恋のような　愛のような

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• 19才　3

  　別のグループの女の子達と、海に出かけた週末に、恭子のことは忘れた。淋しく思っていても、紛れがちな淋しさでしかないと考えた。その女の子は、小型のオートバイで来ていた。海までの往復を、惇之は後続する車から、小さなヒップのオートバイを駆動する風景を、飽きもせず眺めて過ごした。麻美は時折後ろに向いて、手を振って見せた。夏の初めの、ステディをシャッフルする最後の時間。「どこかに、いって、しまおうか」　グループから、ふたり、はぐれてしまったとき、いってみた。麻美は、ほほえんだ。条件設定の、甘さを、ほほえんだ。「みんなが、心配するわ」「そうだね、危ないね」　麻美は曖昧な眼つきで惇之を捕える。惇之は眺めたままなので、視線を外した。すると、ただ風景をぼんやり見ている表情になった。遊ばせながら、計算された受容は、ゆっくりとたかみへと、導いていく。無防備なしたたかさで、惇之を受け入れている。恭子は言葉を待っている。他の若い女性に、求めて得られなかったものを、恭子に重ねてみる。やがて惇之らは、残った一枚のガムを、半分づつかんだあとで、助手席と運転席のちょうど中間あたりで、初めてのときのように、舌が触れるのを恐れるキスをした。　別れ間際に渡されたメモに、チューリップ模様を添えて、電話番号が書いてあった。夕方その腕は、日に焼けたのを、はっきり認められた。　都心のランチタイムが終わる頃に、麻美を呼び出した旧館の連絡通路で、足を止めたとき、誘う。「ゆうべからここにいるんだよ。部屋に寄ってかない」「いいわよ」　恭子はとても頭にきていた。こいつは、初めての待ち合わせに、ホテルで食事をして、昼間から女を部屋まで連れ込むつもりだ。まったくばかにしているわ。お茶だけ飲んで、ぜったい寝ないで帰ってきてやるわ。「いい眺めの部屋ね」と言いながら、麻美はそんなことを考えていた。「夕べは誰と一緒だったの」「ひとり」「ふられたのね、残念ねそれは」　話はノックの音で中断された。金属器の保温蓋を乗せた、一群のルームサービスが運ばれてきた。窓辺のテーブルの脇に、それらはセッティングされて、ダブルルームの小さなレストランの開店準備は始まった。端正な表情のウエイターが、ナフキンのかぶせてあるカゴから、テーブルに器用な手つきでいくつもシルバーを並べていくのを黙って二人は見ていた。　やがてワインの栓が抜かれ、最後にウエイターは例の金属製の保温蓋をゆっくりとあけた。どちらかといえばグレイな色調の室内に料理の強い彩りが放たれ、スープの香りが辺りに漂う。惇之は職業的に満足げな表情の微笑みをみせ、惇之にサインをもらい、下がっていった。　麻美は惇之の顔を見ずに、「わたし、だれとでもお話する訳ではないわ、それにあなたが思っているより、かるくないのよ」といった。「サインの横にチューリップを書くの」「それはいつもはありません」「きみはきれいな髪しているね」「ありがとうございます」　これ以上言うと皆に同じ事を言っていると感じるかもしれない。「きみ、どこかで見たような気がしてる。よく思い出すと、かなり前、グラビアで見た少女に似てるよ」「そう、ですか」　何処かの雑誌にあった会話を、二人は遅い食事をしながら、慎重にかわした。笑い飛ばすのは簡単だが、それはそんな儀式だった。「グラビアはファイルしてあって、先週、確認したんだ。ほんとによく似ているよ」「それがなんなの」　新しい女の乏しい想像力をひらく、服装と、会話、車と、その夜使いきれないキャッシュの存在、恭子の陳腐なシンデレラコンプを、癒すだけの、ほかの女への優越を用意して、麻美は孤独と引き換えに、絶望的な退屈を手にしていた。「今夜あの人と食事に行くけど、あなたもいらっしゃいません」「ぼくに紹介する気なの」「そんな改まった席じゃないわ、もしよろしければ」　惇之はすこし考えて「やっぱり、よすよ、だいいちおじゃまだし、ぼくはやきもちやけるから」　まったくすごいブッキングをする女だと思った。ぼくと別れてからほかの男に会うのはかまわないにしても、その後にセックスをする恭子の相手と向かい合って、食欲など湧くはずがない。どうして女はさりげなく意味深に男と自分とを会わせたがるのだろうと思った。自然に別れるより、男達の争いを求めているのだろうか。「そんな意図はないのに。それで恭子は、そんなにいい女なのかい」と語りかけてみたい気がする。　恭子は欠伸を噛み殺しながら、退屈な惇之の話を聞いていた。疲れると、海の眺めのホテルのペントハウスや、新しい意志の疎通ができない異性の躰や、いい音楽を、酒を用意して、覚醒しないまま、愛しあうことを気遣いながら、そのときをやりすごせる距離で見つめあう。カーテンを閉め切ると、昼夜と無関係な虚空で、女を加虐的に愛し続けた。そして、したたかな振舞いを、惇之にそのまま振舞う。　薄く焼けた肌の、麻美を抱いた。色白の肌は、陽に焼けると赤くなり、一週間すると赤味は引いて、淡い褐色に変わっていた。焼き残された部分の、白さを抱いた。　浅い眠りに落ちている麻美のブランケットを剥し、横たえた体をしばらく眺め、膝をまげて屈み込み、乳房にキスをした。　微かに声を立てながら、まどろみ続けている麻美が、ふいに他の男の名を呼ぶのが聞こえた。このままキスを続けていると自分の名前を呼ぶのか、違う名を漏らすのか、気になりだした。これ以上キスを続けると、固有名詞をよぶしかないところで、無意味なキスをやめた。　麻美を諦める準備を、始めなくてはならないと感じていた。軟着陸するようにさせて、痛手は浅いほうが、憎みあわなくていい。　エンジンブレーキをかけ、窓をあけた。声と話し方が、あの美香に似ているのに気付いた。やせた体躯、白い手の表情、若い頃に別れた美香に似ている。　その夜は、駐車場に車を廻そうとして、柱に接触させた。雨が降りそうな気配だった。　年相応のすこし淋しげな表情が、横顔に表れていた。何を話しても、支し障りがあるような気がしていた。あの頃つきあっていた男とは、別れたと言った。「相変わらずのあなたの噂はきいてるわ」「そう、でも噂は噂だよ」「私、あなたの顔見知りだと思われているから、知らない子からいろいろ話しかけられるのよ」「二人の部屋を取ろう、キャビアとシャンペンも、いまどき通じるの、そんな口説き方で」「今からでも」　恭子は、スキーはともかく、雪の朝をヒールで歩くのが嫌いだった。タクシーを呼んだ。路面が凍結したニュースを聞いて、次の日は会社を休むことにした。「わたし、あきたの、あなたに」「あなた、わたしのからだだけほしいのよ」「からだって、寂しいはなしだね」「そう、女冥利に尽きると思うんだけど」「冥利だって」「きみ男に会うんでしょ、じゃ僕は帰るよ」「明日から特別にしてあげるわ」　菊池は、ベッドで、甲高い声のまま、「わたし、きもち、いい」　と聞いた。　二人は、歩きつづける。たどりつくベッドがなかった。つないだ手の乾いた感触は、いつまでもふたりを繋ぎ止めていくように思えた。言葉で明らかにしたあと、こわれるのが恐かった。弱さを売り物にして受けている夜の時間に、はしゃぎすぎたあと、無言を責なめていた。　スポーツリゾートの恋は、都心から離れれば、誠実なプラトニックから解放されて、緩やかなブランデーの酔いのなかで、新しい技術に委ねていく楽しみを、女の新しいシナリオが、その男優に、その夜をかさねる。しかし、恭子は都心の現実にそぐわない。幕間の女優にすぎない。　港区で、惇之の他のガールフレンドとお茶をした。そして、幕間の女優の立ち去る間を、計りそこなった自分に気づいた。あの時間の意味を、単なる思い込みだったとわかる。都心用の、そして海外リゾート用の恭子は、「こんどは長野の田舎にいってらっしゃったんですってね。私はいまは飽きているの、この渋滞で見ているアメリカ映画には」　二人のスポーツリゾートを地球的な田舎旅行に一瞬で変えていた。「確かに、近くて手ごろね、こんな別れ話をしにいくのに」　ほほえみは優しさに満ちていた。こんな危ないひとと、別れるのは、あなたのためなの。「それにあなた、おじょうずなんですってねそれが。いったいどこで覚えたの。今度わたくしにもおしえていただこうかしら。惇之にはよくわからないから、いつもしかられるの」　惇之が、話を聞いている風でもなく、無表情に視線を泳がしているのを見ていると、不思議な悲しさがこみ上げてきた。それは惇之の顔をした別のものだった。　愛していた名残を、惇之の肌や、腕に探したが、見なれていた筈のそれらは、何も語りかけてこなくなっていた。惇之に良く似ている人が、そこにいるだけだった。　もっと甘い時間をたくさん過ごしたかった。　暗い部屋の中で目覚めた。すでに日は沈んでいた。つけたままのＦＭが、交通情報から天気概況にかわり、今日の東京が温暖な好天だったことをしゃべっている。参加しなかった日、電話もならない日が、終わりかけている。そのとき音を感じなかった。声は意味のないためらいを繰り返していた。照明を落とした部屋の中で、神経は触れることと、視界からの情報を分析するのだけに忙しい。快楽の振れる方向へ、操舵を続けている。恭子はいましがたから体と気分が不安定に溶けて行かないようにといった。それはあなたとねることがなにかしら納得できないわと、言われているような気がしている。　惇之はコーヒーを飲みながら、恭子のＯ脚気味の足を眺めていた。誘われるのを待っているのかどうかも、よくわからなくなっていた。　恭子を忘れるために、幾人かの女の子と寝てみた。恭子の男たちを、見かけたこともあった。白のワンピースをきた恭子は、見ただけでは楽しいのかつまらないのかわからない例の無表情。二人は黙り込んだままの食事をした後で、煙草をおいしそうに吸っていた。　騒々しいレストランの窓を隔てた向こうに、見慣れた女が、知らない男と、食事をしている。このレストランではじめてみかけたとき、一人だった。月一度か二度、食事しているのを見かけた。やがて、ここで食事することが多くなっていることに気がついた。会えると思っていたのかもしれないが、あれから三年がすぎた頃、恭子が男連れできた。そしてそれからは、けっしてそこに女の子を連れて行かなくなった。　あいかわらず、昼前に起きるとシャワーを浴びシャツをきて、家から歩いて十分ほどのそのレストランに、昼食を食べにでかけた。店内に恭子を見つけると、思わずあいさつしてしまいそうになることもあった。でも惇之らは別々に店を出、狭いその町で、すれ違っうこともなかった。もしどこかで出会っていたら、素直にこんにちわと、いえただろうか。　週末を一人で、元町を歩いている恭子に、声がかかる。渡された電話番号に、数週間後にかけてみた。金曜日の夜の留守番電話。これは居留守の匂いがした。またねといって、ついに五年が過ぎていた。　恭子は、太ってしまってもうあえないと言う。会いたいと思っていたのに、今度はあえないと言う。恭子は子供が奥でぐずりだしたからといって、電話を切るのを促した。「だめなの、これ以上話すと、ぜんぶ壊してしまいそうで」　終った関係が、始まっている筈の新しい恋の、逞しく偽りに休息を、初めての疑いのない情感を、その方法でしか、強い反駁を繰り返す腕の、既に惇之の所有物でない肉体が曖昧な愛に、震えていくのを、そしらぬ顔で、眺めて。「今夜は帰らないでほしいと思ったから優しくしてあげる、恭子がきっとあなたを何処かで待ち伏せているから、帰したくなくて」　レストランに向かい合い、寂しげに背中を丸めて、食事を続けた。振舞いに依って、惇之は捨てられるかもしれない。恐いのでなく、新しい絶対者、新しい祈りを探し、奪い去るのに、疲れているだけだった。

