カテゴリ:作家
中国大使館の坂を、売れないモデルと売れない作家は、強烈なスピードで、広尾の公園を目指していた。あたりは深夜と早朝の狭間で、背後のモデルの洗いざらしのシャンプーの、むせ返るような、匂いがまとわりついてくる。 深夜の彼女のマンションの前で、化粧のない彼女を初めてみた。僕はそのマンションにはいったこともないし、彼女を抱いたこともなかった。 化粧を職業にする彼女は、みごとに別な人になっていたが、僕は彼女の容姿に用事がなかったので、特にきにもならなかったし、多少年齢より若くみえるその印象について思案げな僕に、彼女はひとことだけいった。 「なにみてるの?きらいになった?」 「いや、みとれてた」 僕はかろうじてそういうと、自転車の後ろに彼女を乗せて、南麻布の午前4時という時間に、強烈な坂を彼女をつんだまま、西麻布方向の急な坂をたちこぎをした。 「てるちゃん、どうして車もってないの?」 「ぼく、免許もってないもん」 「なんで免許とらないの」 「いそがしかったんだ」 「いつもいそがしいのね」 「いい質問だなあ」 有栖川公園の急カーブをまがって麻布マーケットの前で、 「なんで、ぼくはいそがしいんだろう」と思った。
広尾のバーはまだあいていたが、僕は恵比寿方面に自転車をこぎつづけた。 彼女は僕の運転を信頼していたのか、うしろで眠り込んだのか、わからなかったが、恵比寿ガーデンヒルズの東側に、今日というにどとこない朝が始まりかけていた。 そのころには、ぼくたちはどこにいこおうとしていたのかも忘れ、ただ、その朝日をみて車のない広尾通りを、ただ走りぬけていった。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Sep 5, 2007 10:25:06 PM
コメント(0) | コメントを書く |
|