。選者のあさのあつこさんが「強力なライバル出現」と書いていた。たしかに、うまい。　　何に驚いたのかというと、冗漫でないことだ。省くところが絶妙。会話も人物の説明も。　仲のよい姉妹の話なのだが、家族の関係などを長々と書くことをしていない。お母さんと姉の確執もピンポイントで、冒頭の姉の「月に住みたい」という台詞を納得させている。　立ち読みだけなので引用はできないけれど、こんなのを書ける小学生を相手に国語の授業をするのってたいへんだなあと、そんなことを思ったのだった。　選者のひとりの重松だったかが、「学校では書けないようなものを書こう」みたいなことを言っていた。昔、「文学と教育は矛盾する」と言っていた大学の先生の言葉を思い出した。　ただ早すぎた注目に、不安はある。青田を刈って枯れさせてしまうことはないか、どうか、大事に育てていってほしいものである。　

  2007年04月24日

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  大沢在昌『Ｋの日々』

  　どうした大沢。『天使の爪』もイマイチだったけど、これはちょっとぉ～じゃないですか。　Ｋってなんだろう、ひょっとしてＫＧＢかなんかかなと期待してしまったのがいけなかった。すらっとした美人の雑貨店の女主人のイニシャルでした。　彼女は３年前やくざの親分を誘拐して８千万円を持ち逃げして東京湾に浮かばされた中国人の恋人。その事件の共犯のもとやくざから依頼を受けて、なくなった金のありかを探っているのが主人公の「木（もく）」という元刑事。　やくざ、元刑事、中国の黒孩子（戸籍をもたない子ども）、とくればかつての『毒猿』のようなハードボイルドだと思ったんですけどねぇ。　何がつまらないって、ほとんど会話なんです。　会話で物語が展開するのって、けっこう思い込みが多くて、はじめからアイツガ怪しいと思っていたじゃないのよと突っ込みたくてもできないわけです。思わせぶりが続いて、やはり予想通り。ひねりも何もない。　物騒なお仕事が出てきます。「マキ」と呼ばれる死体を完全に焼却してしまう解体屋です。　そこの御曹司がまた「らしくない」んだなあ。もっと意外性のある人物だとよかった。そこに倫理観を絡ませて技ありで見せてほしかったなあ。　図書館でずうっと前に予約した『狼花』はまだ１８人も待たなくてはならない。それもイマイチだったらもう大沢はいいかなあって思いました。

  2007年04月21日

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  小川洋子『余白の愛』

  　　１９９１年というから『薬指の標本』よりも前に書かれた作品。誰かが紹介していたので読んでみたのですが、それが誰だか分からない。読んだ人と語り合いたくなく上質な作品でした。　耳の病気を抱えた２７歳の女性が座談会で速記をしていたＹという男の指に惹かれてしまう、というあらすじを書くとなんともつまらないものになってしまうのですが、小川さんの澄んだ世界というか、静謐というのか、他の人には書けない世界があるんですね。上品というより「上等」という言葉がふさわしい。　耳の病気を抱えると、がさつな人間かどうかがよりはっきりするのですね。その象徴として勝手に好きな人をこしらえて入院中に離婚を言い渡しにくる夫がいます。そしてその対局にいるのがＹという人物です。語れなかった思いをＹに速記してもらうことによって「わたし」は安らぐことができます。　１３歳のときにデートした少年といっしょに行った博物館にあったベートーベンの耳栓とか、侯爵家のお屋敷を改装したホテルだとか、たぶん現実にもあるであろうけれど自分などは素通りしてしまうものを素材にできる作者がなんともうらやましい。　でもだからといって住む世界が違うのよ、と拒絶することなく、言ってみれば憧れとして読めるのですから、ほんと小川さんはすごいです。１６年も前に書かれたのに世俗的なことは一切省かれているので、今でも新鮮です。これを３０代で書くんだなあ。　ただ、ラストが分かりにくくて、　何かを考えたり、つじつまを合わせようとしたりしては駄目なんだと、自分に言い聞かせた。　といわれたら、そういう謎解きみたいなことは下賤のもののすることなのかなあと思ったりしました。

  2007年04月14日

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• 村田喜代子『花野』

  　短編が６編繋がって、長編小説になっている。主人公は５４歳の遠山暁子という女性だが、それぞれの章には視点者になる「わたし」がいて、彼女を表現している。　作者があとがきで述べているように、テーマは「閉経」である。白髪が増え、更年期のたいへんさも乗り越えた女性は、どういった「人間」になるのか。まだ閉経を迎えていない人間なら、疎ましい寂しいものと捕らえがちだが、この作者は違っている。閉経をわくわくしながら楽しみにしているというのだ。　　考えてみれば、家族のために家を守り続けてきた女性にとって一番解放されるのはこのくらいの年齢なのかもしれない。幸い暁子さんには舅、姑の介護は待っていなかったし、夫が理解がある人だったので、彼女はパートという形で人生の秋を彩りよく迎えようとする。　ずっと家にいた主婦がうどん屋のアルバイトから始め、ビラ配りやマンションの窓開け閉めなどのパートを経て、スナックの裏方をやったり一回だけお店に出てみたり、最後には魚の行商を始める。　どの女性にもやってくる閉経だが、こうやって楽しみに迎えることができるだろうか。　それを支えるのは暁子の夫の言葉だ。「女房が女でなくなっていくような、そんなさびしい気持ちがしない？」　これはたいていの妻が抱いている不安ではなかろうか。やはり、彼はむっつりした表情のまま、「いくつになっても女は女だ。男になることはない」「そうね、女はさいごまで女なのよね」「たとえ百歳の老婆でも、女であれば可愛いものだ」　なるほどねええ。

  2007年04月11日

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• 村田喜代子『蟹女』

  　村田さんの短編集。どれも日常しか書いていないのだが、すごく変な話ばかり。　いったい村田さんの頭の中はどんな風になっているのだろう。いっしょにいたら当たり前の景色がすごく違って見えて楽しいだろうなと思う。　「蟹女」は病院の患者であろう年配の女性が医師に自分の半生を語る物語だが、どうもこの女性は精神を病んでいるらしいということが徐々にわかってくる。もしかしたら痴呆なのかもしれない。蟹のようにたくさんの子を産んだらしいこと、原始人のように大家族で山の中で暮らしたことなど、人類の歴史を語るような勢いになってくる。それでも子どもたちが見舞いに来るから、と医師の部屋を後にするところが物悲しい。　「春夜漂流」は巨大な団地群で迷子になってしまう家族の話。大の大人が揃って家に帰れなくなってしまうなんて、なさそうで、実はあるのかもしれない。　「ワニの微笑」も、夫の帰りが遅い家庭の電気炬燵から毎晩ワニがのそのそと這い出してくるというまったくありえない話。「そんなふうに現れるワニが実際にいても、いいんじゃないかと思うのよ」と社宅の階下で暮らす妻は言うのだった。　よくファンタジー好きな人が、こういうありえないことが起きる話を書いたものを目にするが、村田さんの説得力に勝るものはないなあ。理屈ではなくて、事実でもなくて、そこにはあるかもしれないと思わせる力っていったい何なのだろう。　自然の中に今でもいる妖怪とか神だとか言われるもの。それを信じている人には見えるのかもしれないな。水木しげるのような人なんですね。きっと。