  Mar 11, 2005

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• 19才　2

  　逆らわないのを知っていたので、もっとも騒がしいそのテーブルへ惇之を連れていった。美樹が冷たくすると優しくなった。優しくされると気に触った。同じように、他の女も口説けると思うと、胸がむかむかした。　気が付くとベッドの中以外、いつも美樹は気分がすぐれなかった。惇之はそういう子だと思っていた。しかし、食事に誘われると、すこしは気を取り直した。和洋中、和洋中と繰り返すのに、再三うんざりした。所詮、躰がめあてと思っているに違いないと思うと、なにかしら理由を見つけて、怒りださなくては、いられなくなるのを知って、それでも好きなのに気づいた。好きとは言われないので、深くは考えないことにしていた。　部屋にはいると、二時間は拒んで、あるいは二時間という長さは妥当なのかもしれない、そんな美樹を抱くのは、一日仕事になった。　週末にいつも違う男を連れ込んでいた。美樹はご乱交にあって、恭子は単なるご乱交ならば、止む余地もあると考えていた。しかも、相手に情感を求めた。美樹は男達を捨てることなく、新しい男と寝た。「寝てみないとわからないのよ」と言う恭子に「寝てもわからないさ」「じゃあ、どうして私と寝るの」「君が好きだからさ」「私も嫌いな男と寝たことはないわ、あなたとおなじにね」「私はバカな女だけれど、何も楽しみがないの。だから、いい男に抱かれたいのよ。少しでもいい男にね、きれいなシーツを汚したいの。そのために何度も取り換えるの男を。あなたに初めてあってから、ほかの男としながら、あなたの指先や、腰つきを、腕を、思い出すといい感じになれたわ。抱かれたら夢のようだろうなあと思っていたの、あなたとはしたいと」恭子はそれに疲れて、困った顔をして、視線を落としている。惇之のために、パイをすこし分けてあげた。そしてコーヒーのお替わりを聞いた。　すぐ寝てもかまわなかったが、軽く見られるのが嫌だったのでそうしなかったし、思ったより求められなかった。　初めてあった時、五分近く恭子と同じソファに座っていた。なにも話さなかった。そのあいだ恭子は挑発していた。無意識にみせた仕草は造られたもので、恭子のエリアに入ったのを示していた。惇之は気に入っていた。恭子は印象に残る必要があった。寝るかどうか決めるのは、いつも惇之の側にあった。そして自分を売り込む術を知っていた。細い腰を眺めながら、惇之はどうして寝るのか、考えていた。　親しい友人は、単純にそれは狩りだと言っていた。獲物を手に入れたら、所有することをしない。惇之の女たちは、ことごとく、他の男に寝取られた。守る興味を失っていた。　彼らの継続しないものを、惇之は継続しない。その基準を尊重していた。　互いに責めていると感じながら、愛らしいいたずらに耐えてきた時間を、呆れ顔で眺めている。危具と言うものが、これほど現実化出来るなら、夢想と言うものの現実化も、たやすくみえてしまう。結局食事に行くことになり、同じソファから、同じベッドに移る。その程度のことだったのに。　ウェイトレスに、それぞれオーダーした。女はその幾つかを忘れた。ポケットをまさぐると、もう一軒飲んで、ホテルに泊まるくらいがあった。肩を抱きよせてみる。沖縄へ夏を過ごしに行った筈なのに、そこにいるのを、奇妙には感じなかった。「あの日きみは海にこなかったね。うつくしい躯を、惇之よりさきに、見せてくれていたなら、ぼくは恭子を好きになる理由がなかったかもしれない。神様は何を考えているのだろうって思う。季節が変わって、あの雪のふった夜に、食事にいって、偶然きみに、僕をあわせた奴がいる。どうしてあの日、ぼくも、きみもたまたま、残業がなかったんだろう。　それからぼくは彩りのない世界に暮らしている。きみは新しい恋が、ひとつまえの恋と同じ理由で、終わりかけているのに気づいていた。僕たちが、きみと僕だったらって、僕は感じることがあった。それもまぼろしだって、僕はしっているんだ。ほんとうは愛しているのか、わからなかった。愛していると囁きながら寝たなら、激しくなるのは知っていた。だから、愛していると言うことで寝るのは、嘘になるような気がしていた。愛しているから寝たくなるのは、誰かがうまく考えたものだ。ぼくの気分はきみとリンクしている。十五分に一度、きみのことを考える。きみがよく電話をくれる時間に、ぼくはヘッドホンで音楽を聞かない。ぜんぶリンクしてきみとつながっている」「あなたは、５分置きに、違う女のことを考えているわ」「きみは半年前惇之と知り合った。ぼくの知らないところでだ。ぼくと夜の外出をしなくなってから、きみは家でおとなしくしていた訳ではない。そう、友達と楽しくやっていたのさ。友達、いい響きだね。生活を楽しくするちょっとしたこつは、そういった、いつ寝てもいいような友達をたくさん持つことだ。そして利害無しに、互いを利用しあうことだね。チケットをとってくれたり、別荘を共同でかりてくれたり、話題のあの店をリサーチして案内してくれたり、親愛のこもった高価な贈り物をしてくれたり。メリットのない友達なんて、考えてごらんよ。ぼくときみみたいに、なんの緊張もない退屈なものさ。嫌われるのは恐くないもの。そうだよ、ぼくは車を持っていないよ。でも考えてごらん、車を持っている惇之を愛してる恭子はいつも電車さ。わかるだろう。　散歩がすきだって？、ぼくの散歩したいときにきみはどうかわからないね。だから、自分の車を持っている女の子をガールフレンドにしたよ。もっとも、女の子達がよくいうように、車を基準にステディを選んだ訳じゃなくて、たまたまつぎの恭子は、自分のドイツ車を持っていた。そしてわかったことは、惇之が車で送ってくれるとうれしいなと考える女の子はふつう、くどいようだけど電車で帰るのさ」「惇之の、あとが、くやしいのね」「惇之の、あとの、あとさ。僕は、きみに愛されていないから、きみを、愛しているのがわかる。君たちが、ベッドで、愛し合っているとき、いつもぼくは、そばにいる。惇之は僕の代理人さ。ぼくは永久に、きみのイメージを壊さないままで、きみを愛し続ける。どこにいても、だれといても」「ほんとうに、愛していたら、簡単には、ねれないわ」「そういう口説き方もあるね」　ひくい雲と海のひろがりの夕暮れの時間に、タキシードが、ラウンジのキャンドルを、つけてまわっている。海側は硝子張りで、視界を遮るものがない。遠くなると、濃さをましていく海のむこうに、都市と、立寵めている雲の境目が見えた。　ソファに足をのばした美樹の腰つきを眺めている。うすい唇と媚びた視線は、窺う表情になっている。躰の線がでている服をきた、躯つきは、寝るとどうなるかはっきり示している。それは、どこか、愛していることに似ていた。性的な印象の希薄な表情をしている。　ふりむくと女は、キッチンにたって、惇之をみていた。浅い意識の中でまた新しい女がきたのかと考えた。経緯は思い出せなかったし、容姿は美しいか醜いか分からなかった。リビングに行くと、テーブルに見なれない雑誌があった。その雑誌は、美樹のものだった。その奇妙な行為が、美しいと思い込ませる目的ならば、少なくとも惇之には有効だった。グラビアに印刷されたそれは、美しく写されたもので、惇之に美樹が美しいかも知れないと思わせた。　美樹の父親は裕福だった。それを彼女の職業上の成功と、業界は間違えた。父親のコネは、美樹に実力を培わせるほど、強力なものだった。初めて会ったとき、レストランのソファでサンドイッチを前に、初老の中原と打ち合せをしていた。　美樹は惇之を見上げてから、慎重にスーツの足を組換えた。その後メルセデスで、白金方面に消えた。それからを思い出せなかった。だから、慎重に話しかけた。「きみは、こういう仕事もしてるの」「それが、はじめて」「なぜ引き受けたの」「驚かせたかったの」「でも、きみの回りの人たちは、この手の雑誌を見ないだろう」　聞きとれなかったような表情をした、それは大きな鏡の前の椅子に、両手をついて、振り向いている写真と同じ表情だった。　電話が鳴った。時計を見ると、十一時半をすこし過ぎていた。「最近電話くれないわね」「今夜時間ないよ」「違うの、さ来週から一週間躯空かない」「凄いブッキングだな」「アメリカにいくの、祐子、行けなくなって航空券が浮いているの」「それで僕なの」「まあね」「まあねじゃないよ」「そう」「考えてみる」「明後日の夜電話するね」　受話器を、ゆっくりとベッドサイドに戻した。美樹がドアを背にして立っていた。手にした白い平皿に、輪切りにしたオレンジが見える。「輪切りって、食べにくくない」「それがいいのよ、お仕事の、お電話」「スケジュールの打診」　「そうなの」　わかっているくせに、頭のいい奴だと、考えながら、輪切りのオレンジを受け取って、少し困った表情になった。「どうして、嘘を、せめない」　皿を置いてから、聞いた。「短すぎておかしいわ、今のは。わたし、ボーイフレンド、多いですから」　惇之はピローケースを重ね直した。頭が切れるのを隠しながら、先読みをしないでひらいていくパターンだと思ったが、言っていることに機旦はなく、感情を直訳したような日本語を話し、曖昧さが無いので、精巧に出来たフエイクのような、嘘のようにみえる実物だった。「はじめは、いつも、素直だね」「はじめてのとき、素直じゃなくて、いつ素直になるのかしら。だって、お仕事で、わたしのこと口説いたんでしょ。虚構だとかって、私の脚がどうのこうのと書いてくださるんでしょう、いろいろな女の人が出できて、結局私のことが忘れられず、白い愛し合い方で抱くんでしょ、楽しみだなあ、どうなるのかしら」「だてにボーイフレンドいないね」「評論をよんだわ、惇之は寝る前に考えず、抱きながら考えるって、わたしが思っていたように、まるで不感症の愛し合いかたね。寂しいけど、あなたがじょうずだから、かってにいっちゃうしかないのよ」「きみは、感じたのか」「とりあえず、抱かれながら考えることにしたの、あなたの場合」「わたしの場合」「そう」「わたし、二十二歳、健康です」　そこに恭子がいて、だれかに借りてきたような現実を話している。聞き手の位置を捉えて、そこからの転移を繰り返す。幾度も転移されると、惇之の皮肉は愛らしい冗談に変わってしまった。そして伝えたいことが聞こえてくるまえに、受け入れてしまった。「ひとつ、きいていいかな、夕べ、私きみを誘ったの」「おぼえてないの」「ああ、失礼はなかったかと思って」「きみ私とねてみたくないかって」「それどこかで読んだことあるな」「でしょう、黙っていればついていく訳でしょう、酔ったふり、ゴシップどうりにお上手で、車とお宅の鍵、同時に渡して、いきなりコピーつくった恭子どうしました」「いきなり鍵替えましたよ、車もお宅も」「で、眠ってしまうのも、なにかのまちがいなの」「抱きながらかんがえるって話、あれ、嘘なんだ」「わたし、信じるわ、その話」「抱かれながら考えますって、嘘だったの」「私を抱きながら、理恵とか、由紀とか、いってらっしゃったわ、覚えていないの」「ところで」　少し考えて「きみの目的はなに」と聞いた。「当て馬になっていただきたいの」「わたしは、馬？」「そう、あなたのちからで、男達の整理と、新しい人間関係を始めたいの」「私がきみの人生をコンバインするわけ、騎馬したり、農耕したり忙しいね」　惇之は変化が、不思議だった。彼女は惇之を、変化させている、しかし、どこへ、それを恐れた。口説かれていく短い時間に、美樹と離れている時間を、想像しにくく感じさせた。「わたしはあなたの女になるわ、てきとうな男が現れるまで、あなたのおつむをコンバインしてあげるわ、わたしにはそれができるのよ」　疲れさせないだけなのに、美樹は微笑んだ、あの表情で。

  Mar 11, 2005

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• 19才

  　朝方の雨が降っていた。美樹は、ベランダの窓を閉めて、空調を入れた。キッチンから飲物をもってきて、ベットにすわり、低い位置からの部屋を眺めた。　外付けの階段から、雨音が部屋に入り込んでくる。ベランダを吹き込んだ雨が、窓ガラスに水滴をつくっている。雲の流れが速く見えた。週末に聞いた長期予報によると、長引いた雨がちの季節のあげくの冷夏が、始まりかけている。シャワーを、うっとうしく感じる。キッチンのテーブルに、卵料理の皿があった。ネクタイして、卵を焼いている男の、オフィスと同じ後ろ姿を、思い浮かべた。　惇之は出かける前に、上着をきて、寝室のようすを見にきた。眠ったふりでいると、しばらくしていなくなった。　ながくなるとは、考えていなかった。これまでだと、何度か思った。そんな風に続いていくのは妥協と、思っていた。そして妥協した。ただ変わって行くのを、眺めていたい気がした。理由は分からなかった。　絨毯にパジャマを脱ぎ捨てた。シャワーをあけて、朝食のしたくをしてから、下着を脱いだ。足でペダルを踏むと、上面の蓋の部分が開くカートンボックスに、その下着を抛りなげて、バスルームに入った。　後ろ手にドアを閉め、鏡を少し眺めてから、歯ブラシを口にくわえて、バスタブに入った。膝まで水位が上がっている。水に打たれる姿勢のまま、歯を磨いた。時々白い歯磨きが、一瞬、胸に落ちたが、すぐに洗い流されて、覚醒していない視野に、それは残像のように残っていた。　水をマグカップに受けて、口をすすぎシャワーを止めたあとに、バスタブに沈み込む姿勢で髪を洗った。液体石鹸で体をブラシして、もう一度シャワーを開け、洗い流した。　バスルームが静かになる。手をのばして、濡れた躰のままバスローブを身に着けた。競技の後の運動選手..のように、タオルを肩に掛けて、それは惇之に禁止されていた。二人だけで会った日、美樹がタバコを出したとき、あいにくライターはもっていないんだ、と言った。　惇之は幾つか忠告を美樹に与えていたが、喫煙に関しては、何も言わなかった。惇之は習慣に長けているタイプだった。女の部屋に外泊するていどの落度しか、惇之にはなかった。　水を滴らせて歩いた後を消すために空調を強にして、テープレコーダーをまわした。惇之好みのオーケストラが流れだした。　バスローブのまま、レンジから皿を取り出し、コーヒーをカップに空け、皿にトーストを移して、テーブルにアプリコットのジャムとケチャップを並べた。そして禁止されているフォークだけの食事にとりかかった。　手にしたスプーンから、スラックスに紅茶の滴が落ちた。　美樹はＫに暮らしていた。去年の夏に会った時、転居先の住所が、判りしだい知らせるといって別れた。二ヶ月後に転居したが、忙しさに紛れ連絡もせず、仕事でＫを訪れる事もなかった。　夏祭りが近づいた、七月の終りに、空いてないと思いながら、気紛れにホテルに電話をすると、空室があった。少し迷った後で予約した。美樹は申し出に抗わなかった。抗わない理由が、気になった。それを語れないなら、立ち入らないほうがいいと考えた。応じられない申し出は、待つ気配を匂わせた。　数日後、旅行の準備を終えて、玄関に小さなトランクを運んだ。そして部屋に引き返すと、デスクにすわり、タバコを吸った。約束は、すべて旅先から断わりを入れるつもりでいた。ソファにになり、受話器のコードをひっぱって、ビールのグラスを手に、もわけをしている、その様子を思い浮かべた。　出る直前に、旅行を止める気になった。背広をベッドの上に投げ、ネクタイを力任せに引き外しながら、バスタブに湯を注いだ。長い時間、バスタブの中で目を閉じていた。　深い蒸気の中で、握り締めた受話器に、冷たい滴が、幾つも滲んでいる。遮閉された狭い空間に、若い女の声が、入り込んできた。否応なしに、それは、話すことを強いた。恭子の声は、部屋に招き入れられ、まちがいなく、恭子以外の女を抱いているのを、見届けるのだろう。部屋にいるときは、女を抱いているか、原稿を編んでいるかしかないと、恭子達は考えていた。たしかに、恭子達がこの部屋にいるとき、抱くか、デスクに向かっているかの、いずれかだったけれども。「旅行にでるところだったんだ」「誰と」「一緒に行くのでなく、会いにいくんだ」「女を連れてあいにいくのでしよう」「そんなに熱くないよ、昔ね、愛してた女の今のステディが口あんぐりするところが見たくてね。いま愛し合っているより、昔愛し合っていたという、いわゆる、ほら大人達が困った時良くいうだろ、世の中は甘くないって」「へえ、でも私、いま欲しいの、言って、もし今誰かがいるなら」「ひとりだよ」「いま、近くなの、私もシャワー浴びたいな、ね、いいでしょう、旅行に連れていってって言わないから」「シャワーなら惇之のを借りたら。それとも、塞がってて私にきたのかな」「ひどいのね、昔は回るのまっていたくせに。だからあなたって、いわずもがなの多いひとなのよ、だからね、不用意なこと話せないのよ」「いわずもがな」「そう、自分で良く分かってらっしゃるでしょう。だからつかれるの」「それはひどい言い方だね」「そしてあなたは私にステディができればいいと思っている」「どうして」「捨てる必要がなくなるからよ」「これ以上話さないほうがいいね」「そう」「ではまた」　電話を切る。西に向いたバスルームは、夕闇が始まりかけていた。惇之は眠りに奔ばれていた。そのために疲労を必要とした。眠りが必要な夜更けには、女を抱いた。ようやく夜明けまでに、浅い眠りに入る。　それでも覚醒した暗がりで、隣に眠り続ける女を、眠ったまま、神経が鎮まるまで求めた。女を疲れさせ恭子より浅い眠りを貪った。厚手のカーテンの向こうの気配の、遠く走る車の音の刺す感じに抗って、薄い意識を眠り続けようと試みる。不調をこの眠りのせいにできた。　台所に行き、冷えたカン詰めのトマトジュースに、穴をあける時、エアの抜ける音を聞く。グラスに注ぎ、赤い握手の抱丁で、レモンを輪切る。グラスに斜めに入れたレモンはトマトに紛れて見えなくなる。少し迷ってから、流し台の下の扉を開け、ウオッカをだしてそそぎ、氷の音をたてながら、寝室に戻る。　女は、規則的な吐息を、繰り返している。　深夜に、外に出ると、アスファルトがぬれて、信号の色を歩道に映いている。窓辺のベットで、不意に男が起き、窓をあけて言った。「雨だ」　むしあつい外気がはいりこんでくる。「すこしは涼しくなるかな」「出掛けない人がどうして天気の心配するの」話が妙な方向にむかうのは避けたいと思った。　強く降り出した雨音で、眠りが浅くなったころ、夢を見た。惇之が久しぶりに、実家に突然帰ると、既に夜になっていた。父母は、意外な顔の喜んだ様子だった。　父が応接室のドアを指で示して、惇之はその部屋に入った。洋室特有のひんやりとした空気を感じた。庭に面した壁に沿って、ソファーがいくつか並べてある、その奥まったところに、欝向いて美樹は浅く座っていた。人の気配にふと顔を上げ、惇之を見いだして、不思議そうな表情をした。ゆっくりと美樹の方に歩み寄った。　惇之に向かって、両手を支しのべて、強く抱いた。「僕の帰るのを、君は知っていたの」「いいえ」　「偶然なの」「はい、お母様に、会いに来たのです」「あの駐車場の車は、君の」「そうです」「母と何を話したのかい」「はい、あなたが、」「ぼくが」　時計は四時だった。夜明け前の、まだ暗いベランダの籐椅子に、外を眺めた。暗がりは一瞬で目を離すと、朝になってしまう。こらすようにして、タバコを吸った。小さなテーブルに乗せた灰皿に、麻美の吸殻が、一本長い影を引いていた。惇之がシャワーを浴びている時間、麻美はここに来て、タバコを吸って風景を見ていたのだろう。明けかけた白い空気のなかで、フィルターの口紅の色が、彩やかさを増しはじめた。　白い夜に惇之は、夜明けを待っている。

