テーマ:詩&物語の或る風景(1049)
カテゴリ:拙文であそぼ
花でも見に行こうか、というケイスケの声を肩越しに聞いたのは、
キョウコがケイスケの腕を抱いて眠りに落ちようとしていた時だった。 まさか、それを本当に実行しようとは思いもしなかったのに、 休日の朝寝を決め込んでいたキョウコは、朝日の中でケイスケに起こされた。 男性が花を見に行こうなんていうとは思ってもみなかったから それは口先だけの思い付きだと思っていたのに。 まして、休日に精力的に動き出す男ではないと思っていたのに、 全く、人って言うのは意外なものだ。 そして、キョウコは今、ケイスケの運転する車の助手席に乗っている。 ヴォンヴォンヴォンと軽く空ぶかしをしてから、ケイスケの車は発進する。 オートマしか運転しないキョウコには分からないけれど、 軽く空ぶかしすると回転数を合わせやすくなり、エンストしにくいのだそうだ。 カーオーディオからは柔らかな女性ヴォーカルが聞こえてくる。 少し発音に癖がある英語だ。 何て言っているんだろう。 切れ切れに知っている単語が聞こえてくるけれど、意味が分からない。 ケイスケの車で日本人歌手の声を聞いたことが無いけれど、 ケイスケは意味が分かっているんだろうか。 でも、延びていく声が、気持ちいい。 青空に雲が見える。 休みの日に早くから出掛けるなんてとんでもないと思っていたけれど、 こんなドライブも悪くない。 ETCゲートを抜けて、ケイスケがアクセルを踏み込む。 カーブを描いて延びる分岐を登りながらの加速。 横へ、後ろへ、と押される力を体に感じる。 青い空。 このまま飛んでいけたらいいのに。 ケイスケが運転する車は本線に合流し、さらに追い越し車線へと移る。 走行車線を大型トラックが後ろへ消えていく。 ゴー、という走行音。 自分が高速道路を運転すると、なかなかうまく走れないのに、 どうしてケイスケはこんなにすんなりと抜けていくんだろう。 それが無理に見えないのは、どうしてだろう。 日ごろから饒舌な方ではないケイスケは、運転中もあまりしゃべらない。 でも、横顔は穏やかで、ちゃんとキョウコを意識していてくれるのを感じる。 ケイスケの助手席に乗っていると、教習所時代の教官の笑い話を思い出す。 「妻を乗せてドライブをすると、いつも不機嫌になるんです。 あなたは前ばかり見て、私の方を見てくれない、と。 運転中は無理だからって言うのに、分からないんですよね」 あの奥さんは、私のようには感じられなかったのかしら。 女性ボーカルはしっとりとバラードを歌い上げている。 意味は分からないけれど……愛の歌に違いないと思う。 唐突に、昨晩のことが頭の中に戻ってくる。 ケイスケがキョウコの体を強く抱いて果てたことが。 あの時も、このまま飛んでいけたらいいのにと思った……。 昨夜キョウコを責め立てたケイスケの体は、運転席にある。 もっとも激しくキョウコをせめた部位は、静かに眠っている。 じっとりと、キョウコ自身の花弁が開いていくのを感じる。 キョウコはゆっくりと運転席の体に手を伸ばした。 ************* 口説きバトンをお題にする習作、3作目。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.06.12 15:43:48
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