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カテゴリ:映画の話題
昨夜の満月は、生憎の大雨。
月を眺めることは、出来なかった。 (その前日の中秋の名月は、ばっちりよ♪ それは、それは、きれいな月の光だったね。) 前の日記が、8月の満月だったので、 丁度、ひと月たったのね。 このごろ、新月や満月にばかり、日記書いてる気がする。。。^^; 昨日の雨の満月は、 夫とデートだったよ。 ドライブして、 茶畑の中のケーキ屋さんの喫茶室でお茶して、 (これで、茶畑の向こうに富士山が見えると、 いかにも、静岡なんだけどね。) りんごパイと、栗のクレープ。 秋らしさを楽しむ。 ケーキ屋さんのお庭には、黄色いちょうちょが来ていた。 暑かった、夏も、もう終わりなのに。 幸せの黄色い蝶。[m:49] その後は、映画。 「食べて祈って恋をして」 ほとんど前情報なしで、観にいった。 ジュリア・ロバーツか、いいね。。。 それぐらいの感じ。 すごく観たいなと思っていても、タイミングが合わないで見れないこともよくあるのに、 今回の映画は、 なにかで、ちょこっと目にしてから、見に行くまで、 あっという間。 観ての感想は、 今の私に、ぴったり。 必要なことって、すごおく頑張らなくても、 ふっと、目の前に現れてくる。 絶対あれじゃなきゃ、とか、 力を入れて、手に入れたもの、 意外に、手に入れてみると、期待はずれだったりする。 期待する、ということが、 ある種の、自分の中で、こうあるべき、という枠組み、正しさを作り出してしまうのかもしれない。 で、あるがままを観る目を曇らせてしまったり、 あるがままを楽しむことを邪魔してしまうことがある。 だからと言って、 なにも、期待しない人生って、 つまらない。 わくわく も ないと、 私は、生きてる感じがしない。 (わくわくだけが、大切なわけじゃないよ。) わくわくは、期待感。 同じ期待であっても、 閉じられた期待と、開かれた期待があるのかもしれない。 閉じられた期待は、 未来に対するコントロールであったり、正しさであったり。 枠組みを持つこと。 何が起こるのかわからないけれど、 楽しむことをただ決めて、 起こってくることに受容的であれば、 期待感は、 今を楽しむ、味わう、感動する、生きる、力になるのかも。 その上で、 期待はずれも、 ひとつの素晴らしい体験、 それすら、楽しめるのかも知れない。 ありゃりゃ・・・ なにやら、映画の終盤、メディスンマンが、 主人公のリズにいった言葉と、同じになってきてしまったような。 (言葉は、ぜんぜん違うけれど、ね) その言葉を聞いたとき、 私は、ハートを打たれて、泣けちゃった。 どうして、泣けちゃったのか、 頭は、わからないけれど。 しいて言えば、 懐かしいものに出会ったような感覚。 すべてを超えて、おおいなる自由を垣間見るような感覚かな。 結構長くて、退屈だなと感じるところもあった。 原作があって、著者の実体験が基になっているそう。 きっと、原作はもっと、長いのだろう。 でも、おもしろそう。 一度、読んでみたいな。 食べて、祈って、恋をして インドのアシュラム。 私も、東京だけど、 チャンティングや瞑想の集まりに出席したことがあって、 それと、そっくりで、笑えた。。^^ フィンドホーンでは、特別な誰かをグルにしたりはしないけれど、 フィンドホーンとも、どこか雰囲気も、共通するものがあって、 親近感も湧く映画だった。 世界で、肌の色が違ったり、言葉が違ったりしても、 結構、みな同じようなことで悩んだり、 自分の中の真理を見つけて行ったりするものだ。 映画の後は、タイ料理で締めくくり。 タイ国人のおばちゃんが作る、 本格的、家庭料理風タイ料理だった。 おいしく、スパイシーで、深い味わい。 なにからなにまで、ごちそうさまな 満月デートでありました♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.09.24 12:06:29
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