  Mar 11, 2005

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• 冷たい水

  　仄暗い間接照明の部屋に白い壁と、寝台の風景。その寝台の丁寧に光が取り除かれた様子は、部屋の陰画の部分を占めていた。複数の間接照明から弱い彩度が黒と白の曖昧な形を描き出し、扉のノブだけが斜めに倒影を従えている。　天井に広がる陰影が深みを感じさせ村上から他の影は見られない。壁に映る無機質なそれらの模様は、部屋の存在を曖昧にしている。白壁の反射光の温みを薄く纒っているような由紀の背中が、毛布の弛みから覗いている。　肩口に手を差入れて剥してゆくと、緩やかに撓んでいる背骨の浅い窪みが衣擦れの下にあらわになった。指紋の残るのを恐れる注意深さで、指先をその窪みに沿って這わせた。僅かに屈み俯せに横たわる由紀の躰は少年の体躯をしている。痛ましいものを見る眼付きで眺めたが、萎えたままの気持ちを改めたに過ぎなかった。　由紀の胸に置いた手を広げた。乳房は指の間で小さな隆起を始める。弱く力を加えると、微かに蒼ざめた起伏に毛細血管が浮かび、薄桃色の繭を思わせた。やがて乳房は歪を増して指の間に絶えまなく反発を繰り返している。躊躇うような目線を首筋につたわせて表情を窺う。見上げる位置の為か横顔は痩せた様に感じられた。　限られた親族に用意される視線だった。村上は自身に向けられるべきではないと嫌悪がたかぶるのを覚えた。掌にある乳暈の量感が霧消し、村上の指は由紀の肋骨を圧迫していた。手のひらに弄ぶライターの、気がつくと体温以上の温みの残る驚きに、手を離した。若い弾性は乳房に波打ったと思うと下肢の強張りが急に溶けた。　「なにもしないのね」　言葉の慰めを避けたい気持ちが無言にしていく。タバコを取ろうとしてポケットに滑り込ませた手の動きが止まった。気配を読んだ由紀は肩越しに見て、諾いた。村上の夜の仕事部屋で慌ただしい時間を過ごす。この部屋でおびただしい辱めの形をとる由紀。男の視線を無意識に辿ろうとするのに気付く。湧き上がる由紀の姿態から村上に用意されたものを読み取ろうとしている。　由紀は次第にあせていく記憶を知らず知らず反趨している。　「結局、それを恐れているだけなんだろうね」　「彼の子供か、あなたの子供か」　「まあ、そういうこと」　「何故あなたがそんなこと仰るのかわからないわ」　彼は彼の愛しかたで愛している。かつて私の愛し方で彼に愛されていた。遅い時間にニュースショーにしろ、スポーツ番組にしろ、ビールもしくは水割を手にして彼自身の時間をくつろいでいる。　彼は今由紀を愛している。妹のように、母のように、女のように、あるいはメイドのように。極めて日常的な会話が交わされる。　「なぜだろうね」　「あなたわたしと愛し合いたいつもりなの」　「それは答えにくい質問だね」　「わたしあなたもあいしてないわ」　「それが解っているから、結局恐いだけなんだろうね。私達が寝ない理由はその程度の事情でしかなく、愛し合っていない事実は問題ではないと思うよ」　彼に他愛もないことを話しかけてみる。彼は軽く諾き、無視する。それを由紀はいつものように受け流した。彼は熱心にくつろいでいる。邪魔はしたくない。　「実はわたし、あなたとねたいのよ」　「正確には寝てみたい、だろ」　「どうして」　「彼に抱かれた時はまだ愛していなかったし、抱かれ続けながら思い始めた」　「あのときねてみたいと感じたのはなぜだって」　「それも答えにくい質問だね」　やがて目的を忘れるためなのに気付く。かつて無い事でも自分を納得させるような鎮静を求めている。村上は窓の外を眺めるために立った。　手入れを怠れていた女が会いたいと言う代わりに気を惹く為の言葉、避けたい負目、しかし面会の約束を持ち出すと、抱かれたいと誤解されるリスクでも生じるのか、偶然のそれを待っている。手続きを踏むと女は探りを入れて身を躱わして見せる、男の手の届く範囲で。「あなたの風邪がなおったら、会いましょう」幼稚な神経質さで距離感の変化を計っている。躯が欲しいだけで、心が気にする以上に離れていない嘘の手続き。由紀はその男と区別した。それが応えた。区別出来ない対象の、仕打ちと引き換えに由紀の背徳を期待していた。区別出来ないことを由紀に理解させる必要があった。やがてはその男への優位感だけに会う。負目を気付かない素振りを互いに感じながら。　「視線が問題なのね、普通永くそんな低い視線を落とさないわ」　「そうでもない」　「いつもよ、あなたは低い視線に誰も見つめた事の無い反映を見ることで、取り戻す作業をしているのよ」　「きみ、自分で何を話しているのか解ってるの？」　それは、何気ない仕草。ふとした気配。そしてそのイメージを当て填める試み。　「海を見たい」　「ひとりだったらお連れできるけど、もう遅くてよ。送るわ」　言う通りに走っているが、車は家を遠ざかっていた。やがて見慣れた街並に込っていた。急な坂を登りつめると袋小路がライトに浮かんだ。黙って由紀は右手の空き地へと車を入れ、エンジンブレーキをかけた。重なり合ったレンガの壁が光を反射している。　「彼を愛しているの」　「何故、彼は愛していないんだろう」　「どうして貴方が御存知なの」　「愛なんか口にする歳ではないって事？」　「彼は愛していたわ」　「誰にも解るのさ、貴方の魂が捕まらないのが、彼らは利口なのさ。そこでまず躯を抑えようとするだろうね」　「貴方も」　「でも、押し倒した頃には、欲しかった魂の事など忘れている」　「下品な言い方ね」　「あれは下品な程、優雅な辱しめだろう。次第に品を崩されてゆく。整った顔立ちが歪んた表情を示す。偽りの驚きと恐れと期待が混じって、ほのかな陰影が浮かび上がって来る」　「貴方も、私の躯が欲しいのでしょう」　「もって云うのは、何故」　「重いはなしね、なにか飲みたいわ」　グラスから小さな赤い実を摘み上げると、唇に押し当てた。赤い口紅の狭間に戯れる。艶のある果肉を憎んだ。由紀は赤く染まった目で見つめている。村上は呟いた。　「私のだ」　白い指を、口に含ませた。甘く柔らかな感触を舌に感じ、彼女を抱き寄せ耳元に囁いた。　「キスしていいかい」　「だめ」　「なぜ」　「カウンターのボーイが、こちらを見てるわ」　静かにソファーに沈み、果肉のかけらを唇でその内部へと流し込んだ。仄かな香水の中の微かな匂いを感じると、少し躯を離して、由紀の胸に触れる。　週末に村上はそのラウンジを訪れコーヒーを前にして、眼下の街並の暮れてゆくのを眺めて過ごした。気がむけば由紀は電話をいれてくるかもしれない。それは呼び出しでなく、不在を確かめる習慣になっていると思っていた。電話をする理由のない村上が、掛からないことを、由紀の村上を必要としないことの継続を見せるための、無意味な時間を過ごしていた。　誰か知らない人が村上を必要としてくれる必要があった。　繰り返し立て直すことに疲れていた。過去のない関係を必要としていた。立て直す意味を見失いかけている。形の崩れて行くのをゆったりと眺め続ける。形は変わらないままに腐りはじめるのを見ている。頭痛に悩まされながら薬物の使用を避けるようにして、痛みを悦しみとして苦しむ趣を楽しんでいる。痛みほど楽な苦しみは無いと思う。それを受け入れざるを得ないので、拒み続ける姿勢がやがて揺らいでいくのを待つだけだった。受け入れられないのがわかっていると拒む。村上は拒み続けている。　対向車のフロントガラスに夏の陽が一瞬の輝きが訪れていた。それを暫く眺めていたが、二度ときらめく気配はなく、高速を降りる。ある時期離れなかった二人が離れて暮らしている。あの不自然さが脆く、烈しく崩れる気配は奇妙な眺めだった。かすめる表情を忘れようとするのに抗らった。会う機会を持ち続けて辛くしているのが慰むのかと思い、自らを虚しくしている。夕暮れのたたずんでいるぼんやりとした高原のような風景にゆるやかな坂が下りきり、急な傾斜を見せる直線の幹線道路を走っている。黄信号を加速しても郊外に伸びる道路に加速感はなく、遠景の灯り始めた明りがゆっくりと流れていくのを見ている。　「委ねる」　「なに」　「うーん、深読みをはなれる」　傾いでいる気分を立て直す頃に、別な宥め関係が始まる。横顔を見せていた少女の面影が薄明の漂いの中で滲んでいる。やがて約束の時間通りにロビーから電話がかかった。　「どうしよう」　「君、部屋にきたいの」　狭い空間に彼女を描き、それを消去した。無言が村上を強くした。水泡に映るように歪んだ記憶を打ち消し合うために肌を交わす。深夜が終りに近づく外線電話が、シヤワーを歯ブラシを使った村上が、招き入れる部屋、適度な乱雑さで整理された部屋が、ドアの彼の肩ごしに見えだした。女はその部屋に這入る。そして何を話していたか覚えていない。彼は雑談を楽しんでいるようだった。　備え付けの机で躰を屈めてなにか捜し物なのか、細い項をこちらに向けている。　「嫌われないようにするの辛かったわ、あなたはつかみどころがなくて。考えている方が余程素敵だろうって。考えていたことと、これからの時間」　「何が言いたいのかな」「彼結局子供は無かったみたいね」「ほしくなかったのかしら」「相手の人は欲しかったみたいね」「彼好きな人のこと忘れられなくて次の人と駄目になるんだって」「本人がそういうの？」「まさか、彼の若い頃のこと私知っているから」　「元気だったかい」歩み寄る村上には笑みがなかった。　「では、どこかで」由紀はそう言って微かに笑った。　慣れ親しんだ顔をしていた。確かめるように村上をもう一度見てから、ロビーの喫茶室に案内した。紅茶を前にして他愛もない共通の友人の消息や、彼女のテニスクラブの仕事などの二人以外の話をした。話しながら共有していた情感は消し去られたのではなくなかったのではないかと、すくいあげようとして洩れていく映像を思い浮かべている。　「あの方と、結婚したの」　「どう思う」　「わからないわ」紅茶に目を落としたままあなたの話したいことを聞きたい、その含みを持たせた声色で語りかけている。　「別な人」　「本当」由紀の横顔、褐色に焼けた昔と同じ様に、深く刻まれた時々。彼女を必要としなくなった時を思いだそうとした。代償の女性は鎮静するように訪れた。二人は代償の相手と意図的に過ごした後で、代償でなかった筈の互いの事は何も話せなくなっているのに気付かない振りをしていた。　「変わっていないね」空港への時間と、最終便の時刻と、ホテルの空室のことを考えている。　「そのとき、たぶん思い出すとおもっていたのに、でも不思議なくらい忘れてしまっていた」　「細長いダイニングに椅子が六脚あって、リビングに布張りのソファとカーテンの開け放たれたガラス窓と地方都市の夜景」　「覚えているわ、私の部屋の壁に背もたれて膝を抱え込んでいたあなたを」　リビングの向こうのドアが半ば開いていて、由紀は無表情のまま村上の前を過ぎ照明のついていない寝室のドアに手を掛けて、村上に背を向けたままで。　「ダブル？」多分彼女はそう言うだろう。　「何を笑っているの」　「いや、二度と会えるとは思わなかった」　「えっ」　少し間があって何気なく、「結婚していると思っていた」と言った。　ティカップが浅くなる頃には彼は空港へ軽い会釈と三年振りの優しい握手の後で離れていく。二人は以前を持たないと考えて、時計を見て席を立った。彼女の手は小さく感じた。友人と待ち合わせをしているという彼女の、空港に送らない淋しさを思うほど若くない。当事者でない気安さが村上にはあった。