  2007年04月08日

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  絲山秋子『沖で待つ』

  　絲山さんを語るに「沖で待つ」も知らないのでは、と図書館で借りてくる。　中は「勤労感謝の日」と「沖で待つ」の２編のみ。どちらも軽くさらっとしている中に、ピリッと効いた唐辛子が埋め込まれているという感じ。ちょっと涙がにじむ人もいるだろう。　作者自身「INAX」に勤めていたらしい。そこで働いた経験そのままの主人公は、バブル時代にもてはやされた広告塔としての女性総合職で働く。　「沖で待つ」は、ひとりの男性社員との友情を描いている。アメリカ映画などならたいてい男社員と関係をもってしまうが、最後まで友情を押し通しているのがいい。　自分は「勤労感謝の日」のほうがどちらかというと好きだな。　３０を過ぎて職安に通いながら見合いをする羽目になった女性の立場を、卑屈になるでもなく、明るすぎもしないで、つまりひとりの人間として描いているのである。　見合いの相手は不細工、礼儀知らず、エリート意識丸出しの最悪の男。というか、世の男なんてたいていこんなものだ。それを痛烈に描いてくれているのが小気味いい。　強いて言うなら、もう少し上品さがあってもいいかなと思いました。上品さは何も女性の特権ではないと思うのです。

  2007年03月29日

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  重松清『セカンド・ライン』

  　重松清は小説だけでなく、数多くのエッセイや書評を書いている。子どもの問題を扱ったテレビ討論番組にも数多く出演している。新聞や雑誌に載せられたコメントを一冊にまとめた作品集。　ドラえもんがきらいだったり、高校球児に対して違和感があったり、ほんとうはたくさんの人が思っていても言えないでいることを、重松はずばりと言ってのける。いや、ずばりではないな。批判を予め塞いでしまう技を持っている作家だからこそ、こんなにいろんなことが言えるのだろうな。羨ましい。　しかし、エッセイ１００連発を図書館で借りて読むという行為はまちがっていた。これはちょっと机の片隅にでも置いておいて、いつでもふらっと読めるようにしておく本である。さすがにこの重松節を延々と読むのは疲れる。　重松って、案外意地悪な人だったのね、と、今更知った。

  2007年03月27日

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  伊坂幸太郎『死神の精度』

  　久しぶりの伊坂作品。相変わらずテーマは「死」であるのに軽妙でかっこいい。　千葉という名前をもつ死神の仕事は、不慮の事故による死亡を確認することである。調査の結果「可」なら無事（？）に死が訪れる。たいていは「可」なのだが、巻頭作「死神の精度」は例外で、冴えない女性の死亡は先送りとなる。　こんな風に千葉が見送りした人物の話なのかと思ったら、その後は予定どおり、ターゲットの人物は死亡してしまう（であろう、というものも含めて）。ただ、死ぬ前の人にも、何かあるのだ。誰も知ることがないその「何か」を死神・千葉が見届ける。　６つの短編集であるが、例によって少しずつ繋がっているところがある。死神は年を取らないので何十年もジャンプできるってわけだ。　『重力ピエロ』の弟らしき人物もちらりと登場させるところなど、読者サービスもうれしい。　たぶんこれは全部を想定して書かれたものではなくて、続編を書いていったものだろう。いつものようなぴったりはまるパズルですっきりさわやかというわけにはいかなかった。　最近重いものばかり読んでいたので、たまにはライト系の飲み物も欲しいな、というときにちょうどよかった。

  2007年03月27日

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  安達千夏『あなたがほしい』

  　これはヤバイものを読んでしまった。　ヤバイという言葉は若者コトバの中では的を突いた表現だと思う。平静さを揺るがされた、このままでは知らん振りを決め込むことができないぞ、というような。　さて、なぜ本題にすっと入らないかというと、これについての感想を書くということ自体が、自分の心の扉を開けてしまうからだ。　安達さんはほんとに私のツボを押さえる人だなあ。隠し扉のボタンをこうもあっさりと見つけられてしまうとは。しかも、卑猥ではない。半分は性描写なのだけれど、他の人が書くそれとは全く違うのだ。うまく表現できないけれど、鍼が少しのずれもなくツボを刺すのに似ている。　ストーリーはほとんどないといっていい。表面的には大手の建設会社に勤める２９歳の女性がやり手だが評判のよくない建築家と関係をもち、会社を辞めてその男の事務所に引き抜かれるということなのだが、彼女が一番欲しい相手は7つ年下の女性である。　生まれてきたことを母親から歓迎されずに育った主人公が「帰る場所」として年下の女性を求める。異端であることへの羞恥と懼れ。それをすべて受け入れてくれる「親友」としての男。　もしかしたら、これは一部の女性だけが反応するものかもしれない。そう気がつくと、もしかしたら自分が求めていたものはこれではないかと思えてきてしまったのだ。　もし安達さんが教祖となって団体を作ったら、自分は信者になって彼女に膝まずくのではないか。　これを30歳で書いてしまう女性がいるということが驚きだ。

  2007年03月21日

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  恩田睦『夜のピクニック』

  　第2回本屋大賞受賞作品。恩田睦は『六番目の冴子』しか読みきっていない。苦手なんだなあ。本屋大賞なら、とがんばったんですけど。。。。やはり、苦しかった。　進学校の例年の行事、歩行祭に参加する高校生の物語。ちょっとわけアリの男女が、まあハッピーエンドってことなんですね。しかし、この高校、平和だね。あまり時代を確定するものが出てこないけど、昭和のお話ですかね。作者自身の思い出ってところか。（もちろんほんとは現代の話だと思うけど）　賭けだのおまじないだのやたらにひっぱる台詞が出てくるけど、結局なんにも起こらない。いや、それはそれでもいいのだが、登場人物をもう少し書き分けられないのかね。台詞だけを出したら誰のものか全く見当がつかないよ。性格は説明によるものばかりで、にじみ出るものが何もない。　はっきりいって、恩田さんは文章が下手。　「憮然とした」は用法を間違って何度も使われているし、「逡巡」とか「確信」とか「吐露」とか、やたら大げさな言葉が彼らに似つかわしくない。「・・・である」という文末も目に付いてイライラするし、ほとんどちょっと言葉を知っている小学生が書いた文章なのだ。こなれていない。ざらつく。だから読めない。　　歩きっぱなしの疲労感を読者にも体験させるために、わざと疲れる文章を書いたのでしょうか？って皮肉を言いたくなった。　本屋大賞は『東京タワー』にしても自分とは違う嗜好の本を選ぶものだと確信しました。はは。

  2007年03月18日

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• 綿矢りさ「蹴りたい背中」

  「インストール」から２年後、２００３年芥川賞受賞作品。たしかにうまくなったなと思う。　主人公の女子高校生はクラスからも部活からも浮いている存在。同じく浮いている「にな川」という男子はスーパーモデルのグッズを買いあさるオタクである。そんなへんな二人の恋とは言えない微妙な関係を鱗の一枚一枚を描くように丁寧に表した作品。　会話は冗漫でなんてことはないように思えるのだが、ときどきピカリと光るものがある。それが彼女の感性なのだろう。・・・彼らには薄い膜が張られている。笑顔や絡まる視線などでちょっと張られていく膜だ。　膜は薄くて透けているのにゴム製で、私が恐る恐る手を伸ばすと、優しい弾力で押し返す。　多分無意識のうちに。そしてそんなふうに押し返された後の方が、私は誰ともしゃべらかなった時よりも、より完璧に独りになる。　とまあ、いいところはたくさんあるのだが、やはりこれだけで芥川賞？という思いはある。才能はある。でも時期尚早ではなかったのかな。芥川賞って何なんだろうね。