  Mar 9, 2005

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• 冷たい水　２　

  　代償を行うと対価を必要とし、奇妙なバランスシートの中でしか回復の作業を行えない。しかし、失敗した慰みの中に、自らが癒えていくのを感じ、深みへと代償を進めることに躇らわないのが不思議だった。　女は電話を架ける。気粉れに女の拒絶しない範囲で関係する。拒絶されない範囲を調べることで受け入れられている充足を見いだす、代償として期待に応じられる範囲で応えてゆく、女は他の男と区別し、その立場で背信を期待している。忌み嫌うように生きている。　知人の紹介で村上の仕事を手伝っている秋子は大学の授業の時間以外のほとんどを彼と過ごしている。前任の由紀が卒業して以来だから約一年になる。由紀は時折午後のお茶を入れるようなところがあったが秋子にはなく気休めの社交辞令もない。美しい切れ長の瞳で村上の辛い様子を眺めていた。与えられた仕事を能く熟した。眺められる立場が村上を楽にするのを心得ている気配がある。書き物をしている秋子を背後から抱き、戯れに口吻けても拒もうとせず、受け入れた。秋子への口吻の風景は痛ましい眺めに感じながら、秋子はその眺めを眺めているようなところがあった、あるいは無関心。「いや」　肩を強く両腕で圧す力以上に村上の辛さを求めた。そうした夕暮れの戯れにはあらわにした首筋を貧ぼった。　環状線を右に折れ、急な坂を下るその道の中程に由紀は車を止める習慣になっている。午前中の静かな住宅地に由紀の車のドアを閉める音が響く。来客を避けて週末の二日をプールサイドにカフェテリアのある都心のホテルで由紀と過ごす。　その部屋で仕事をしながら、由紀と言葉を交わす。午前四時に朝食がわりのトーストにジヤムを塗る手をとめて窓の外の明るむ前の気配に耳を澄ますような横顔が、照明を含んで輝いている。肩先を抱かれ冷たい手が胸元に入って来るのを感じ、躯で少し抗ったが声はたてなかった。由紀はあらゆるものを受け入れそれに染まらない。そして由紀は手筈に応じる、女を知った男に対する挑発で。村上の不安はことごとく変わっていくのを抑えようがなかった。永く惹かれて求め得なかったもの、由紀の躯に累積された肉の記憶をなににたとえられるのか。　日曜日の夜半過ぎに部屋を退いて由紀は帰っていく。彼女の表情が抱き込めない時に秋子の印象が浮かび村上を苛立たせた。　秋子を待たせている。机の上に置いてある車の鍵を眺めて秋子の部屋に電話をする。三回の呼び出し音で切ると、まもなく外線電話がはいる。　「いないといってください」　「うけたまわりました」　駐車場に向かう狭い階段を由紀の後に続いた。ひとけのない暗がりに、整わない靴音が響いた。旧型の国産車に乗り込むと、車内に淀んでいた体臭を強く嗅いだ。その中へ招き入れる親しみを思った。右手の薄い色のサングラスを掛けながらギアを入れると、車は急な傾斜を通って外へ滑り出した。座席に躯を埋めた。　見馴れた街を過ぎ、低い稜線の連なる風景を走っている。対向車のフォグランプが現れ、消える。隔たって設置されている照明灯の下を過ぎる間だけ、車内が浮かび上がる。時計は九時を少しまわっている。　「アクセルこれでも踏み込んでいるのよ」　速度計は七十キロをさしている。サングラスの向こう側は見えない。以前旧友と交わした雑談が何の脈絡もなく思い出された。ある自動車会社の製品にパルプで出来たペダルがあるという。村上は聞き流したが、ただ硬質のパルプのペダルは消耗し、交換の必要な時期が訪れる。塵にくすんだ濃褐色の、村上は知る由もないが、ペダルの歪んで嫋っている様子が村上の中に薫っている。下肢に加えた力がアクセルに伝わると心持ちハンドルを握る力で由紀は上躰を支える様になる。　トップギアの時に無意識にシフトレバーの握り手を弄ぶ左手、ギアシフトの動きに応じて、執拗に繰り返されるその行為、ドアにもたれ、倒したシートに横座りの村上の前で、気が付くと由紀の廻りにある匂いが立籠めていた。由紀は座位の形でその行為を執拗に繰り返している。　　由紀の整った顔立ちを眺めて十代の頃の由紀の笑顔を思いだしていた。長らくあの笑顔をみることもなく、こうして過ごしている。　「ごみを捨てに行くときの顔ね」　「え」　「あなたの無表情のことよ」　「そうかい」　「全然、楽しそうではないわ」　「ちょっと考え事していた」　「いつもみたいね」　由紀のいない生活を村上は考えている。少なくとも由紀にとって、ゴミを捨てに行く表情のまま何処かへ消えてしまった方がいいのか。　「はくらかさないで」間を外す様にシガーライターを押した。そして由紀をゆっくりと視線の中央に晒した。討る様な視線を感じながらその素振りも見えない。ライターがはじけ、由紀は上半身を向けて左手で煙草に火を近づけた。黒のベルベットは腰のくびれから胸にかけて緩やかな彎月を描き出している。屈める姿勢のままで由紀の背中に腕を廻すとその躯は両桃に撓垂れ込む形になった。ライターが床に落ちた。　「痛いわ」　上目使いの眼差しが冷たい光を帯びた。髪の香がし、それを吸い、「失礼」と言って、背の上になっている手を緩めた。繊維の焼く臭気を匂いだ。やがて由紀の座席に深くもたれ掛かり吐息を整える気配を躱わす心持ちで左手に挟んだままの煙草を見ると、根元から折れている。　由紀は高梨の家人に会わない。割り振った時間だけ高梨を所有することしかしない。何もしない代償として会う機会を与えられている。終りが来るとすれば、由紀が別れる意図を持つ時で、読み取った結果に過ぎないだろう。与えられる役割だけをこなしている。　「貴方の目的は何？」　「目的」　会うと無意味な寛ぎに流れてしまう。互いの生活を触れないでいられる期間は、思いの他短く、踏み込んでしまう。家人に無関心を装うにも、独りの時間はあるのに想像出来ない。親しくない訳ではないがほとんど相手の私生活を知らない不自然な関わり方、その範囲で誠実だった。日常の中に引き入れたいと思っているのが、判ることもあった。そして、束縛を期待している。由紀を共有する覚悟はない。由紀は、他の男達を区別することで償いを求めている。その影を由紀に重ねてゆくことに、他者の視線を感じることが出来た。由紀を覆う強い腕の印象が、由紀の鎖骨と重なり村上は、失うこともあった。由紀の帰る時刻が、週末の終りを告げる。私生活を避けたいために秘書を通じて、由紀に連絡を取っていた。　由紀がドアの外から来て、ドアの外に去ってゆく形にとらわれている。由紀は一つのドアを通じてのみ形を維持している。そして、ドアの向こうの由紀の時間に苛まれた。由紀に代わりの存在としての位置を明らかにすることで由紀の視距を遠ざかり、関係を閉じるように仕向けた。相手にされない女は相手にしてくれる男を再び思い出す。代わりとして始めたがやがてそれを他の男に始める。かつてそうであったように。しかしルーティンに還えるのならなぜ知り合ったのか。　「そうだね、知り合う必要もなかった」　「回復の試みが誤りと分かったら、それ以上知り合う必要あるの。あなたの言う回復って、一体なにだったの」　由紀の瞳に映る風景、高梨の知らない暮しに彼の入り込む余地はないと思っていた。由紀に異性として扱われるのに戸惑っていた。それは日常の彼らと同等に扱われることを意味していた。高梨に彼らの意図は無かった。そして由紀が高梨を必要とするとそれに従った。企てに加担する考えは、虚しい。似た虚しさを由紀に重ねていた。由紀は細やかな優しさに、安らいでいた。休息である時間を越えること無く、関係を続けられるものではないと知っている。由紀には解らない。高梨を思うと曖昧な不安があたりに寄せてくる。会いたいと感じれば夜更けは悪戯に佇んだ。　洗い髪に白のバスローブを着た由紀は、椅子に浅く座っている。その姿勢で素足を低い机に乗せ、背もたれに躯を反らせて、上を向いた顔は薄い唇を開け胸で息をしている。髪から絨毯に乾ききらない水を濕らせている。　「来ないと思ったわ」　気配に言葉を投げかけるように、　「ここは、あの部屋ではないわ」　この部屋に同じいきれが籠っているのを感じはじめていた。　「あの頃は正直言って、楽しかったわ。よく聞かれるの、どうして別れないのか。わたし何もしていないのよ」　首筋に置いた由紀の手は撫でる動きで口元に運ばれた。鮮やかな桃色が覗き乾いた唇を嘗めた。その同じ舌で、ゆっくりと指先をなぞる。由紀はその指を彼の髪に触れた。由紀が初めて高梨に触れた。口紅に光沢のある印象を感じたときには由紀は口元を高梨に近付けている。それに小さく息を吹きかけている。紅の香料を匂いだ。足を組み直して由紀を眺めるように見た。そ知らぬ振りのままグラスのおかれているテーブルを見ている。　「あなたが誘うの待っていたわ」　「そう言われるのが恐くてね」　「わたしのことすきだと、思われるのがいやなのね」　「誘うのに幾つも理由がある訳でもない」　「逃げるのはあなたのほうね」　「誘って、逃げるのか」　「男のひとって、そんなところあるでしょう、傷つく前に傷つけてしまうっていう」　「きみのいうようにね、逃げれば傷つかない」　「傷ってなに」　「何だろうね、蟠りじゃないかな」　「蟠っていない男と女なんてあるのかしら」伏せ目を高梨に流した。　「確かめるために近づくこともある」　「一種の妥協ね」　「酷だな。私はきみのことが知りたい」　「知ってどうするの」　「誘わない方がきみのためだったかな」　「だったら来ないわ」　「素直だね」　「ばかみたい」　「なぐさめて欲しいのか」　「あなた、どうしてそんなこと聞けるわけ」　窓の方を見た。夏の夜明け前を思いだした。あの一日の最も夏らしくない時間がおとなしく澱んでいる。去年の夏がまだ躰で息づいている。由紀は夏の日差しの中のような肌を誘っている。　浅い夜はぼんやりとした無彩色をしている。交差点を少し離れて村上は由紀を待っている。角を曲がり現れた由紀はすぐに村上を認めゆっくりと歩いてくる。由紀の目が近づいてくるに従って村上を捉えていないのが視野の片隅で瞭らかになり、表情のない横顔が前を過ぎる。その風景の一部に見なしている。事態が悪化して行く期待がもたげるのは性格だと諦めている。幾人も愛しているのは誰も愛していないのと同じだという。自分だけが孤立していると思い込んで生活しているのが人の常ではないか。理解されない存在はどこか物狂しい悲しみがついている。その匂いにどこか負の性質を抱え込んでいると思っている異性が一種の関心の反応を示す。　隔てて暮らしていると、思っていたより時間の流れ過ぎるのが遅いのに驚かされる。一日に何度と無く時計を眺めている。五分しか動いていない時に何が違うのかゆっくりと流れる訳は、待っている時間の流れ方なのに気付く。幼い頃の生活は待つことに満ちていた。年齢を経ると待つことより遠ざけたいことばかりだと思う。出来れば順延したいことばかりが予定されている。息苦しいように時間が経っている。　

  Mar 9, 2005

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• 冷たい水　３　

  　次の夜から欠ける満月は再び始点に戻る。なにもなかったような夜明け前の夢が由紀を苦しめ続けた。高梨の出来る全てがなにもしない時期は過ぎ、由紀を必要としている。家人の気遣いが部屋のいきれのように漂っているのが重く感じられる日々。高梨の不在を薄めたまま続けられる日々。最終的な手続きを繰り返しながら朝遅く夜遅いという家人とは反対の生活を敷いて反応を読む姿勢でまた一年の日が終る。祭日の前夜の都心の街で、流れに逆らわず新しい記憶を受け入れた。若さは、高梨に優しく、由紀の代償を果たした。虚ろに朝がくると家に帰る。枯れたケーキが彼を迎えた。家人は心配のためでなく感情で高梨に向かう。高梨はこたえた。　そのホテルは離宮を見おろす形で立っている。微かな空調の唸りが聞こえ、パイプを伝わる鈍い響きが部屋の近くを通る。時折遠くで人の気配とドアの閉まる音。ベッドに横たわり秋子の番号をダイヤルした。　秋子は香りの強いタバコを吸う。深紅色のエナメルを塗った爪の間に挟まれたタバコ。視線を落として灰皿に潰した。村上の秋子を知ろうとしない気配は、彼女の好ましい姿勢だとわかっていた。額に素直な髪がもたれかかり指先ですくように持ち上げると、少し広いひたいが覗いた。村上はこの若い女になにを話しても無駄なのは十分承知でいる。化粧の薄い顔には無邪気な表情が打ち寄せては引いていく。時々訝しげに村上を見つめる気配は愛らしいが美人とは言えない。彼女が未成熟な陰唇と発達した陰核をもっているのを既に知っている。それは少女の面影を撒き散らす程たたえた若い娘に違いないのだが。ドアを後ろ手に閉めた村上に跪づいて頬擦りをする女の指の動きを背中が覚えている。　余りにもありふれた厄介なものを避けたい気持ちは、村上の均衡を支えた。あるいは、秋子の生活に踏み込む事で、曖昧な関わりを異質なものに出来ると思っていた。そのころアパートの住所を記したメモを渡された。そのアパートは、身の廻りの物以外はそのままに、週末の昼間掃除当番の為に訪れるだけになっている。束ねた髪を揺らして湿気の多い北側の薄汚れた階段を掃く秋子の横顔はとっさには浮かばなかった。その部屋を借りたまま、男との生活を続けている秋子に村上の這入り込む隙が出来ている。　私鉄沿線の住まいだと言った。４階。エレベータは無い。見知らぬ男のいる部屋。秋子は視線を村上の膝の上に落としたまま職業的な微笑みを浮かべた。　秋子の乳房に置かれた彼の指先が深く内側に折れている。秋子は、村上であることを、判別出来ないまま低いうめきを上げ、性的な高揚で無い満ち足りた表情を浮かべる。その表情を今夜の行為の充溢とみなすことが出来ない。　「どうしたの」　「勤務中に、すまない」　「いや、雨のせいだろうか。君を誘う気になった」　「どうして私を」　「昨夜が徹夜で、いま解放されたけど、ぽっかりと時間があいてしまってね。それにこの雨だ」　「それでこの私なの」　「それでは不満なのかな」　含み笑いのような息使いが伝わる。躊っている気配ではない。　「明日の朝、本社で会議があるのよ。だから今夜は早く帰りたいと思っていたの。それに」　「それに」　「この雨だし」　村上は地下鉄を降りて、地下道を歩いていく。由美子との約束の時間には、一時間ある。　やがて高梨の前を彼女達が通り過ぎる。地下鉄構内を見え隠れする由紀の姿。こむらで彼女の位置がわかった。　反対の入口から階段をホームに降りる。人波の柱の側で見つけた。話をしている横顔、声は聞こえない距離。やがて車両が滑り込み、高梨は由紀と同じ車両の一つドアを置いた奥に立つ。斜め前に離れて立っている後ろ姿がある。三駅目で女性が降りてしまい、空いた座席に由紀はすわった。高梨も反対側の少し離れた位置に座った。由紀が見ようと思えば、互いを確認できる位置。隣の男が新聞を広げると隠れる。終点に降りる乗客の中にゆっくりと席を立つ由紀が階段近くのドアの混んだ列に紛れるのを確かめてから、高梨は空いたドアから外にでて階段を背にして列に斜めに立った。由紀が通り過ぎていく。ゆっくりと。　風の強い夜は背中合わせで眠る。庭の木々は踊り、雨ににた騒めきを揺らす。絶えず止まない耳鳴りの向うの木々の音は果して雨ではないかと、夜中幾度も高梨は窓辺に立った。雨に似た気配は鋭い耳鳴りの向うに聞こえる。最終の自由は紛れるだけの慰みで、出発が遅れている。引き留めるものを捜す姿勢が、悲しい。一日が過ぎる。　「今夜は、烏が鳴くね」　「いやな感じね」　幾人も慈しんでいるが誰も慈しんでいないと気がついたのだったのか。結局誰も慈しんでいない。　仄蒼いその部屋で、彼は、彼の終わりのことに憑かれていた。間違いなく近づいているその日を待っていた筈だったが、変わりつつあることが解らなかった。　「髪を、切ったね」　「はい」　秋子が髪を切った。秋子の髪の長いのを、好ましく思っていた。その髪が短く切られている。村上が三ヶ月ほど前に会ったときには、細かく編んで、束ねられていた艶やかな髪が切られている。秋子の束ねた髪のほどいたのを見る機会がなかったのを不自然に感じた。　もうその長い髪のほどいた姿を眺めることは出来ない。肩先のきれいに切り揃えてある短い髪の印象が重苦しく思えるのは、長い髪のほどいて手櫛をすく様子を見ることが出来ないためなのがわかった。結局、髪を切ることを知らなかった。いない生活に喘いでいたのは秋子でなく村上自身だったのをそれは教えた。その彼女に会えないのが、彼の慰みとなって行くと思った。秋子は大人びた疲れ方をしていた。その疲労は村上のものではない。　遅過ぎた電話の事務的な響きの意味を秋子は髪で村上に伝えた。あの物言いたげな視線の意味を問いただすことのなかったのを悔やんだ。思い過ごしに流してしまうだけのしたたかさを持ち合わせていない。秋子の誘わなかったのを、彼女から踏み込んで来なかったのを、強い酒で薄めて行くのがいいと思い、夜の街に出かけて行く。終わりになった。秋子は村上に何も望まなかった。誰かが村上の代わりになる姿勢で、関係は村上の意図を確認しないまま秋子は髪を切った。望まれないのを感じながら、遠ざかる秋子を眺めていた。秋子に村上が必要のないことを、村上の必要のないことを明らかにしてくれる筈の秋子を、失った。村上は得たことのないものの喪失を悔やんでいる。由紀の皮肉が思いだされた。「あなたは永遠に独身でいいのよ。傷ついた女達のために、そのドアはいつもあけはなしておくべきなのよ」　秋子と会い、食事をして別れる。その繰り返しの苦痛を感じている。やがて秋子のいない時間が苦痛に感じられるようになっていった。時制の希薄な村上は繰り返しの別れ毎に感情を変容させていく。次に会う約束を決して言い出そうとしない秋子の気遣いに、二度と会えなくなる感覚に苛まれながら別れを繰り返す。小さく手を振る秋子を車の中で見送る。　不必要な交際を継続する一方で、必要とされない関係を思い込みで紛らせていく。かつて燃やした灰を崇めるその光景は嫌悪を催させる。引き延ばした終りの終りでなくなる、眺める姿勢の村上が、愛を見送る。秋子を愛している。それを否定する形でしか愛せないことの繰り返しを重ねている。　老いてゆく由紀に、移ろい易い気配を見ている。由紀の迷いを思い返すとき愛されていたのは、由紀の十九歳の頃だけだったのではないかと、遅すぎる後悔の顕れることを恐れている。部屋にいた彼女らの表情や仕草が村上にいま向けられているように、村上が語りかけても返事はなく彼女達がいないのではなく村上がいないのと同じなのに気付いた。一人でいるのに慣らされてしまいその人のためにそこにいてあげるあなたに愛してはもらえない。暗がりの中で村上の部屋の臭いがゆっくりと洗われてゆく。村上は北側の窓を開けた。まもなく、その通りに由紀の車が止まり、村上が乗り込む。村上は運転する由紀の二の腕を思い出している。村上は由紀の村上を過ぎてゆくだけて必要としない事を考えている。以前あったはずの由紀を必要とする情感を見失いかけている。窓を閉めた時、部屋に澱んでいた残り香を強く匂いだ。　高梨が躰をかすめたその夜更けに、高梨を捨てる方法を考えはじめた。高梨のために高梨を捨てたい。寝返りをする。捨てなければ、終らない。続けられないが終れない。捨てる立場が秋子の慰めと考えている高梨は、望む気配がある。秋子は美しくありたいと思うのを止めた。慰めは秋子が用意したいと思う。変わらない決心なら続けられる。　秋子は艶やかな髪をしていた。皆に好かれた。秋子は好かれることに慣れていた。その自分を嫌っていた。高梨はその自分を嫌ってくれる。それが優しさに思えた。高梨には好かれるのを裂ける様子があり、秋子は高梨に何をされても大切にされているようなところがあった。激しく抗うようにして、躱わしている。高梨は秋子の躯を抑える。　「代わりが代わりで無くなる訳」　「痛ましい」　「その人が必要なのよ」　「必要で無くなった人の外に、必要になるのがどうして代わりなの」　「わからないな、どうしてその人と会わないの」　「あえないから」　「あってくれない」　「それは違うな」　「距離感が変わってしまうと必要で無くなる、つまり完全にそうであることと、そうでないことには奇妙に似たところがあるね」　「はじまったわね、いいのよ気にしなくて、気にしていないわ」　最後の待ち合わせに来なかった女たちを思いだそうとして、彼女を彼女達の一人の位置に落としていく作業を無意識にしているのに気付く。知り合う前の生活は、ここにはなく、この部屋で新しい関係を繰り返すことになる。　「名前は」　「いえないわ」　「そう」　「約束の時間過ぎてしまったわ」　「気になる訳か」　「時間にルーズに見えなくてよ」　「相手次第」　「彼女も一人で待っているわ」　「現実はどうして陳腐なんだろうね。あなたは帰って解凍するフリーザーのシチューの事でも考えて、時計を盗み見ている。もう会わない方がいい」　「あなたのそんなところが恐いのよ」　村上は以前この女性と交際のあった中年男のことを考えた。彼女のような、自分を多少利口だと思っている若い女性を手込めにするのは易い年齢の男の仕事中には見せない表情を何か勘違いしたのも、無理ないのかも知れない。彼の童顔に充足し、安逸な交際を例外の関係と見做すようになる。やがて彼は彼に戻りそれが彼女にも見えるようになる。そして二十代の彼女はいない。おそらく彼女は四十歳を越えた村上を見ている。　「それはきみのほうだ」　彼女は中年男に立ち向かわなかったに違いない。男はそれを知っていたし、彼女はその男の方法で大切に扱われた。　まれに由紀のいない週末があると遅くまで起きて戯らにタバコをふかしていた。由紀の不在は仕事を滞らせた。干渉しない範囲で生活することが安易だとは考えていない。村上は契約書しか依存していない。彼のサインのない書類は確実に村上の人生ではない。組織でなく個人が関わる時、生活感を共有することなく激しく抗う由紀の躰を、押さえつけていく。秋子を生活でない領域のまま欲しいと考えていた。これ以上親しい人たちを失いたくなかった。ただそれだけのために躊っているの気付いている。村上に由紀の代償としての秋子が訪れる。秋子は由紀の失った全てを所有していた。かつて由紀の所有していた村上に時間を与える立場から時間を分つ一人になっている。互いの時間を分つ必要がないと二人が思った時会わなくなるだけだと割り切っていた。そのために村上は秋子を必要とした。それは由紀でなく秋子の代償として週末を訪れることを意味していた。　由紀は箱根方面に旅行に出ている。由紀の外泊する事はまれだが、村上と外泊したこともなかった。由紀は十二時を過ぎても必ず帰宅していた。村上は、送り届ける帰りの誰もいない部屋に帰るのを嫌い、車を呼ばせる。由紀は村上の部屋を見上げてから、乗り込んだ。

  Mar 9, 2005

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• リールーの笑顔をビデオで見ながら感じたこと

  　決して否定的でなく、だれかのためのなにかをおこなうことがかならずしも本人の満足をっることはないといったことえを１５歳程度で学び、時間は貨幣くら重要であることを認識してもとめどまに時間のなかに僕たちはなにかを置き忘れながら日常に埋もれていくだけなのでしょうか？　

  Mar 1, 2005

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• セシルの紙袋を持って、彼女はバスを待っていた。 愛しているといわないで

  　セシルの紙袋を持って、彼女はバスを待っていた。　16歳で、親は彼女の進学に対して、地元の短大にいくことを望んでいた。このままでは地元の銀行に、コネで入り、最高のお見合いで、あいしていないどこかのだれかに嫁ぐことになると、感じていた。むしろ姉はそういった結婚をして、ごく普通のおばさんになりかかっている。　バスはなかなかこなかった。　祐介は大学２年で、東京の女に（厳密に言うとほとんど地方の子女だったが）、いわゆる東京の女に疲れていた。　ぼんやりと就活のこと考えていた。　彼は奥手なので、東京の女とはやっていけないと考えていたし、東京の女がきれいなのは化粧がうまいことに気がついてしまったから。　こんなことなら地元の響子と別れてまで、上京することはなかった。響子は、うわさでは地元の国大出身のやしと、いい感じになってるらしい。　彼女は彼を見たが、関心のない様子を取り繕うのに忙しかった。　やがてバスが着て、彼女が乗り込んだ、セシルの彼女がバスで連れ去られてしまう。　祐介は駅で路線図をみていた。　近くに彼女たちがいた。　近くのショッピングモールに行った。　近くに彼女達がいた。　近くのＣＤ屋に行った。　近くに彼女達がいた。　ふと彼は思った。「こいつら、つけてきてる！！」あなたの横顔が見える部屋はスタジオのようでホテルの部屋のようで私だけが見ている彼の横顔すべては整っている二人の間に生活はないかれは私の容姿に関心がないようだしかし彼の生活の１６台のカメラから映し出される２LDKの生活を私は知っているそれが彼を知っていることになるかはともかく都内某所にある彼のマンションを私は１６枚の動画で見て暮らしている。彼と暮らしている。PACKETがつなぐ時間、CHATから時々手を振らせたりしてみる　事務的にかれは振る　笑顔を見せて。この企画は彼がはじめた。次第に彼のカメラは増えて１６台になった。私は彼の玄関先を横切る猫でさえ知っている。私は彼の声を聞いたことがない。名前も知らない。メールもしない。電話も必要ない。音声のない会話だけがつないでいる。そして彼の映像。私のNETから微量のTEXTが彼のPCに届く。彼のサーバーからおびただしいPACKETが私のPCに届く。見えない男と、聞きたくない女、見せたくない女の物語。PACKETが繋ぐ21世紀の恋人はどこまで相手の情報なしで恋に落ちるのか？人はどこまで会わないで愛し合えるのか？　BMWで飛ばすボジョレーのためにエリゼ宮を抜けてあなたに会いに行く日本人だらけの街を避け南仏にブイヤベースを食べにいくプルニエ恋の木の下でキスをするパリジャンあのころのように二人はここにいるフランス　パリ　凱旋門東京にあきた　あなたは　ここにいるオーダーストップの時間に予約した日比谷公園沿いのホテルのレストランに彼は電話をかけオーダーを入れだした。フォアグラとぶりのグリル　ジェラードのデザート。彼の契約は正確だった。首都高を安田の運転するタクシーは西銀座に向かって飛ばしていた。　そのフレンチレストランはそのホテルの主役だった。華美さは華麗な美しさで、最高に値するものだったし、十分客を選ぶに圧倒する権威を有していた。　二人が到着したとき、もはやほかに客はいなかった。レストランは二人のためだけに開店していた。　シャンパングラスが置かれた白いクロス。二人だけのレストラン。　彼はホテルに受け入れられていた。凄い男だと思った。ドンペリのビンが散乱した床張りのリビングルーム季節はずれのトランス彼女は踊るNYTOKYO彼女の不在を嘆き悲しむ男の山彼はレザーのソファで新しいピンクを抜く彼女は彼を誘惑している誘惑の舞踏クラブのような音響ベイエリアの高層マンション彼女は踊る抱いて欲しい抱きしめてほしいあなたが欲しいわたしのなかにきてあなたと繋がれたいあなたとひとつになりたい愛を言わず恋と呼べず悲恋はシャンパングラスの向こう側のべィブリッジだけが知っている彼はピアジェの時計をはずし彼女に接近する華麗な彼女と彼が踊り始め12時を過ぎたシンデレラのリベンジが始まる。その本屋に彼が入ってきた。彼女は雑誌から視線を上げて彼をはじめて見た。二人には傘がなかった。世界で二人だけ、傘をささずに雨の中を歩いていた。西麻布交差点の信号が変わり、彼女と彼は中央分離帯の安全地帯で二人きりになった。世界で二人きりだけ、雨上がりの中央分離帯で、世界がこのまま止まってしまうことを二人は考えていた。やがてそこで二人は巡り合うことを知っていたかのように「愛しているといわないで、言葉ではなんとでも言えるわ」あなたはそういうと電話口の向こうで静かになった。私の支えきれない孤独を見つめている。レザーのソファに横になっていたあなたの体。午前中のやさしい日差しが斜めに差込む部屋で、私たちは友人のような時間をすごした。私はあなたなしで生きていくことを考え始めていた。あなたには私はすこし思いかも知れないと。別れる前にもう一度愛してくれるのだろうか.

  Jan 19, 2005

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• きわどさ

  　貴之は、PROJECTをOFFにして完全に休養に入った。　職業的に彼を必要とする人々と、距離をおいてみた。　メールはこなくなった。彼女達は夕食の相手を失った。　恋人は、５人居ると思われていた。　誕生日の夜に過ごした女　クリスマスイブに過ごした女　秋祭りの夜に過ごした女　夏至の月を見た女　夏の午後の散歩の女　ジャガーの女　そこまで考えて、思い出すのを止めた。　あまり意味のあることではないが、　寝室でこのBEDに寝たことの在る女を思い出した。身長175CMの女身長156CMの女身長160CMの女　そこでふとなぜ身長で思い出すのかおかしくなった。彼女達は一糸纏わず、このBEDで貴之をあいしたはずだった。　はずだったとはなんなんだろう。　それらのイメージがFLASHBACKを始めた、彼はもっとも快楽の深いそれを思いうかべてみたが、どれもそういいものではなかったような印象が付きまとっている。　理恵が言った、「いつもこんななの？」　二度目に愛し合ったとき　愛が後ろ向きのままいった「こんなだったっけ」　いま彼女達はだれとどこでなにをしているのだろう？そういった特番を、つくってみようかなと彼は思った。　ちいさなためいきをついて、寝返りをした。　優子が、鼻腔を広げてわずかに口をあけて眠っている。愛らしく感じるか、だらしなく感じえるか、きわどい感じだった。

  Jan 9, 2005

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• 晩夏 あるいは　黒いBM

  　そしてあなたはこの部屋からいなくなった。深夜に僕は帰ってきたが、一人の部屋はいつもの淋しい気配はしていなかった。そこかしこにあなたの気配が残像のように、そして残り香がへやのそこかしこで、ほんのりと香っていた。　情事は繰り返すだけであなたの愛情が消えていく訳ではないのに、束縛を嫌うあなたは結婚したくないといった。そこにあるのは無残な日常があるだけだからと、遠くを見る目つきになった。僕は言葉をなくして、床の木目を見ていた。あいしているといっても伝わらないのが分かっているから、伝わらないのか、それが言葉だけで、そこにないのか、解らなくなっていた。　メロンとスイカの嫌いなあなたは、クレープスルージュースを、赤ちゃんのように、ＢＥＤでストローから飲んでいた。ピンクグレープフルーツの赤が鮮やかな染みをＢＥＤに広がった。ごぼうのサラダを食べて、通販でＵＳから取り寄せた二人の遅いＢＥＤ用テーブルの食事は終わった。　僕達はもう一度、昨夜の続きを始めた。夜はもう明けて閉じたままのカーテンから、午後の気配が差し込んでいた。床の梨が腐敗を始めているとあなたは言う。飛散した割れた照明器具のガラスの破片がそのＢＥＤの周囲に飛散しているから、不用意にＢＥＤを降りることはできない。　僕はそういった大人の駆け引きに長けていなかったし、あなたが僕以外の人を愛していることは感じていたので、この情事は愛でないことは知っていたが、あなたの行為は愛を感じさせるもので、もしそれが愛でないのなら、愛を感じさせる技術の問題ということになる。そういえば僕は愛していない女を抱くときに、愛している女に対するのと同じ技術を使うことがあるが、二人は似すぎていて、かえってすこし怖い感じがした。　だから彼女はそうして反射的な運動神経で私を抱いただけで、それを愛情の献身的な奉仕の行為に見なすことは躊躇した。それは彼女の快楽の補助的な要素にすぎないことを私は見抜いていた。彼女の関心は快楽の深さを引き出すことで、愛情を確認することではなかった。　私はその確認方法を考えていた。なにか簡単な質問で明確にする方法はないのか。「だしていい」彼女は首を横に振って見せた、その行為の中で。　それは快楽の深遠をとめどなくする手順に過ぎず、それを愛の表現と見なすことができなくなっていた。　そういえばそういった行為はごくふつうに世の男性諸氏はおこなっている。二人で、僕達は奇妙な共同生活を始めた。僕の微妙な存在は彼女の人間関係を微妙に変えていた。複雑なことではない、彼女に本当に用事のない人たちが居なくなっただけだった。彼女はごく自然に不必要な暇つぶし用の人間には会わなくなった。もしかすると彼女は生まれて初めて愛されたのかもしれないが、まだ彼女は気がついていなかった。「愛してる」「気のせいよ」　だれかがあなたを変えてしまった。「君との夜を忘れようとしたが無理だった」「わたしにもう一度抱かれたかっただけでしょ」　あなたは私を愛してくれた。それはあなたの技術でなく、僕達は心と体を溶け合わせて、愛し合ったことは真実だ。「夏が行くね」「そうだね」僕達の純愛に気がつかないで世界は勘違いしてた。その夜僕達の間にはなにも起こらなかったが、世界はそう認識していない。彼を愛しているといったが、どのような愛なのか理解できなかった。途切れ途切れの時間が二人の間に澱んでいた。僕はうざい男にならないように生きているだけだったが、世界は勘違いしてた。　僕達はこの世界のそこに存在していたが、その夜僕はメイドのようにそこに存在していた。つまり僕は誰も愛さなくなっていたし、だれにも愛されないことを確認したかっただけなのかもしれない。