  2007年03月15日

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  安達千夏「見憶えのある場所」

  これはすごい。なぜこれが芥川賞候補にも上がらなかったのか不思議なくらいだ。　安達千夏さんは１９９８年「あなたがほしい」ですばる文学賞を受賞し、芥川賞候補にもなっている。次の予約はこれにしよう。「モルヒネ」も読みたい。　結婚することで総合職エリートの道を絶たれ、子どもを産むことで会社を辞めた母に育てられた娘の物語。見憶えのある場所とは虐待を受け、ことあるたびに「あなたを産まなければよかった」という叫びが染み付いた家だ。　こう書くとどろどろした親子の物語になってしまうけれど、その特異な文体が淡々と冷静に語る世界はだからものすごくリアルで、テレビドラマでは到底描ききれない、ちゃんとした劇団の舞台でならあり得るかなと思った。　内容より文章の一つ一つがすごいのだ。どこを切っても深い。　　　　自ら母親となることでふたたび菜穂子の子どもに戻ったのではと、ゆり子は感じる。　　　命を宿さなければ、あの家を拒絶し、否定していられたというのになんという皮肉だろう。　　　　私にはスキルがない、と搾り出すように言う。　　　　彼女にしてもらったようなことは絶対にしちゃいけない、それは承知している。　　　　でも、じゃあどうすればいいかとなると、暴力はいけないとか、　　　　馬鹿にしたり可能性を潰すようなことを言っちゃいけないとか、　　　　そんな、極端なことしかわからない。　　こうして書き写してみると、改めて、的確に言葉を選んでいると感心する。主語を書かなかったり、会話文を織り込みながら心理を描く手法などは「源氏物語」を思い起こした。　上記はほんの一部で、どの人にも感じ入る部分はあると思う。読者会をしたら何時間も盛り上がりそうだ。　後世に残る作家というのはこういう人を指すのだろうと思う。　　

  2007年03月13日

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  重松清「きみの友だち」

  　2005年の重松作品。しかし、たくさん書いてるなあ。以前はすべてチェックしていたけれど、とても追いつかない。　交通事故で足が不自由になった女の子とその弟をとりまく人間関係のオムニパス。ラストがなるほどね。重松らしい。　女の子集団と男の上下関係。印象的なのはやはり女の子のグループ争い。今は男の世界もこうなってるらしいから、たいへんだなあ。謝ったらいいのか何もいわないほうがいいのか、言葉を発するということだけで毎日こんなに周りの目を気にして生活していたら、いやになっちゃうな。　友だちって何？という問いかけのヒントになるために書いたのだそうだ。でも、どうしたらいいかは分からない。自分で考えなってこと。う～ん。。。。　そろそろちゃんとした友だちの話を読みたいな。病気とか怪我とか（泣けたけど）そういうのがなくても友だちって作れるはずだから。　いつまでも留まっていても何も解決しないんだ、と言いたくなった。

  2007年03月09日

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  田中慎弥「図書準備室」

  　本屋さんで冒頭を立ち読みして図書館で予約。後で知ったが芥川賞候補だった。　表題の「図書準備室」は人によっては「何これ？」と思える文体だろう。なんせ一文が長い。祖父の法事のときに叔母さんから仕事をしていないことを咎められる主人公が、長々とそのわけを話そうとしているのだが、ちっとも本題に入らなくて、横道ばかり逸れて、しかもものすごく言い訳がましくて、若者らしくないふらふらした態度で、「死にたい」と言えば母親がお金を出してくれるという生活すべてが、イライラするだろうな、たしかに。　でも、面白いのだ。なぜか分からないがぐだぐだ語られる中学時代の教師とのいきさつに辿り着いた頃にはすっかり取り込まれていたという感じだ。　戦争で人を殺すことより気に入らない上級生をリンチしたことのほうが罪が重いと教師は言う。主人公は、それはどうかなと疑問をもつ。そして自分は戦争で招集されても逃げて逃げて逃げまくるだろうと語る。　もうひとつの作品「冷たい水の羊」はもっと鮮烈だ。いわゆるいじめられっこが何一つ抵抗しないで攻撃を受け続ける。憎しみは加害者ではなく助けようとしている女生徒に対して向けられる。そして常に「死ぬこと」を夢想し続ける中学生。　　作者はこの主人公自身なのか、それとも加害者である病的な不満を抱える優等生なのか、それとも見ていただけの傍観者だったのか、それがすごく気になった。言えるのは、証言者だということだ。　　これを書いてから「図書準備室」に至ったのだとすれば、なんとなく納得がいく。　今の若者はなっとらんとか、時代がおかしいとか、子どもたちが病んでいるとか、そういう外側からの意見とは対局にあるものがここにはある。内側なのだ。当事者なのだ。　　理解してほしいとか感動してほしいとかを作者が望んでいるわけではないのだろう。これは「平成史」の写真展みたいなものかもしれない。

  2007年03月08日

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  絲山秋子 「エスケイプ/アブセント」

  　サヨクの活動家だった江崎正臣は突然目覚めて何もかもを「エスケイプ」し、京都に向かう。　空港とか農家とかからすると、成田闘争の過激派の残党ってところでしょうか。「オルグ」「プロレタリアート」なんて言葉、何年ぶりに聞いたでしょう。さしずめ浦島太郎か横田正一さんってところですか。　京都でエセ牧師に出会い、神様にも祈ってみたりして、ときどき心の中の声に耳を傾けるわけですが、双子って設定に、ちょっとがっくり。　うちにはホンモノの双子がいて、やたらに漫画とか小説に登場する都合のいい双子の話には正直うんざりしてしまうんだな。　遠く離れていてもテレパシーとかで繋がっているとか、同時に風邪をひくとか、相手が何を考えているか分かってしまうとか、たいてい戦前生まれの人は間違いなく信じてますね、そういうこと。それって、ある意味差別なんだけど、平気で興味津々の目を向けてくる。　で、「アブセント」でそれが種明かしみたいな感じで使われているんだな。だからなんだってんだよって言いたくなる。　そうなると、始めは面白く読んでいたはずなのにアラ捜ししたくなった。だいたい女性が男の目線で書くと、やたらに下品になるような気がする。サヨク活動家についても、２０年間をただ無駄だったでいいのか？って思えてくる。当事者が読むと怒りがわいてくるシロモノなんじゃないですかね、とかね。　たった一冊しか読んでないけど、たぶん、もういいな。おそらく頭がいい人が書いている話なんでしょう。愚鈍な者には感情移入できませんでした。

  2007年03月04日

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  松本清張「男たちの晩節」

  定年、老後、病、と人生の下り坂を生きる男たちの話。新聞社の校正係りとか、広告担当とかリアルでさすがだと思いながら読んでいると、どうもお金の価値に違和感が。。。。ああ、どれも昭和３０年代に書かれたものだったのね。その頃の清張はまだ５０前です。　「恍惚の人」も世に出ていない頃に、すでに男たちの晩年の侘しさをここまで予言していたなんて、恐れ入りました。　中でも面白いのは「筆写」という７２になるお爺さんのささやかな反乱の話。老人特有の厭らしさがかわいい。　改めて、松本清張の大衆性を感じた短編集でした。だから後世にもドラマ化が絶えないんですね。「わるいやつら」もまた見てしまおうっと。

  2007年03月01日

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• 松本大洋「ナンバー吾」（漫画）

  　松本大洋は息子が尊敬してやまない漫画家である。おかげで「ピンポン」も「鉄コン筋クリート」も読ませてもらった。細いペンのみで描く世界は漫画というより芸術作品といえる。　「ナンバー吾」は遺伝子組み換えを駆使して創られた超人的な能力をもつ平和戦隊「虹組」の物語である。それぞれのナンバーに漢字があてられ、「吾」はもちろん「５」。主人公のはずなのだが、その生い立ちからなぜ反乱を起こしたかも謎のまま。連れて歩くマトリョーシカという女は何なのか、王（ワン）の狙いとは、と読者を惹きつけていく。　　映画の「２００１年宇宙の旅」を思い出したと言うと、息子たちがどんな映画？と関心を寄せてきた。最近こうして自分が見たり聞いたりしてきたことを息子たちに語る機会が増えて喜ばしい。　ネットで検索してみたら、松本氏の母は、児童文学、詩人の工藤直子さんなのだそうだ。やはりただ者ではないのだと、妙に納得してしまった。工藤親子もさまざまな話題で盛り上がったりしたのかな。すごい人ってたいていお母さんがエラいんだよね。父親はあんまり関係ないみたい。

  2007年02月28日

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• 村田喜代子『鍋の中』

  　田舎暮らしのおばあちゃんのところに孫の4人の若者がひと夏を過ごしにやってくる。体は丈夫そうだが、ときどき耄碌しているのかと思えるような言動をするおばあちゃん。料理は最悪にまずい。。。。とここまで読んで、あれ？どこかで見たことがあるなあと思ったら、黒澤明監督の「八月の狂想曲」はこれが原作だったのですね。　でも、あの映画のラストのもっとも印象的な、雷が鳴ったら白い布を被せるシーンは出てこなかった。舞台も長崎ではない。こんなに重要な要素がオリジナルなのに、あの映画はたしかにこれが原作だと思える。この原作を黒澤監督が解釈するとあの映画になるってことなんだろうな。それだけ、深いのだ。　　村上さんの作品には死んでしまった人がよく出てくる。それは「蘇り」のようなうすっぺらいフィクションではなく、生きている人が亡くなった人に対して抱く「畏れ」の感情だ。日本人は熱心な仏教徒というわけでもないのに、こうして死者と共存してきたんだなと改めて感じさせられる。　そのほか同人誌時代に書かれたいくつかの作品も載せられている。高校生の少年の心理を巧みに描いた「盟友」、「熱愛」。水難事故で娘を亡くして「子どもを事故から守る会」の運動にのめりこむ主婦の話「水中の声」など、感情的にならずに切々と訴える手法は、エンタメ系とは一味もふた味も違います。これはそのまま作者の人間性なのだろうな。う～む、自分はまず実生活から改善していかないとだめだなあと、村田さんのを読むたびに反省するのだった。。。。

  2007年02月21日

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  多和田葉子『海に落とした名前』

   　聞いたこともなかった作者ですが、なかなか評判がいいようなので借りてみました。　こういうのが好きっていう人もいるのだろうけど、自分には合わなかったかな。のっけからゲイの話でついていけなかったし、どれも「どこかヘンな人」の話ばかりだった。「土木計画」の落ちも好きではない。っていうか、落ちがない話。これで終わり？と思うものばかり。前に誰かが「小説には落ちをつけてはならない」というようなことを言っていたが、それにしてもこれではあまりに宙ぶらりんで、放り出された私はどうなるのよ、と言いたくなってしまう。　ただレシートだけを題材によくここまでネタを考えられるものだと感心する。誰にも同じように見えているはずのものが、ヘンな人にとってみれば、こんなものに変身してしまうのだと思うところが多かった。作者はよほど変人に違いない。

  2007年02月18日

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  池井戸潤『空飛ぶタイヤ』

  　空飛ぶじゅうたんの親戚みたいなファンタジーなのかと思っていたら、これが大間違い。　記憶に新しい三菱ふそうトラックのハブ欠損によるトラック事故（死亡事件）を題材にした、ものすごい社会派ドラマなのでした。巻末に「フィクションです」って書いてあるけど、どうみてもあの事件ですよ。これは一市民が元財閥企業に立ち向かった勇気ある小説と言えるでしょう。かなりの長編ですが、エログロ一切なしです。ある意味、大人向けの児童文学みたいです。「大人になったら分かる」という言い訳をしない大人なら感動できます。　運送会社のトラックのタイヤが突然脱輪し、歩道を歩いていた母子に直撃、若い母親は死亡します。夫はトラック会社の社長、赤松の訪問を固く断り、誠意がない対応だと訴訟を起こします。事故原因を「整備不良」と断定された赤松は部下のひたむきな仕事ぶりを信じ、「うちには過失はない」と製造元である大企業に乗り込むのですが、まったく相手にされません。一番の取引先が手を引き、融資銀行も打ち切りを宣告、頼みにしていた週刊誌は圧力に合い掲載中止、おまけにＰＴＡ会長を務めている息子の学校でもさまざまな問題が起こりだす。。。。。　いったい今、これだけの苦境を乗り越えられる「男」は日本にどのくらい存在するのでしょうか。真相は偶然が重なった結果だと言えなくもないですが、その日まで諦めずに全力で闘ったからこそ迎えられた偶然です。何度も挫折しそうになっても、読者はページ数を見てはまだきっと何かあると期待できるわけですけど、当の本人にはそんな予想はないのです。　　　こんな人が夫だったらなあ。。。。。　世の奥様方、そう思うこと間違いないです。 なんと言っても極めつけは、息子がお金を盗んだと言う疑いをかけられて、冤罪が晴れたときの台詞です。「パパの真似したんだよ」　泣けます！ 

  2007年02月14日

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• 村田喜代子『蕨野行』

  　姥捨ての物語。60歳を迎えた老人たちはワラビの野で共同生活をする。俗のしがらみも差別もないその生活は真に自由で生き生きとしている。このあたり「楢山節考」とは違って、ただ死にに行くのではなく、老人たちは死ぬ直前まで生き抜く。　「ヌイよい」「お姑よい」で語られる若い嫁、ヌイとレンばあの会話がなんともいえない情緒を醸し出していて、ずっと聞いていたくなる。レンは知恵もあり、温情豊かで、里に残ってもまだまだ活躍できた人物である。ヌイだけが秋には姑が戻ってくると信じて待つ場面は胸を打つ。　それにしても、昔の山沿いの村の暮らしは凄まじい。冷夏の年は子どもを孕むこともはばかれる。何人もの嫁が嫁入り先からも実家からも追い出され、山に篭る。どれだけの赤子が間引かれたことだろう。　山々には、こうした人々の魂がまだ眠っているのかもしれない。　映画化され、市原悦子さんが主演したらしい。とても明るい映画だと聞いた記憶があるが、いやいや、厳しいですよ。

  2007年02月06日

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• 『鯉浄土』村田喜代子

  　娘の出産、夫の病、舅の介護などが題材になっている短編集。村田さんは１９４５年生まれ。人生の甘さ辛さも十分ご存知の大人の女性のお話である。　とても読みやすい文章だし、ほとんどが日常を描いているのだが、この人の手にかかると違った世界になってしまう。千利休が触ると安物の茶碗が光を放つという話を読んだことがあるけれど、教養というものはこういうことなのだと思い知らされる上手さである。　上手さとは別の観点で面白かったのは、『庭の鶯』の継子の釜茹での話。今ちょっと残酷なニュースが流れると決まって「恐ろしい世の中になったもんだ、昔はよかった」ということを言う人がいるけれど、全国（なぜか西が多かったけれど）でこんなにたくさんの子殺しの民話があるなんて。今に生まれてよかったよかった。　女性ならではの視点と言われると、自分は女性として何を見てきたのかと反省させられる。日々をしっかりと生きて年を重ねるということはこういうことなのだ。　やがて迎えるであろう人生の行事についてとてもしっかりしたお手本を見せてもらった。図書館では『蕨野行』も予約しているので、当分楽しめそうである。

  2007年01月29日

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• 野坂昭如「少女Ｍ」

  　え～実は完読しておりません。「オール読物」とかに載っていた短編集なんですけど、やはり女性向けではないかなあ。　性を売る少女たちとおじさんというシュチエーションが多かった（半分しか読んでない）と思うのですが、作者は取材して歩いたのでしょうかね。オジサンはそれでいいのか！、いい大人が若い人たちに何も意見しなくていいのか！とだんだん怒ってきまして、もういいか、と図書館に返却してきました。　文体は独特で、彼の「火垂るの墓」とか「アメリカひじき」が載ってる文庫はたいそう面白く読んだものですが、期待を裏切られた感じ。今の世の中、悪いのは若者ではなく、オヤジだちだと妙に納得した気分です。そういう男の侘しさを描いたといえなくもないけど、こんなに受身でどうする、それでいて何が「がばがば」だ。。。。あ、こういうところに一番腹が立ったのかもね。　官能小説になるのかなあ。出てくるのはしなだれたモノばかりでしたけど。やはりその侘しさは男にしかわからないのでしょう。もう、いいや。