  Jan 7, 2005

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• 在る男

  　夜はまだ、眠ってる。　優子は眩暈に、落ちてく。　その男の子供を宿すための企みを、そういった、恋や愛や、曖昧なもので塗布するのが嫌になっていた。　この男がいなくなっても、この男の子供が残る。　それがこの男を愛してるということだ。　色恋沙汰はウンザリだ、この男にだかれて、女に生まれてよかったと、そう思いたい。　夜更けのきしむ狭いBEDで１９歳の祐介が私の乳房を触りながら、眠りこけている。　西日本の冬の朝は、７時でもまだ夜が明けない。

  Jan 3, 2005

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• ふたり

  　僕たちは桟橋の渡り舟に乗って、沖合いにある彼のナイル号へと向かった。　　暮れの押し迫った午後は、ハーバーに人影もなく、無口で二人は渡し舟の上で、視線も合わさないで、ヨットに向かった。　穏やかな日差しは、やがて冬の雪景色に変わろうとしていた。しかし、無口な二人は、黙々と、口も交わさず、デッキを磨いた。　父がエンジンを駈けた。「うるさいよ」僕は言った。「充電をするんだ」父は言った。　エンジンはヨットの後部CABINの裏側にある。今日はその境界部分にある敷居板がはずされていた。そのおくの暗がりに、国産の１２００CCのエンジンがうなりを上げて、ベルトを強烈な強さで駆動していた。　僕はその動きに恐怖を覚えたが、父はフライパンの様子を見るコックのように、その危険な剥き出しのエンジンを、しばらく眺めて、ちいさくうなずくと、キャビンのキッチンで、前回の食事の皿を洗い出した。「とうさん、前回だれときたの？女だろ？」「なぜわかる？」「皿の量さ、よほど食事の後、忙しかったんだね、パントリーをきれいにして帰るような女ではないんだね、あるいは、もう一度情事がはじめったのかなあ」「まあな」　背中を向けたままの父は、皿を洗いながら、ふと僕を振り返り、にやり笑った。つられて僕も笑った。ふたり笑った。

  Jan 1, 2005

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• だから

  　欲しいひとからは電話はない。　私を必要とする、なにかしらの存在意義をさがすことに憑かれている。　しかたがないので、ほかの男と時間をつぶす。たぶんその男もそうなんだろう。　冬の雪に、うざい汚れたアスファルト、BMWはグリップを曖昧に深夜の高速を疾走する。「まだ結婚はしないんでしょ」「相手いないもん」　25歳のクリスマスが終わって、理恵は東京にもどる。「疲れてるの？」「ああ、こんな夜は、適当な女の体に、うずもれて、世界を忘れたい」「きてるねえ」　車は、箱根を走っている。祐介はこの女をどうするつもりなんだろう。　緩やかなカーブをいくつもやり過ごして、起伏の多い山道に、BMWは軽やかに、しなやかに、くぐりぬけていく。　夕暮れは、ふたりに迫っている。　そのころ、貴之は、京都の何千寺で、芸大の学生たちと、湯豆腐を食べている。今夜の相手はだれになるのか？

  Dec 31, 2004

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• 雪 5000HIT 踏んでね！！！

  　彼女がいなくなった深夜、東京は雨から雪に変わった。今年最初の雪をふたりみることもなかった。　彼は京都行き最終に乗った。

  Dec 29, 2004

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• 自由

  　視線を感じて、振り返った。彼が彼女を見ていた。強い目線で何をみているのかという視線を送ると、君が好きだという視線のような気がした。うざい印象が消えた。　男は視線で会話をしてきた。　女は視線で理解した。　おまえがほしい　あなたがほしいそれ以上でもそれ以下でもなかった。　前の男と別れてから２週間たった。次の男を決めないまま分かれたのは初めてだった。クリスマス前後のうざい食事の誘いを全部断って、神戸に出張した。　その男は、神戸のホテルのフレンチレストランの恭子の席の隣にいた。　前の男、祐介と終わって、彼女は自由になった。　しかし終わったとはどういうことなのか？　ダブルのイタリアのスーツを着た男はまだ視線をそらさないで、すこしだけ微笑んで、クロスで口を拭った。　また恋が始まるのか、、と恭子は思った。　この男はどのようにアプローチしてくるのか、お手並み拝見だ。　祐介とさよならのハグをして、広尾交差点で、ひとりになった。孤独が襲ってきた。捨てられたのか、捨てたのかはわからない。祐介のいない日常に、慣れていく。

  Dec 28, 2004

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• 携帯電話

  　祐介に電話をすると、おかけになった番号は、使われておりませんだった。　冷たくして嫌われたようだ。　捨てアドにメールをする。二ヶ月放置しておくと、久しいことになった。私からのメールは受信拒否になった。　私は最後に会った時のことを思い出そうとしたが、交錯した記憶の、どれが、さよならのものなのかわからなかった。　彼は私のからだをほしがったので嫌いになった。　私は若すぎただけだった。　祐介をどれほど傷つけてしまったのか、その深さを測りかねた。その後たくさんの男とねたが、男が私の体を欲しがることは、むしろ好ましいことだし、そのことで嫌いになったのは、祐介ただひとりだった。　あれから５年になり、こんなことなら祐介に私をあげてしまえばよかったと感じたりしたが、深く考えないまま私は２３歳になっていた。

  Dec 27, 2004

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• あたたかい部屋

  愛してるといわれたうまれてはじめていわれたうれしかった

  Dec 26, 2004

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• ふらんす物語

  　彼女は午前二時の祐介のマンションに、忽然と現れた。　モニターにうつるPARTYDRESSは見慣れない洋服だったし、こんな時間に自宅に帰っていないなんて、すこし変だなと思った。　日曜日の夜は、ワインを飲んで、情事をする。東京中の祐介の女友達はそう思っている、彼の部屋にこない女たちは、その淑女の存在、つまり彼を離婚に追い込んだ女の存在に怯えている。　その女はベランダにいた。海風に乾ききらない髪を揺らしている。ベンチにすわり、氷のはいっていないレモネードのBACALATのグラスを持って、海を眺めている。彼のタオル地のバスローブを肩にかけて、それ以外なにも着ていない。　彼女は祐介を必要として、すべてを排除して自分のものにした。祐介はそれに溺れている。　彼女は美しい心と体と、強靭な知性をもっているが、人の心を理解する余地のない女だった。　そこにあるのは意思だけで、妥協や強調といった、曖昧なものはなにもなかった。「私、結婚しないのならフランスに勉強にいくわ」「え」「あなたに飽きたの」「失礼な言い方だなあ」　情事のあとの不意を女は突いてくる。彼は癒しの質と、まさにそこにあるストレスの起爆を眺めている。「ロビーの小娘はどうするの？」「たぶん君にあいたいのだろう」「わたしに会ってどうなるの？」　祐介の離婚後の放逸な異性関係を女は黙認していた。　しかし由佳のことは見逃すことが出来なくなっていた。それは彼女が体の力でなく、祐介を変化させているのに驚いていた。彼はタバコを吸わなくなってしまった。　情事の効能がうすれていく午前二時にふたりは、ベランダで見詰め合う、インターホンはしばらくして、鳴らなくなった。　そして女はフランスに語学留学をするhttp://formazione.formez.it/index.htmlじつは日本の恋に疲れただけパスポートを手に入れて夜更けの高速を走るメルセデスhttp://www.mercedes-benz.fr/携帯からアクセスするスケジュールhttp://www.jal.co.jp/inter/skdl/JL5055 発： 東京/TOKYO,JAPAN 成田(成田国際空港)(NRT) 21:55 773 － △ × 直行 着： パリ/PARIS,FRANCE パリ・シャルルドゴール国際空港(CDG) 04:35(翌日着) AF(エールフランス国営航空)とのコードシェア便です。 ２１歳の挑戦白紙のままでこの国にフランスからリベンジすることにした日本の男たちよわたしはいなくなるさみしがるがいいクロワッサンとカフェオレのシャンゼリゼPRINTEMPS BOUTIQUE 64 Boulevard Haussman75009 Paris, France33-1-42-82-44-44Store HoursMonday-Wednesday: 9:30-6:30Thursday: 9:30-10Friday-Saturday: 9:30-6:30Sunday: Closedテイファニーで朝食までhttp://www.tiffany.com/default.asp?cntry1=2&mysid1=1B717E7AE44147439EB3D765A085066Aあと２８時間さようなら　祐介さようなら　東京君と歩いた青春が幕を閉じただきしめられたやさしさをおもいでにわたしは消えましょうでもそばにいてくれたこと手をニギリシメテくれたことわたしのスリッパを、ハブラシヲ買ってくれたことあなたに会えたこといったいだれに感謝すればいいの？あなたのいない生活が怖いあなたに会えなくなることいったいだれに怒ればいいのあなたの居ない生活がいやだからいかないでそばにいてつないだ手をはなさないでなにもしなくていいからそばにいていかないでいかないで----------------------------------著者よりこの著作物になぜアメリカのケーブルTV会社からあくせすがあるんだろうみんなでみいいこうどんな会社かなあ？The fifth-largest cable television company in the US, Adelphia Communications Corporation has traveled a path from relative obscurity through notoriety and into the national spotlight. It is working now under new leadership to address the issues of its past and emerge from Chapter 11 bankruptcy to become a broadband industry leader with a reputation for strong and effective corporate governance

  Dec 19, 2004

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• 離婚　　（ご気分を害する可能性のある記述上の表現があります）