  2007年01月23日

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• 島田雅彦「エトロフの恋」

  　読んだことない作者シリーズ第２弾。　「優しいサヨクのための嬉遊曲」でデビューしたんでしたっけ。なんだか日和見主義の代表みたいで食わず嫌いでした。いや、だからすごくおいしかったとは思わないんですけど。。。　「無限カノン３部作の最終章」と銘打ってあったので、とりあえずこれを読んでからそのほかを読むかを決めようとおもいましたが、しばらくはいいかな。。。。　だからつまらなかったというわけではありません。極寒の地、エトロフが舞台で、そこには人々が忘れてしまった心のふれあいがあった。。。。なんてことはまったくなく、ただ厳しいだけ、人々は荒々しく、人の未来が見えてしまうマリアばーさん一家は忌み嫌われているのです。その超能力者、シャーマンというのでしょうか、の娘と主人公野田カヲルが恋に落ちます。これは恋というのではないな、お互いが癒されなくてはならないために運命がめぐり合わせたのですね。　昼ドラのような「許されない恋」の結末なんですが、それを読ませるのは作者の品のよさななのでしょうか。人々に対しての距離のとり方もうまくて、次第に溶け込んでいく主人公は、インポテンツと声楽家にとって命取りの喉の故障を抱えている５０過ぎのおじさまです。その心には今は皇太子妃になっている（この設定がすごい）恋人がいて、アメリカには妻がいて、それでこんな最果てのところでも若いロシア美人に愛撫される。改めて書いてみると、ずいぶんですねえ。でも、いやみがないんだな。男ならこれぐらいの夢もってほしいと逆に応援したくなる。　図書館でたくさん予約してしまったので、それらを読んだら、ひょっとして残りのどろどろの愛憎劇のところも読もうかな。どろどろ、じゃないか。たぶん。

  2007年01月21日

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• 村上春樹「海辺のカフカ」

  　ついに村上作品初読破。　　そもそも最近まで読んでいたエンタメ系の小説とは根本的に違うお話でありまして、後半はほとんど御伽噺ですな。なるほどこういうのを「良質のユーモア」というのか、とか思いながら読んでいきました。途中からどんどん面白くなりまして、へえ、こういうのだったんだあと偏見をもっていた今までを反省いたしました。　でも読むならもっと若いときにするべきだったな。やはり１５歳の少年（えらいませとりますけど）の内側には同化できませんですな。自分はこの彼の高尚な趣味のクラシックも哲学もほとんど素通りでしたな。ああ、『饗宴』は覚えていたな。「男男」と「男女」と「女女」。うん、読んだことあった。　だからナカタさんの登場なくしては読了は難しかったと思われます。ナカタさんはいいねえ。途中から星野くんという青年が登場して「仏陀とかに着いていった人の気持ちが分かる」というようなことを言いますが、こういう人こそ聖人というのでしょうね。記憶をなくした知的障害者ということになってますが、生きていく行く上で大事なことはしっかり掴んでいるんですね。　母親との姦通とか父親殺しとか、はるか昔のオイディプス王からの、男の子にとっては重大問題なのかしらね。この場合、母親に捨てられた息子だからまたそれとはちと違うような気もしましたが、あまり難しいことは分かりません。なんていうか、そういうことを時間をかけて議論していた頃はもう遠くなってしまったのだよ。　村上氏はどうやって今でも少年の心に同化できるのだろうね。きっとものすごく変な人なんだろうなとか、もうどっぷり俗人は思うのでした。

  2007年01月15日

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• 綿矢りさ「インストール」

  　当時高校生だった綿矢さんはこの作品で文藝賞を受賞した。もう６年も前になる。　芥川賞を受賞してからの彼女の活躍はあまり知らない。高校生で作家になる。なんとも羨ましい限りだとその頃は思ったものだが、きっとたいへんなことだったろうと、この作品を読んで思った。「蹴りたい背中」を読んでからまた詳しくは述べるとして、「インストール」である。　登校拒否を宣言した主人公のマンションに小学生の男の子が引っ越してくる。捨てようと思った彼女のパソコンを男の子はみごとに「インストール」し直して、あるバイトを紹介してくれた。それは「チャットの風俗嬢」になりすますことだった。。。。軽いように見えて、ツンと突く場所が的確である。とくに情景っていうのか、心理をうまく描いていると思う。６年前はまだネットの普及率が低かったんだなあと懐かしく思った。イジメもあったのだろうけど、今とは何か違う。そういうのもいたけど、そうじゃないのもいた。ああ、そうか、今と当時の違いは、割合の違いじゃないのかな。多数派ではあっても大多数ではなかった。それが今はほんとに多数派に属さなくては生きていけないような危機感がある。とくに男の子の中に。　あ、また作品から離れてしまった。　予想よりずっと短い。あっけなくお話は終わってしまって、みんな元の場所に戻っていく。なんだか分かったような分からないような。１時間もかからなかったな。この本、１ページが厚いんだって。なるほど。

  2007年01月15日

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• 岡島二人「９９％の誘拐」

  　５歳のときに誘拐事件にあった生駒慎吾は、癌でこの世を去った父親の遺書から、その事件の真相を掴む。２０年後に起きた新たな誘拐事件は、コンピューターゲーム「アスカの秘宝」のゲームマスター、アスカがしくんだものだった。果たしてアスカは誰なのか、２０年前の事件の真相とは何か、１０億円のダイヤの運び屋に指名された慎吾が「犯人」とどこで接触するのか。コンピューターに詳しくない刑事の存在のおかげで業界通でなくても楽しめる娯楽作品。　とまあ、いちおう褒めておきますが、エンタメ映画を観ましたってところですかね。驚くほど後に何も残らない。ただただパソコンから出される次の指令にはらはらさせられただけで、犯罪はみごとに成功し、２０年前の事件についてもどろどろしたものは何もないのですね。　お話自体が、ゲームなんですね。そこに「人間」がいない。だから娯楽小説なわけか。

  2007年01月05日

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• 浅田次郎「シェエラザード」

  　太平洋戦争末期に敵国の捕虜の救援物資を運ぶ使命を帯びて絶対に攻撃されるはずのないはずの豪華客船「弥勒丸」が海に沈んだ。元エリート銀行員軽部は、その弥勒丸を引き上げてほしいと老いた中国人宋英明から強引な依頼を受ける。軽部は元恋人の久光律子らとともに弥勒丸について調べ始める。。。。。　浅田氏の文体は分かりやすいのだが、格調高いとはとてもいえない。戦争モノを書くなら、もう少し文語体というか、当時使われていた言葉で描いてほしかったな。何より気になったのは気品高い弥勒丸そのものと言われている律子さんのどこがそんなに魅力的なの？と思うところ。　なぜ弥勒丸は沈まなければならなかったのか、肝心なことはさらっとしていて、結局ロマンスを書きたかっただけかいな。これほどのページを割いている割に話がつまらないっていうか、まあ、はっきりいってあまり面白さを感じなかった作品。　浅田氏のはあんまり読んでませんけど、なんつうか、ノンポリなんだよねえ。ふうむ。