  　離婚をした。２回目だった。家庭裁判所の警備員に敬礼されながら、苦笑した、弁護士だと思ったのか、たしかに、家裁の男たちは共通したなにかがあった。家裁の女たちはなにかやはりしでかしそうな感じが共通していた。彼の友人は二人は別れることになるとその宴の中で確信したといったが、確信していなかったのは実は私一人だったのかもしれない。その祝宴は春の嵐で、実は雪が降っていた。裁判所の前で、あと何回ここにくることになるのかと考えたら、横を歩いていた安田弁護士が、今回はうまくいきましたと、笑った。僕はありがとうといい、次回はないと思うが、万が一のときは、といいかけて、曖昧に微笑んだ。「来週の予定は？会えないかなあ」「水木金土日は忘年会」「月曜日は？」「バイト」「火曜日は？」「クリパ」「水曜日は？」「あのさ、断ってんの、わかんないの？」「え？」「あのさ、この電話きっていい？」　電話が切れた。　けだるそうに彼女は体の位置を彼の好みに動かした。それはあばずれた、知性のかけらもない感じで、意外な悪態だった。不快という概念を彼女が与えるのは、私への逆襲に過ぎないのは理解していたが、私の振る舞いのどの部分が彼女の地雷を踏んだのか不明だった。　そういった意図しない不快感を彼女たちに与えて、非常にいい時間が台無しになってしまう経験は、ごく珍しいことではなかったが、だれが最初に地雷を踏んでいるのかに関しては、彼女たちは認識していない。　私はいすれにしろ、きびしい状態に追い込まれて、その時間が流れ去るのを怯えるしかない。二人でいて不愉快になることは、もう終わった人間関係を意味していた。　執務上、敬意の払われるのにスポイルされている彼には、そういった彼女の、体位を変えることだけで、世界中の体位変更愛好家の権化のように扱われることのなんと、惨い、悲惨な、凄惨な時間が、愛のないまぐあいのなかで、展開することか。　愛されない私は、いてはいけない人間としてそこに存在して、彼女の譲歩の範囲で、壊れ物に触るようにして彼女を抱いた。　女を抱く苦痛について、彼女たちは考えたこともないだろう。男という生き物はそいういった、なにかしら確認できないものを探してみたくなる習癖がありものだ、小学生のような。　私はみたされないまま、べつな女にそれを委任するしかなくなる。始まってもいない、人間関係が、終わる。　私の生とはいったいなんなのか、すこし熟考する必要があるかもしれない。たとえその体がなにも語りかけてこなかったとしても、その夜は一夜限りの二度とこない時間だとしても。「あなたのことどうでもいいの」「私の人生に何も影響を与えないわ」「わたしのこと可愛くないの」「そうだね」　可愛いものは愛されるが、可愛くないものは愛されない。てきとうな本命があらわれるまでの暇つぶしだった。「すきっっていったでしょ」「君を嫌いな男はいないでしょ」彼は二日酔いの頭痛をジンで薄めた。ベッドには昨夜クラブで拾った銀行員が眠り続けている。西に傾いた夏の日差しが遮光カーテンの僅かな隙間から強い光の線を床に落としている。彼は太陽が嫌いだった。絶望的に愛されなくても誠実であることを彼は望んだ。自己的な愛情はすべてを焼き尽くす。彼女の家族は彼女を従属的に管理した。家族のなかの彼女の役割を強要した。その共同生活の中で彼女は自分らしくあることより、家族の中の自分の立場を受け持たされ、厳しい優しさの父の娘として、彼の名声を高めることを期待された。彼女は満足しないと彼を許さなかった。　一度認証された従属関係は継続的な忠誠を父や母に対して、優秀な学生であることや、ピアノやバレエにおいて有能な才能を研鑽することで、理想的な家族の一員として認められ、社会から理想的な家庭であることを折々の発表会や名士の会合で賞賛される必要があった。彼女の家族は成り上がる必要があった。彼女の母の不幸な生い立ちは、彼を夫にすることで、運命は変えられるという素朴で愚鈍な、虚栄心に満ちた人生を成し遂げるということに熱心だった。その貢献に忠実である範囲で、彼女は家族に対して受け入れられた。彼女の母方の実家は落ちぶれた地方の実業家だった。経済が好ましかった頃のそれは実業というより搾取だった。低賃金で労働を確保し、地方人脈の縁故で、新規参入を阻止した、寡占的な立場でビジネスをしていた。その一族は必要以上の無意味に裕福な生活をしていた。彼女は自分らしさを失っていた。求められる感性や、周囲の期待に応えることに長けていた。そういった欺瞞に満ちた社交性を家族や地域社会で、発揮している状態が我慢ならなかった。拘束された青春の中で縛られることの無責任な気軽さが、彼女の日常を支えていた。お稽古で多忙な毎日のそういった垣間見る世間は、彼女の父親の娘として扱い、例外なく彼女を特別視していた。彼の娘として彼女は最初から最高のバレエや、ピアノの演奏を期待されていた。　そしてそれはお互いのためにならないと感じていたけれど、あなたの気持ちは見えなくて、わからなくて、ひとりでシチューを作りながら、台所で涙が出てきた。　あのころの暮らしはここにはなく、ただただあなたのいない時間だけがいたずらに過ぎていく、わたしの人生を蝕んでいく孤独という時間だけが。　だれにも愛されたことない二人が愛を意識して愛されることの恐怖に怯えながら寒い夜の子猫のように肌を寄せあって深い眠りにつく。　僕達は何で生まれてきたんだろう。　目が死んでる、腐った希望のない毎日に辟易して、やがて余生の、砂を噛む時間が予定されている。　彼女の職場からの電話は、彼と一緒に暮らすことの可否を尋ねていた。失職すなわち住居の喪失というシビアな状況は、不動産を持たない市民には避けては通れない。　だれが味方なのかわからない。生存権を脅かされて、小犬のように丸くなって眠る。もうそういった華麗な人生のうたたかな欺瞞に満ちたかりそめの祝宴には参加したくないと思った。山梨はやくざな男に殴られ、肋を５本折入院した。２０になったばかりの静かは、白血病になり、国立癌センターに入院した。システムエンジニアのtは、精神を病み、孤独の海を彷徨っている。　　　ていは、糖尿病を極限まで悪化させ、死ぬ以前に失明してしまった。若林はスポーツカーと一緒に藻屑になった、娘と愛する妻を残して。西山は屈強な足を切断し車椅子のない人生は考えられない。電車を見ていた３才のてつは、電車になった。青年医師との恋に破れた洋子は冷たい海に身を投げた。二十の彼女は飛行機と落ちて肉の破片になった。そういったありふれた雑事に満ちた世俗は流れていく。不幸という甘美な酒は、一体その深遠の縁を覗かせて、人生に不意に襲いかかる。　老人は自分の妻はこれのせいで死んだと、金を意味する指先をかざし、世更けた駅前で自転車を駐車して、だれともなく大声で叫び続けていた。　私の兄は２才で白血病で死んだ。母は二度と愛する我が子を失う経験はしたくないと思った。　彼は脊髄に注射をされ、叫び声を上げる。なぜその天使は叫ぶために、大人でさえ経験していない痛みをちいさな体で経験しなければならなかったのか。　女はドアの背後で、その男たちの話を聞くともなく、立ち聞きした。それらは感情のない世界だった。彼等は感情のない平面で、生きる生き物だった。彼等には情緒が欠落していた。　世界への復讐を存在意義に求めざるを得ないような、不幸な人生観の形成原因が何なのかはともかく、その契約履行に関する話し合いは、要求事項の確認の応酬だった。　弁護士たちのような、契約上の権利を守る 目の静かな口論は、的確な業務用語で、冷静に行われていたが、彼の人間性について行けない印象を彼女に与えた。そのような口調が、自身に向けられない保証はなかったから。　彼に甘美な誘惑をして、彼の女になった。　彼の豪奢な彼の経営する会社のコンサルタント業務は、高額の請求を生んだが、顧客は利益を生むのでなく、利益の合法的な、それは略奪だった。　そして二人は結婚し、離婚した、とくに珍しい話ではない。　アップルタイザーは嫌いといった。ネールの具合がよくないのか、彼女はしきりと指先を触り続けた。彼女に任せているさまざまな雑事が火を噴いていた。連絡が取れないときは、心配でなく不安になった。私は彼女のカルトで暮らしているように見えたが必ずしもそうではない。　そういった激しい孤独に苛まれながら、漠然と愛情を求めて得られないでいた。苦痛は薬物で散らすしかなかった。風邪のような気だるさが、二人を囲んでいた。彼女は心を閉じてしまった、すべてに対して。彼女の心は開かない、二度と。　愛を信じない体になった。男は消耗品の使い捨てだ。DISPOSALレンズのように新しいPACKAGEを開けて、使いかけの男をダストボックスに放り投げた。未練はささくれだった指先の生皮のように、雨の夜をひとり傘もささずに歩いた。　19年間で彼女にプロポーズした男は10人、二十歳になった夜、タカハシにキスされた。そして、今夜はタカハシは知らない女達と飲み歩いている。彼女は銀座のバイトで、しらない社用族のドンペリを舐めてみる。　彼女の少女の面影が、女性の美しさの輝きに薄れる瞬間、フォアグラをフォークに刺して、匂いを嗅ぐ彼女のエクスタシ。　あるいはブルゴーニュから空輸されたオマール海老の腹にナイフをいれる、強い目線の狩人、真剣な表情の獲物を狙う目つきのエロス。　タクシーのバックシートで、彼女の屈み込んだジーンズの背後から覘いた美しい背中と愛らしい下着の清楚な印象。　すべて禁断の、そういったマチュアな時間の、ためらいや、うごめく欲望の視線を、垣間見る大人の時間。　彼女はシャンパンのグラスの向こうの、落ちていく西日に照らされた東京の夕暮れに、この人が父親だったなら、私の毎日はどんなものなのだろうと、ふと考えてみた。彼と父の共通したところ、ぜったいに抱かれることが無い関係において。苦痛な電話を切る。「僕は君の人生に必要ないんだ」「そう」「では」　それだけの関係性において、訳も無い、無意味なコネクションが終わる。それは深夜の脅迫電話で、曖昧な強気な気分が世渡りの強さを感じた。　人は強気になり、弱気をくじく、そういった喪失の覚悟さえ、折れていく純粋なもので、そういった腹黒い打算の様式美は、やはり初めて見た数年前の印象に差はなかった。　その無関心な視線は、そのままだった。彼女は無関心であるだけでなく、関係性において、うすいベールの皮膜越しに、なにかを覗き込んでいる。　　所詮愛された深さだけしか、愛することはできない。　深く愛された人は、不幸になる、そのように愛しても、そのように愛されることはないから。　「あなたはいらないわ」　彼女は気分で人を殺す。その感情は、押し殺すことによって増幅していることを彼女は感じていた。　その男を愛していた筈だった、彼女は19才だった、彼を自分だけのひとにしたいから、処女のふりをした、その若者は若すぎたために、そういった愛らしい嘘にさえ過敏になっていた。「初めてだったの」　その言葉は、彼がその行為の中で感じればそれでいい筈だった。　その言葉で何を伝えたかったのか理解できなかった。　気がつくと彼は27歳になっていた。　彼が始めての男だったかどうか、いまとなっては確認する方法などないし、それは彼の細胞の１単位が記憶している、夥しい情事の一つに過ぎない。　それは病的な潔癖にすぎす、淑女の処女性に関して、一人の男を愛し、その男以外の男を知らずに一生を終える女の人生の幸福について、幻想をみたのかもしれない。

  Dec 18, 2004

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• 純愛

  　彼女のために用意した歯ブラシと、赤いカップは、結局使わないまま別れた。別れたといえばなにか二人に起こったような印象だが、二人のためになにか起こったわけでもない。彼女は終始私を友人だといっていた。むしろそういった言葉が、周りの男たちへの牽制になっていることは、彼女も気がついていた。　ホテルから出てくるところを何度も目撃されたが、二人の間にはなにもなかった。一度だけ彼女の部屋を訪れたこともあったが、なにも起こらなかった。　ではなにが起これば良かったのか。いまとなっては僕にはわからない、ただ彼女はいまも僕の友達でいてくれることが、不思議な暖かさをこの夕暮れた時間に、僕に運んでいた。彼女は僕の体を知らないし、彼女をしらないが、彼女が僕の子供を産むという未来がないことに、重い感じを感じていた。なぜなら彼女の優しさは、彼女が自分の母だったらよかったのにと僕に感じさせた。雑然とした部屋を訪れて、彼女は息子の生活を気にかける母親のような気分で、の殺伐とした彼の部屋に来ていたのかもしれない。　祐介が東京に帰る。だれもいない部屋、山積みの仕事、開け放たれたままのドア、ベランダに出る。　裕子のタバコの吸殻が、テーブルの灰皿に置き去りになったまま、短い休暇が終わった。　なにが変わったというのか、不毛な時間、彼女の最後の電話で繰り返されていた、繰言の、真実だけが、転がっている。　返信のないメールを打つ、コーヒーの香りが部屋に満ちて、障害対応の折り返しの電話を待つ。　午前５時半にNWが動き出す、主のいない更新されないHPに、美由紀のアクセスログがひとつだけ残されたままで、あのひとは東京からいなくなった。「あいしてるよ」「あいしてはだめよ」　そういった彼女のウオッカの香りのする唇や、すでに女の子から女の体になっているその性的な後姿が、祐介を強く欲情させていく。「きみがほしい」「だめよ」　それはわかっているけれど、きみは女になった。だれがその体を貪るのか。　折り返しのメールが無い時間、やがて東京は朝が来て、ありふれた週末をむかえようとしている。　麻衣のLOGが、ちいさく点滅している。（FROM　MAY）おきているのならわたしにあくせすしてちょうだいやっと東京に帰ってきたのならわたしにアクセスしてちょうだいどうしてたの　もうあえないのかと思ったよMAYをさみしくさせてあなたはどこにいっていたのMAYをさみしくさせていつ東京にかえるの？いつかえってくるの？おねがいだからMAYをひとりにしないであいしてるっていわなくていいからMAYのそばに羽を休めてちょうだい　祐介はそういったNETのなかで彼女が彼を探した、ながい夜のことを考えた。麻衣は彼のHPをみながら、彼からのアクセスを待って、今夜をつぶした。　麻衣はけっして会いたいとはいわないから、祐介もその意思を尊重した。COVERAGEは、数件のメールに留まっている。祐介がキープの状況で、麻衣は忘年会PARTYに浮かれている。　世界は祐介にSTEDYができたことになっている、が、週末を一人で過ごす。　理恵はUSにいってしまったらしいと、春奈からうわさを聞く。祐介にさよならをいわないで、学校に戻ったのなら、それはさよならではないのかもしれない。　亜子は決して彼の電話に折り返さない、なぜなら彼に声を聞かせると、会う気持ちが薄らぐような気がしていたから。　愛は彼の存在を否定して長い沈黙に帰った。東京にいるのかさえ判らない。　静香は彼の食事と引き換えに、クラブに連れて行くことをせがんでいたが、彼が彼女に失望していることに気がついて、お詫びのメールを送信したが、彼の返信に返信はなかった。　麻美は彼の関心が他の女性に移っていると感じて彼に冷たくなった、彼女の感性に彼は耐えられなくなっていたことも知らずに。

  Dec 17, 2004

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• 前の女　(統合完了)

  　僕はおなかがすいて以下を思い出した。　その日曜日の夕方、僕は大学生の新しい彼女と田園調布駅近くののマンションから、週末の十分な週末の情事を楽しんだあとの気だるさと爽快感に酔いながら、自由が丘に歩いていた。新しい彼女は若くていい感じだった。　しかし、道の向こうから、つまり自由が丘方向からコンビニ袋をぶら提げて、歩いてくる長身の派手な女と目があった。たしかに僕の部屋に住み着いていた前の女だった。ある日僕は出て行ってくれと叫んだ。叫ぶまでにはいろいろあった。僕の心は血の汗をかいていたが、冷え性で、O型のお嬢様の彼女にはなにも分からなかった。一度殴られたことがあったが、華奢とはいえモデル並の彼女が振り下ろす殴打は効いたが、心にはなにも響いてこなかった。「てるちゃん」　彼女はお嬢様ふうに僕の名前を呼び、コンビニ袋を差し出した。中をみると好物の幕の内弁当が入っていた。　お嬢様は空気は読まない。あるのは自分の意思だけだ、悪気はないが、大学生の可憐な彼女は、肉体的に週末の情事のクマなどあって、やつれていて、そんなこと彼女の関与するところではない。　そんなことも知り合ったころには、大物に見えたし、僕の部屋から出ると、歩いて10分ほどのところにオートロックつきのマンションを借りてしまった。　僕は彼女の体が恋しくなると、そこに現れ、幕の内弁当と彼女を食べて、朝自分のマンションに帰っていった。　といった彼女と新しい彼女は、狭い自由が丘の顔見知りだったし、最初のデートは六本木に三人で、飲みに出かけた。もちろん二人は仲が良さそうだったが、僕はそれを社交だと思っていた。　で、そのコンビニの袋を、僕はアスファルトに叩きつけた。言葉もなく、その交差点は緊張が走った。「行こう」　僕はあたらしい彼女の手を引いて自由が丘に再び歩き出したが、二度と後ろを振り返らなかったのは言うまでもない。「今の何？」「何かなあ。訳わかんないよ」「うざいね」「うん」こすもきゃべつで、和風ラーメンを食べながら、何気なく彼女は聞いた。「彼女この辺に住んでるんだってね」「らしいね」　しばらくして大学生は僕の部屋から３分のマンションに引っ越してきたのはともかく、女は怖いのか可愛いのか分からなくなってきた。　そしていま僕はおなかがすいて、あのときの交差点の幕の内弁当はその後どうなったのかやけに気になりだした。「どうしたの」「え？おなかすいたよ」　先週結ばれた最新の彼女が、気配を読み取っている。僕はたじろいで、焼肉？と聞く売り出し中の女優の彼女が、幕の内の彼女に似ていることに気がついた。彼女のベンツの助手席で僕はすこし泣きたくなっていた。　幕の内事件から10年が経っていたが、彼女のように愛されたことはまだない。運転席の彼女がなにげなくいった。「わたし、この辺に引っ越そうかな」「このへんね」　僕は前の女との再会をまた新しい恋人とばったりする光景を思い浮かべた。　いまの彼女ならお重に入った手作りの幕の内に違いないから、それは、アスファルトにたたきつけることはできないなと思ったとき、僕も丸くなったと感じ、もういなくなってしまった彼女達の幸せを初めて少しだけ祈ったりした。

  Dec 16, 2004

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• 日曜日に

  　祐介は地元の図書館に行った。取材を受けた彼の仕事が記載されているダイヤモンド社のオンラインショッピングの本をさがした。液晶の端末の検索でISDNコードを小さな紙に書いて、受付の眼鏡のお嬢さんにわたすと、しばらくしてその本が出てきた。父のカードでその本を借りて、僕たちはヨットに出かけた。　海は白かった、濁った底の砂を含んだ流れが、昨夜からの強い風に煽られていた。エンジンをかけて、入り江を出た。遠景にかすむ街並みが、見知らぬ街のように知らん顔してるように思えた。６人乗りのヨットに父と二人だけで、口数は少なかった。　母と口論するとよくここにくるといった。彼の居場所はここにしかなかった。そういえば祐介の部屋はあったが、あの家に彼の部屋はなかった。寝室の片隅にデスクを置き、なぜか無線機があったが、彼が無線しているところを祐介は見たことが無い。　大気の状態によっては地球の裏側と話せるという。NETみたいだねといった。それはワイヤレスなボイチャだった。　僕たちはおそい昼を船上で作った。ひらめを焼いた。彼には舌平目のムニエルという概念はない。それはひらめのバター焼きだった。彼のムニエルをほうばる横顔を見ていた。　彼の母の愛し方には疑問をもっていたが、今回の帰郷で、なんとなくその重さに驚かされた。　彼は彼女の機嫌の悪い罵声をすべて聞き流していると思っていたが、十分に傷ついていた。この男がないているところは見たことは無いが、このキャビンで大声で泣くのだろうかと思った。　現役を引退した彼は収入を年金に依存している。母は名取りの収入がある、そのことを彼はみじめなものだといった。僕は彼にこういった趣味のPUBLISHINGをすすめたが、現実を直視して生きてきた男には虚業にしか見えないのだろう。二人はきれいなねえさんたちがいる都会の酒場だけで仲良しだった。祐介は超えることの出来ないこの男の存在に対して、侮蔑と畏敬の混じった感情を持っていた。　この男は生涯を仕事に生きて、ひとりの女と幸せにいきることだけを考えて、家族のためにすべてに絶えぬいた。そういった自信がその横顔にはあった。「とうさん、すごくかっこわるいけどさ」「なにがだ」「すごくかっこわるいけど、すごくかっこいいね」　彼は顔をすこし上げて、帆の揺らぎを眺めたが、なにも言わなかった。祐介はこの男が父親であることにすこしだけ誇りを感じた。