  2006年12月27日

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• 「憲法9条を世界遺産に」太田光・中沢新一

  　「太田総理・秘書田中」は毎回楽しみにしている番組である。あんなことまで言っちゃって大丈夫かなと心配していたのだが、この本の中にも「死ね」というメールが毎回来ることとか奥様が体調を崩されていることとかのくだりがほんの少しではあるが語られている。おそらく日々誹謗中傷の嵐なのであろう。　それでも太田は語り続ける。今までみんなが思っていた疑問、タブーとされていた領域に堂々と踏み込んでいる。その彼の強さはいったい何なのか、それが分かるかもしれないと期待をもって読んだ。　感想を言えば、太田は語るほうがいいということだ。あの顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら激論をする姿はここにはなかった。文章にすると他の誰かが言ったことと見分けがつかなくなってしまうのか、対談相手が悪いのか、どうにも歯切れが悪いような気がした。　それでも憲法が究極の理想であるにしても理想をもっているのといないのとでは大きな違いがあるという太田の言い分には大いに賛同する。　今の教育基本法改悪にしても、何でもかんでも教育のせいにして改悪してしまおうというのは許せない。そんなに窮屈にどこをとっても金太郎飴にしてしまって臨機応変なこどもが育つわけはない。ああ、言いたいことはいっぱいあるのに、語れないなあ。　これから太田はどこまで行くのだろう。これからも注目の人である。そして、自分より年が若い人の勇気に自分はどこまで応えられるのだろうと思った。

  2006年12月27日

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• 雫井脩介「白銀を踏み荒らせ」

  　雫井作品は目を通しておこうと文庫本を買ったのですが。。。はっきりいって、これはイマイチ。ミステリーの体裁であるけれど、スキー業界批判でしかないって気がする。自分がなぜ翻訳ものをあまり読まないのか、この作品を読んで解った。カタカナが多いからである。スキー業界はカタカナだらけ。選手の名前もスタッフも外人が多い。なぜか自分はカタカナを覚えられない。学習障害なのかもしれない。それで何回読んでも、この人物が誰だったかいちいち前に戻らなければならないのだ。しまいには、どうでもよくなって、適当に流して読んだ。　それに、プロの殺し屋が若き女剣士と柔道家にそんなに簡単にやられるかあ？このあたりは漫画でしかない。漫画ならもっと描き方があったのではないかと思う。大沢の「天使の・・・」シリーズの元女刑事ならまだその強さにリアリティがあった。ただ、なぜ日本の選手が続けてメダルを獲れないか、その秘密はよくわかった。こういう、スポーツ界の裏側って実際にあるのだろうな。

  2006年12月08日

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• 亜木冬彦「殺人の駒音」

  　１９９２年横溝正史賞特別賞受賞作品。　竜将戦に挑むアマチュア最高位の棋士、八神香介。今は真剣士として裏の世界では「死神」と呼ばれる八神と対戦する相手が次々と謎の死をとげる。死体には香車の駒が握られていた。。。。。　将棋は並べることしかできない自分でありますが、こういう業界ものは好きです。そうかあ、対局には体力使うんだなあとか、真剣士なんて輩がこの世に存在するんだあとか、知ってる人には当たり前のことが新鮮で面白い。　ただ、推理小説としてはどうかな。読者としてはいっしょに犯人を追うのが面白いわけで、あの結末はちょっとなあ。　せっかく八神が魅力的な過去を持っているのに、なんだかただの恥ずかしがり屋のおじさんみたいで、もう少しハードボイルドに決めてもらいたかったなあ。　でも、これで応募作品。もし没になったら、これだけのものを書いた労力は泡と消えるわけか。。。みんなすごいんですね。 

  2006年10月20日

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• 佐木隆三「なぜ家族は殺し合ったのか」

  　２００２年の小倉少女監禁事件の裁判を追った記録である。監禁されていた少女が逃げ出したために明らかになった連続殺人事件の真相。　うひゃああああ、こわい。こんなに怖い事件は映画でも知らないぞ。ほんとにこんな悪魔がこの世に生きているのだろうか。ある意味、オームの麻原より怖い。　何より怖いのは、こんな悪魔の男に狙われたら、自分などひとたまりもないと思うことだ。主犯の松永太は、簡単に女性を騙す。学歴もあり頭もい、小説家を目指している色男が、だんなに飽き飽きしていたときに「あなたと結婚したい」なんて言ってきたら。。。。ああ、こいつが自分の近くにいなくてほんとによかった。　もし、このときに騙された主婦が逃げ出したときに警察にすべてを打ち明けていれば、この後の緒方家一家殲滅はなかったかもしれない。でも、ほとんど精神的に参ってしまっていたこの哀れな主婦にそれを要求するのは酷というものだろう。　殺された緒方家の中には元警察官の妹婿もいた。なぜ大の大人が次々と殺しあっていくのを誰も止められなかったのか、普通の生活を送っている私たちには理解できない次元の違う世界がそこにはあったのだ。　かねがね、自分は殺人を犯すことより、人を騙すことのほうが罪は大きいと思っている。やむなく心中する人、経済的に追い詰められて強盗する人、もちろんいけないことだが、情状酌量の余地はある。しかし、この主犯の松永は、ただ獲物としか他人を見ていない。おそらく簡単に騙される人々を眺めるのが彼の至上の喜びだったに違いない。　電気ショックで人を自由に操ることがこんなに簡単のできてしまうってことは、これからこの事件を真似することにならないのだろうか。いや、もう裏の世界では常識になっていることなのかもしれない。　あんまり人に夫の悪口を言ってはいけませんよと神様に言われた気がしました。はい。

  2006年10月20日

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• ヤンソギル「血と骨」

  夏前に読んでいた本。映画はビートたけし主演でしたが、あんまり見る気はしなかった。　読んでいて、え～これをたけしがやったのお？っていう話でした。もっとでかくて化け物みたいな人がやらなくちゃ。なんせ暴力団も一目置く一匹狼っていうかヒグマ？みたいな奴なんですわ。　時代は昭和のはじめ、カマボコ工場の職人だった一人の在日朝鮮人の男の物語。かわいそうなのは妻ですよ。日本よりさらに男尊女卑なんでしょうね。女はただ利用するだけの存在。働いても働いても亭主がお金を持っていってしまうし、妾は何度も作るし。。。。それでもいつかは人間衰えるかと思いきや、７０過ぎても医者いらずで暴力もやまない。これって作者の実の父の話なんだろうか。「ワイルド」じゃ、言葉が足りないです。昔はよかったなんていう人に読んでもらいたいお話。

  2006年10月20日

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• 貴志祐介「黒い家」

  　1997年というからもう10年も前の話。映画は大竹しのぶ主演で内野聖洋が少しコメディタッチで出演していた。結構怖かったな～。いつかは読んでみるかと思っていたのでした。　ある大手保険会社の査定担当の男が、子どもの自殺死体の発見者にされる。その家は不気味な雰囲気を漂わせており、不審に思った男はその家の主人について調べ始めると、過去に何度も保険支払い詐取を繰り返していたことがわかる。男はその妻に「今度はあなたが狙われるから気をつけるように」と匿名の手紙を出すが、それが裏目に出たのか、次々と男の身の回りに不吉な事が起こり始めた。。。。　は～怖い。犯人が通常の人間とは決定的に異なるエイリアンだという設定を、「そんなやつおらんやろう」と思わせることなく読ませているのがうまい。あとで考えてみれば、ほぼ「ジェイスン」と同じキャラなんだけど、犯人は堂々と群集の中にまぎれて、着々と決行への準備を進めている。。。。大竹しのぶとは違うキャラだと思うけれど、じゃあ、誰ならやれるかというと、いないなああ。

  2006年10月20日

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• リリーフランキー『東京タワー　僕とオカンとときどきオトン』

  　話題の本が公民館にあったので借りてきました。　う＝ん、どうだろう？男には郷愁をそそるの？なんかさあ、一番気になったのはおかんが認めたお嫁さんになるはずだった人となんで別れたんってこと。結局究極のマザコン物語って気がするけど。。。。章のはじめに妙に感傷めいた台詞を並べるのも、どうかなあって思ったけど、男はあれがいいのかねえ。。。。う＝ん。

  2006年10月20日

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• 雫井脩介「火の粉」

  さて雫井氏の一番お勧めは『火の粉』ですかね。　一審で無罪判決を受けた男がその判決を下した元裁判官の隣に引っ越してきます。その家族のなかで息子のお嫁さんだけが彼の異常さに気がつきます。平和だった家族に次々とおかしなことが起きる中、怪しい夫婦がつきまとうようになり。。。。　もう最後のはらはらすること。怖いです。お嫁さんの立場とか、知らん振りしている夫のふがいなさとか、よくわかってるなあって思うところもたくさんあります。それぞれの立場をよく描いていますよ。　それにしても雫井作品の出てくる犯人って、みんなすごく「いい人」なんだよね。これは以前ドラマ化されまして、村田なんとかっていう人（純情きらりの辰彦さんのお父さんやってた人）がやってましたが、実際はもっとスマートなおじさまんだよね。スマートなおじさん。。。。うーん、誰だったら適役だろう。。。。

  2006年10月20日

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• 雫井脩介　『虚貌』

  　２０年前の一家惨殺事件で主犯とされた男が出所します。男は仲間に騙されて主犯となったのですが、その仲間たちが次々と殺されてゆきます。。。。癌を宣告された古刑事と気の弱い若手の刑事が事件の真相を追います。> 　ここんとこイチオシなのが雫井氏。描写力には宮部みゆきに匹敵するんじゃないでしょうか。ただ『犯人に告ぐ』でもそうだったように犯人そのものの描写が少ない。そこをもっと描いてよお～と思わせる筆力。たいしたものです。ぐいぐい引き込まれます。指紋トリック、ほんとにそこまでできるんかいね？犯罪の教科書にならなければいいけど。。。。あと、ちょっと殺しすぎ。何も同僚までころさんでよかったでしょうに。ラストもきちんとご愁傷さま。あれ、おまけまでついとるがに。

  2006年10月20日

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• 泉　流星『僕の妻はエイリアン』

  　高機能自閉症の妻をもつ夫のエッセイみたいなもの。。。。と思ったら、なによお、あとがきでどんでんがえし。結局自分のために書いたもの？ってかんじ。でもやはり私と共通する部分はたいそうありました。物事の原因を追究しなくては気がすまないとか、情報が文字では入るけど耳からは入りにくいとか。わたしも自閉症スペクトラムのどっかにいるんでしょうねえ。。。。知人の勧めで図書館で借りました。

  2006年10月20日

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• 大沢在昌「天使の爪」

  読んだのは「天使のナイフ」を待っていた間だけど、これとはまったく関係がない「天使の牙」の続編であります。ロシアの元ＫＧＢにCIAとまるでゴルゴ13のような展開。前作で脳移植手術を受けた元婦人警察官「アスカ」が同じ手術を受けた「狼」と対決する。大沢作品らしいはらはらどきどきのストーリー展開。。。。と期待したのだが、なかなか話が進まないのだ。しかもほとんどが会話で話が進んでいくのでリアルな描写が少ない。シーンとしては冒頭とラストくらいしか残らない。　はっきりいって、これは続編としては失敗だと思う。なぜかというと、美貌を手にした「アスカ」がちっとも魅力的ではないからだ。もちろん頭がよく勇気のある女性刑事（麻薬捜査官）はかっこいいのだけれど、美しさがただただ邪魔なだけで、中身は変ってないといいつづけているのである。それなら何もこんな面倒な設定にする必要などないわけで、その苦悩を描かんとするがために話がちっとも進まないのだ。　もし第３があるとすれば、すっかり美貌とフィットした「アスカ」を登場させて欲しい。もしかしたら、そんなことはお見通しで、その狭間の物語だったりして。

  2006年10月20日

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• 桐野夏生「グロテスク」

  　ついに読めた。何年か前のOL殺人事件を扱った作品と聞いていたので。この事件に関してのルポを読んだことがあるが、犯人の外国人不法労働者について延々と述べるだけで、キャリアの女性がなぜ「立ちんぼ」をするに至ったかについてはまったくわからなかったからだ。　その女性は語り手の同級生という設定で登場する。この小説は章ごとに語り手が変るという手法をとっているが、それは「藪の中」と共通する。人間の身勝手さが独白調でこれでもかとくり返されるのである。まさに「グロテスク」。でも、きっと作者は書いていて気持ちよかったのではないだろうか。現代は「言ってはならないこと」がありすぎる。それを吐き出し切った作品ではないだろうか。　物語の大半は語り手の妹に対する憎悪である。悪魔のように美しい容姿をもつ妹への憎悪。その妹も歳をとるにつれて醜くくなって、娼婦と成果てる。そこに同じ有名私立女子高を卒業し、大学を出て一流企業に就職してエコノミストとして活躍するはずだった女性が遭遇してしまう。　物語を流れるのは女性蔑視、ジェンダーへの深い深い憎しみと恨みである。桐野さんは「OUT」でも虐げられた女性の立場から犯罪を描いた。もちろん、それは正しい方法ではないにしろ、「女は黙っておとなしくしてろ」と恫喝する男たちに恐怖を与える存在であることには違いない。　しかし、読後はさわやかとはとても言えない。自分の中の「グロテスク」を覗いてしまったような後ろめたさがのこるのだ。

  2006年10月20日

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• 薬丸岳「天使のナイフ」（２００６．５記）

  　図書館で予約して１３人待って、やっと手にした作品。新聞で紹介されていたときから読みたかったから期待が大きすぎたのか。。。。　話はなかなかよくできている。できすぎというか、そんな偶然が重なるかよ、と突っ込みいれてるとトドメまで。。。。ちょっとやりすぎなんじゃないでしょうか。　それでも少年法に真向から挑んだ意欲作であることには間違いなく、被害者の人権をもう少しなんとかすべきだとは思う。なぜ復讐をしてはいけないか、その答えが明確に述べられている。永遠のスパイラルに陥ってしまうからだ。　話の展開として前半の細かさに比べて終盤があまりに加速し過ぎると思った。これじゃ、サスペンス劇場じゃん。きっといつかはテレビで放映されて「なんだつまんないの」ってことになっちゃうんだろうな。たとえばライターの貫井を主人公にもってきて、さまざまな少年犯罪を時代を抜きにして並べてみるってのはどうだろう。最後にこれとこれが繋がっていたというどんでん返し。同じ題材を宮部さんとかなら技ありで見せてくれるんだろうな。そういう意味ではちょっともったいないお話だったと思う。　文章もうまいとはいえないが、読みやすくはある。誰にでも読めるから広く少年犯罪への警告を伝えることはできるってわけだ。

  2006年10月19日

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• 野沢尚「呼人」（２００６．５記）

  　野沢氏の作品は目を通しておかないといけないような気がして、前から気になっていたこの作品を手にする。でもなあ、はっきりいって、つまらなかった。自衛隊のこととかアメリカ資本主義のこととか、資料として読むべきことはたくさんあったのだけれど、やはり主人公だな。　呼人は父親の人体実験として成長がとまって生きのび続ける子どもとして生まれた。母親は過激派に爆弾を売って歩く世界的な爆弾魔という設定だ。それと、ふつうの小学校に通う友だちたちとのささやかな日常とがあまりにギャップがありすぎる。何より呼人に対してあまり好感をもてなかった。なんだか幸せすぎるんだもの。爆弾魔の妹が１０代で子供を育てますかね。しかもそんな子どもをいっしょに育ててくれる男の人がそんなに都合よく現れますかね。呼人は友だちからも信頼されていて、大人になっても姿は子どものままで醜いところだけ身につけないで、頭は大人並って、あとでこじつけたにしてもちょっと都合よすぎって思う。親友の元自衛隊員が命を捨てて母親探しを手伝うのだが、そこまでしてやる人間として描ききれていないのだ。　じゃあ、それらは何のために設定されたのかっていうと、そこがよくわからないんだなあ。爆弾魔の母は「魔笛」に繋がる女性なのだろうか、こういう人好きなんだねえ、野沢氏は。