  Dec 12, 2004

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• 京都物語

  　そういった激しい孤独に苛まれながら、漠然と愛情を求めて得られないでいた。苦痛は薬物で散らすしかなかった。風邪のような気だるさが、二人を囲んでいた。彼女は心を閉じてしまった、すべてに対して。彼女の心は開かない、二度と。　愛を信じない体になった。男は消耗品の使い捨てだ。DISPOSALレンズのように新しいPACKAGEを開けて、使いかけの男をダストボックスに放り投げた。未練はささくれだった指先の生皮のように、雨の夜をひとり傘もささずに歩いた。　19年間で彼女にプロポーズした男は10人、二十歳になった夜、タカハシにキスされた。そして、今夜はタカハシは知らない女達と飲み歩いている。彼女は銀座のバイトで、しらない社用族のドンペリを舐めてみる。　彼女の少女の面影が、女性の美しさの輝きに薄れる瞬間、フォアグラをフォークに刺して、匂いを嗅ぐ彼女のエクスタシ。　あるいはブルゴーニュから空輸されたオマール海老の腹にナイフをいれる、強い目線の狩人、真剣な表情の獲物を狙う目つきのエロス。　タクシーのバックシートで、彼女の屈み込んだジーンズの背後から覘いた美しい背中と愛らしい下着の清楚な印象。　すべて禁断の、そういったマチュアな時間の、ためらいや、うごめく欲望の視線を、垣間見る大人の時間。　彼女はシャンパンのグラスの向こうの、落ちていく西日に照らされた東京の夕暮れに、この人が父親だったなら、私の毎日はどんなものなのだろうと、ふと考えてみた。彼と父の共通したところ、ぜったいに抱かれることが無い関係において。　中秋の名月の、次の夜は、雨夜だった。　私は二の橋の君が、私を受け入れてくれないことの理由に、憑かれていた。　君は永い不倫にいて、別れてくれないその男の、誠実な家庭を大切にするまともさの変化に、君が癒した男が、今度は君を癒すべき時間に、家庭を顧みることに、裏切りを感じていた。そんなときに私に会ってしまった。　ある長すぎた夏の、夜明け前から朝にかけて、私たちは電話で話をした。　その時間BEDで横になり、睡魔のせいだと感じていたが、彼女の人を愛せなくなっている状態の、すくなくとも私を愛していないことを誠実に伝えようとする姿勢は好ましい印象を受けたし、そんな夜明け前の時間に彼女が電話をしたことも、日常性を逸脱した気まぐれなのかなと感じていた。　その電話で彼女は彼に会いに行くことを諦めた。　すぐにでも会いたくてそばにいてほしいという気持ちが、彼から伝わって来なかった。　受け入れていなかったのは、彼女でなく、私だった。　その感情は、押し殺すことによって増幅していることを彼女は感じていた。　その男を愛していた筈だった、彼女は19才だった、彼を自分だけのひとにしたいから、処女のふりをした、その若者は若すぎたために、そういった愛らしい嘘にさえ過敏になっていた。「初めてだったの」　その言葉は、彼がその行為の中で感じればそれでいい筈だった。その言葉で何を伝えたかったのか理解できなかった。　気がつくと彼は27歳になっていた。　彼が始めての男だったかどうか、いまとなっては確認する方法などないし、それは彼の細胞の１単位が記憶している、夥しい情事の一つに過ぎない。それは病的な潔癖にすぎす、淑女の処女性に関して、一人の男を愛し、その男以外の男を知らずに一生を終える女の人生の幸福についての幻想に過ぎなかったのかもしれない　結局、酔った中年男が、夜明け前の寂寥とした時間に、その体を必要としながら、耐えているというより、だれか代わりの体を求めている自分に吐き気がしていたのだった。　そのセルロイドの人形は、冷たい海に流れて、浮いたり沈んだりしながら、夜明けが始まりかけた東京湾に、浅い眠りを貪っている。　京都駅の待合室では、夜通し流離って疲れ果てた浮浪者が、暖房の効いた冷たいベンチに新聞を広げ、束の間の眠りに落ちた。

  Dec 5, 2004

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• 天使物語

  　彼女は私を信頼してくれている。私は彼女を愛している。地震が起きたら私は彼女を探しに行くだろう。彼女は最後の瞬間に会いたい人かもしれない。彼女は私の人生で４番目の女性だった。だから大切にする方法が、彼女を傷つけないで愛し合う方法が明確だった。二人には無駄に過ごす時間はなかったし、彼女は彼に珍しく敬意を払ってくれるほぼ唯一の女性だった。彼女は美しく、優しかった。私を抱きしめて、怖いものが通りすぎるのを一緒に待ってくれた。彼女に抱きしめられている時間は永遠だった。彼女の腕の中で感じる安らぎは、いまだかつて感じたことのない安らぎだった。そんなふうに愛し合っていた。「どうして電話くれないの？」「亜子と食事したでしょう」「おこってるの？」「うん」「亜子ちゃんと仲良しなの」「うん、どして」「こないだ、ふたりならんで、なんでって顔してたよ。ごめんね、許してくれないの？」「許すよ」「ありがと」「僕誕生日だったんだけど」「きいてないよ」「そか」「いつ？」「もうおわった」「そか」「あなたにあえるならどこへでもいくわ、あなたの悲しみはわたしの悲しみなの。あなたを愛しているの、信じてくれなくていいの。あなたはこの愛が壊れるのを知っている」「どうしたの」「将来のＣＯＭＭＩＴがほしいだけなの、私のどうしようもない人生をあなたに何とかしてほしいの。もう私の夢はかなわないことわかってしまったから、あなたの力で残りの人生を楽しく過ごさせてちょうだい。私を愛しているなら女王様にして、私の大切なプリンス、愛しているの、あなたをだれにも渡したくないの」 　電話はそれだけのもので、彼女は僕のなにかであることの優位性を誇示しながら、夜ふけた街にぶいぶいいわせている。僕に寵愛されていることを、他言して憚らない。たしかに彼女は垢抜けた、いい女になった。であったころの写真は別人の様だった。彼女だけが僕を呼び捨てにする権利を与えられていた、そして、亜子は彼女との友情を僕とのアフェアより優先する子だった。それは理恵が僕のことを慕う気持ちに応援していることがわかったので、僕はそれ以上理恵を傷つけないように、電話を置いた。あのころ僕はきみのやさしさつつまれていた。きがついていたさきみがだれかとした過ちは、くりかえすことなどないと。でもだれかのかわりにあいされること、かんじていた。なにかわすれるため、ひたむきに、ぼくを愛してくれた。すなおに愛しあえなくて、やがてはなれていく心。とめどなくゆれる気持ち、きみはたえられなくて、そして　ぼくをわすれた。でも　いまでも　いつまでも　あの　えがお　わすれることはない 夕暮れ近くの環状線の向こうに大きく月が出ている。彼女は彼を捨てる理由を考えていた。「結婚するつもりはないの」愛し始めたとき、なにかの間違いだと感じた。そばにいると癒えた。　年齢の離れた恋は、すこし背伸びして、大人びた時間が過ぎて。急に世界が色褪せて見え出した。彼の見せる世界が、すべてだった筈なのに。　彼がいないとき、それと違う世界に踏み込んだ。　そのひとはいなくても大丈夫な感じがするひとだった。大きな月は知らず知らずのうちに、その位置をかたむかせ、西の下方に寂しげに朝を迎える。「じゃあ、どうして私と寝るの」「君が好きだからさ」「私も嫌いな男と寝たことはないわ、あなたとおなじにね」「私はバカな女だけれど、何も楽しみがないの。だから、いい男に抱かれたいのよ。少しでもいい男にね。そのために何度も取り換えるの男を。あなたに初めてあってから、ほかの男としながら、あなたの指先や、腰つきを、腕を、思い出すといい感じになれたわ。抱かれたら夢のようだろうなあと思っていたの、あなたとはしたいと」そしてあたらしい男がきみのまえに現れる。彼と比較しても遜色ない。でも精神が違う。愛していた優しい男は、優しい精神を持っていた。心から愛されていたのを気がつくのは、いつもさようならのあと。君を抱けなかったこと、悔やんで悔やみきれない。君を傷つけなかったこと、幸福中の幸福、君のおやすみの予定に僕は必要ない。君と過ごすはずの夏がすぎていくよあいは陽炎のように命はかない。僕はひとりで奥沢をあるく女って別れてくれない。愛されていないのをしらんふりしてる。　そしてあなたはこの部屋からいなくなった。深夜に僕は帰ってきたが、一人の部屋はいつもの淋しい気配はしていなかった。そこかしこにあなたの気配が残像のように、そして残り香がへやのそこかしこで、ほんのりと香っていた。　情事は繰り返すだけであなたの愛情が消えていく訳ではないのに、束縛を嫌うあなたは結婚したくないといった。そこにあるのは無残な日常があるだけだからと、遠くを見る目つきになった。僕は言葉をなくして、床の木目を見ていた。あいしているといっても伝わらないのが分かっているから、伝わらないのか、それが言葉だけで、そこにないのか、解らなくなっていた。　メロンとスイカの嫌いなあなたは、クレープスルージュースを、赤ちゃんのように、ＢＥＤでストローから飲んでいた。ピンクグレープフルーツの赤が鮮やかな染みをＢＥＤに広がった。ごぼうのサラダを食べて、通販でＵＳから取り寄せた二人の遅いＢＥＤ用テーブルの食事は終わった。　僕達はもう一度、昨夜の続きを始めた。夜はもう明けて閉じたままのカーテンから、午後の気配が差し込んでいた。床の梨が腐敗を始めているとあなたは言う。飛散した割れた照明器具のガラスの破片がそのＢＥＤの周囲に飛散しているから、不用意にＢＥＤを降りることはできない。　僕はそういった大人の駆け引きに長けていなかったし、あなたが僕以外の人を愛していることは感じていたので、この情事は愛でないことは知っていたが、あなたの行為は愛を感じさせるもので、もしそれが愛でないのなら、愛を感じさせる技術の問題ということになる。そういえば僕は愛していない女を抱くときに、愛している女に対するのと同じ技術を使うことがあるが、二人は似すぎていて、かえってすこし怖い感じがした。　だから彼女はそうして反射的な運動神経で私を抱いただけで、それを愛情の献身的な奉仕の行為に見なすことは躊躇した。それは彼女の快楽の補助的な要素にすぎないことを私は見抜いていた。彼女の関心は快楽の深さを引き出すことで、愛情を確認することではなかった。　私はその確認方法を考えていた。なにか簡単な質問で明確にする方法はないのか。「だしていい」彼女は首を横に振って見せた、その行為の中で。　それは快楽の深遠をとめどなくする手順に過ぎず、それを愛の表現と見なすことができなくなっていた。　そういえばそういった行為はごくふつうに世の男性諸氏はおこなっている。二人で、僕達は奇妙な共同生活を始めた。僕の微妙な存在は彼女の人間関係を微妙に変えていた。複雑なことではない、彼女に本当に用事のない人たちが居なくなっただけだった。彼女はごく自然に不必要な暇つぶし用の人間には会わなくなった。もしかすると彼女は生まれて初めて愛されたのかもしれないが、まだ彼女は気がついていなかった。「愛してる」「気のせいよ」　だれかがあなたを変えてしまった。「君との夜を忘れようとしたが無理だった」「わたしにもう一度抱かれたかっただけでしょ」　あなたは私を愛してくれた。それはあなたの技術でなく、僕達は心と体を溶け合わせて、愛し合ったことは真実だ。「夏が行くね」「そうだね」僕達の純愛に気がつかないで世界は勘違いしてた。その夜僕達の間にはなにも起こらなかったが、世界はそう認識していない。彼を愛しているといったが、どのような愛なのか理解できなかった。途切れ途切れの時間が二人の間に澱んでいた。僕はうざい男にならないように生きているだけだったが、世界は勘違いしてた。　僕達はこの世界のそこに存在していたが、その夜僕はメイドのようにそこに存在していた。つまり僕は誰も愛さなくなっていたし、だれにも愛されないことを確認したかっただけなのかもしれない。「星がみえないね」「そううね、雨になるのかしら」　彼の部屋に初めて行った夜は、あの街で出会ってから２回目に過ぎなかった。軽い女と思われる危険があったが、どうでもいいと思っていた。　愛していると彼は言わなかった。「きみに溺れていく」「いいわよ」　19歳の彼女は成熟した知性と奔放な育ちの良さを感じさせる黒目がちな美しい瞳を持っている。彼は高校以来、ピアスのない耳を見たことがなかったので、あるいは彼女の黒髪に、コンサバな、なにかしら、彼の失ったものを感じた。　そういった彼の生活と場違いな、その失われた青春の時間をゆっくりと彼女は彼に教えた。　ホテルのエレベータで、ふたりきりになったとき、キスされるかと思ったが、されなかった。　二人は夜の銀座を手をつないで歩いた。やはりその夜にたどりつくべき二人のBEDはなかったが、つないだ彼女の手のごくかすかに感じる汗ばみは、彼を欲しいという体の反応に、彼は納得している、彼女の体は彼の体をほしがっていると。　彼女は愛して、お嫁にいくまでは、そういうからだの関係を回避して生きようと考えていたし、彼は彼で、愛し合っていると確信できないと、そういう行為に、寝ることができない状態になっていた。　ただただ二人は銀座に来た、初めてのデートの中学生のように、その時間を楽しんだ。　終電間際に、駅員のいなくなった改札で、インターホンで職員に電車の乗り継ぎを確認する彼の指先や、すこし真剣になっている目線に、彼が私を愛し始めていることを感じたから、さよならをして、体を抱きしめられたとき、つよく彼を抱きしめてあげた。　キスをされてもよかったけれと、彼は私の背中や、柔らかい胸の感触を胸や指に感じて、体をはなしたとき、とても性的な表情をして、私の目をみた。　私は体が彼を欲しがっていることを確信した。　静かな日比谷駅で、私ははじめて彼に抱きしめられた。その夜のお別れに、やさしく強く彼をだきしめてあげた。それは、今夜あなたを抱いてあげられないけれど、よく我慢したねというご褒美のような、あるいは、その抱擁がつたえる、あいしてるというはじめての穏やかな大人の恋が、はじまっている、そういった不思議な夜の、不思議な再会に、彼は淋しそうな、私なしの時間をどうやってすごせばいいのか困惑した母をうしなったばかりの子供のような淋しさの目線に変わっていた。はじめてのデートで抱きしめられたけどキスされなかった。　その夜彼のメールにはキスしたかったが、我慢したと書いてあった。　たしかに私たちは２回しか会っていなかったが、いくつかのメールや、あの街の彼のうわさは違うと彼女は読んでいたが、その通りに彼は誠実で、愛のないSEXをしない稀有な男だと思った。　次の朝、東京はグレイの空と、彼の涙の雨がしめやかに降り注いでいた。

  Dec 3, 2004

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• プロポーズ

  　私は幼稚園のとき、男子がそれをしなくてはいけないと聞き、以下の対策を立てた。　プロポーズされるまで結婚はしない。

  Nov 28, 2004

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