  2006年10月19日

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• 小川洋子「薬指の標本」（２００６．５記）

  　映画化されるらしい。フランスで、と聞いて納得。　小川さんの本はあまり読んでいないけれど、文体がどこか日本人離れしている気がする。べとべとどろどろしていないのだ。標本業なんてものがこの世に存在するのどうかしらないけれど、ホルマリンの匂いもぐにゃぐにゃした感触もない。清潔で標本にされたものはキラキラ輝いているという感じ。　ストーリーはまた不思議で、ずいぶん勝手な男が主人公の淡々とした女性を虜にするのだけれど、強姦ではない。広い浴室のタイルの床に押しつけられた冷たさだけが感じられる。　最後はこんなんでいいのかなあと思いながら、なんだか狐につままれたような読後感である。　もう一つ「六角形の○○」と言うお話は、もう少しお部屋の中の独り言を聞きたかったって気がする。そういうのが下品な好奇心っていうんでしょうかね。

  2006年10月19日

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• 天童荒太「あふれた愛」　（２００６．４記）

  　「永遠の仔」のあとに書かれた短編小説集。やさしい心のもち主たちが相手のことを気遣うあまりに傷ついてしまう様を描いている。中には愛するあまりに相手を壊してしまう悲しいお話もある。　先に「包帯クラブ」を読んだせいだろうか、中途半端な感はぬぐえない。極端な言い方をすれば、勝手に傷ついている人たちに同情することができない。これを経て、「包帯クラブ」にたどり着いたと思うと納得するのだが。　天童さんは本当に繊細な方なのだろうな。がさつな自分ともしいっしょにいることがあったら、どれだけ傷つけてしまうだろう。そういう人間はたしかにいて、きっとどこかで誰かを傷つけてしまっているのだろうと反省させられる。　それでもやはりそんな弱くてどうする！と自分は思うのだ。傷をなめあっていても解決しない。どうしたら強くなれるのか、それを考えていかなくちゃいけないのだと水谷先生の受売りか？

  2006年10月19日

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• 天童荒太「包帯クラブ」（２００６．４記）

  　６年ぶりの書下ろしです。単行本だと高いかなと思っていたら、新書版で、お手ごろ価格。　心に傷を受けた若者たちが、その場所に包帯を巻いていく。そうすることで「あなたは傷を負ったんだよ」と認めてあげる。なんと優しい行いなのでしょう。　天童荒太さんは「家族狩り」を読んだのが初めてで、そのとき「作者はまだ癒されていない」と感想を述べたことがあります。そのあと「永遠の仔」でも希望の光は見えませんでした。「家族狩り」は文庫版で大幅改訂され、むごたらしい場面は極力削られ、主人公の元教師が再生への道を歩む道筋が描かれてはいたものの、誰かが死ぬことでしか解決できない場面はやはりありました。けれど、このお話は登場人物たちは死ぬことなく終ります。　天童さんはまるで鶴の恩返しの鶴のように自らを切刻んで書く小説家です。だから量産はできません。送られた感想文にも一つ一つ丁寧に目を通すそうです。本当の優しさとは何かを追究していっている作者が傷ついた若者たちへ心の底からメッセージを送る作品です。　自分はまだまだ愚痴でしか不満を解消できない心の狭い人間だなあと、作者とおなじ歳であることを噛みしめる私でした。

  2006年10月19日

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• 小川洋子　『博士の愛した数式』（２００６．３記）

  　第一回本屋大賞を受賞したことで題名は知っていましたが、その題名で損をしていますね。とてつもなく難しい本だろうと思っていました。質の高い小説というのは人が殺されるとか恋愛描写が濃密だとかがなくても読者を惹きつけるのですね。なんともうっとりするような上等の気分に浸れました。　友愛数とか完全数とか、難しいはずの数学の世界が無学（学歴がないだけですごく頭がいい人ですが）の家政婦さんを主人公にすることで、読者を数の世界の虜にしてしまいます。あとがきで書いてありましたが、江夏の背番号が28だったことは「数は人間が生れる前に存在していた」という博士の言葉を信じたくなる貴重な偶然ですね。　ところで読了したすぐあとにNHKで「ブレインマン」というドキュメンタリーをやってました。イギリスに住む教師が事故で頭を打ってから数字がイメージで見えるというものです。彼は円周率を２万桁まで覚えていられるし、難解な割算も即座に答えてしまいます。４桁の素数もすぐ分ると言うのです。彼の言葉によると、「素数はすべすべしていますが、素数でないものはざらざらしている」そうなのです。面白いですねえ。円周率は見ているととても心地よいのだそうで、やはり数字は神が創ったものと言えるのでしょうかねえ。

  2006年10月19日

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• 重松清「トワイライト」（2006.1記）

  久々の重松作品を読む。文庫本になっていたので買ったのだが、書かれたのはもう５年も前になる。そのせいだろうか、もうこの重松節には少し飽きてきたような感がぬぐえなかった。　普通の家庭が実はとてももろい骨組でできている。ちょっとした地震で崩れてしまうすれすれなのだ。重松はそこにあえて爆弾を送ってみる。果してこの家族は揺れに耐えられるだろうか、と。　ラストで主人公のひとり「ジャイアン」が不良たちに襲われる。それがきっかけで家族は何とか元に戻ろうとするのだが、この展開もどうかと思う。まるでテレビ化されることを意識したようなとってつけたような気がするのは自分だけだろうか。　設定が同級生の話ということで話が横に平たく切ったような状況だからだろうか、もう少しいろんな家庭を描いて欲しかった。老人の介護におわれている家庭はなかったのか、孫のできた家庭はなかったのか、そんなことをいろいろ考えた。

  2006年10月19日

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• 東直己「スタンレーの犬」（2005.10記）

  新聞に読書紹介がしてあった。けっこういい評価だったので図書館で借りてきた。　どうなんだろう？これって小説なの？あのエピソード、この話はいったい何のために挿入されたのかわからないものばかり。主人公についてもつかみ所がないし。中学卒業してからどうやって「虐められ少年」が不思議な力も手に入れて「説得の才能」をもつに至ったかもわからない。不細工な女性はただ憐れで、５９歳でも綺麗な加奈さんのためなら死んでもいいってか。いい加減にしてくれよお。って思ったけど、新聞で最後にすべてがどうかなるってなことが書いてあったので我慢して読んだ。　何があったんだっけ？　まったく消化不良の作品。っていうか、どうでもいいよ、作者さんがヒガシかアズマかもどっちでもいい。

  2006年10月19日

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• 伊坂幸太郎「グラスホッパー」（2005.9記）

  これが幸太郎ちゃんが描いた「悪」ですか、なるほど。　結局イイ人は一人もいなかったってわけですね。だってみんな殺し屋だったりその片棒を担ぐ人たちの話ですものね。　なんだか横山光輝の漫画みたいに残酷なシーンであるはずのところがさらっとしていますね。だったらこんなに延々と書かなければいいのにみたいなことを思いました。幸太郎さんはちょこっとの悪を書くほうがいいな。　伊坂ワールドに慣れたせいか、読んでる途中で、あ、このネタ、あとで使う気だなと予想できてしまう個所がたくさんありました。とくにオシ屋の次男が住所を言うところやスズメバチ（でもこの二人だとは思ってなかったけど）とか。ちょっとパターンに飽きてきたってところでしょうか。。。。　しかし、ほんとにこんな世界があるのかな。一番恐ろしいのは臓器を売るために監禁している女性を妊娠させるって噂。いつかこれを真正面から書くときが来るのでしょうか？いや、やっぱりやめてほしい。

  2006年10月19日

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