母は、女学校の寄宿舎に入った時、
自分が読んで感動した、外国の小説のような、女子寮を夢見た。
自分が入寮したからには、ぜったい、すてきな女子寮にしたかった。
入ったばっかりで、彼女ははりきっていた。
いろんなアイデアを出して、
彼女が理想とする外国のような雰囲気にしたかった。
ある日、構内で、3年生のお姉様方に取り囲まれた。
その中の、背のすらりとした美しい上級生が、
「薫子さん。あんたって、えらいんだってねえ」と。
その目は、冷たく光っていたそうだ。
それでも母は、ぜんぜん意に介さず、心の理想を
ちゃくちゃくと築くことに明け暮れた。
母は、73才くらいになって、初めて同窓会に行った。
そのころは、父の看病ばかりであったから、母は絶対に行かない
と言い張った。それまでも一度も行ったことがなかったけれど
たまたま、そのことを私達姉妹が知って、
どうしても母を同窓会に行かせたいと、強く思った。それで、
姉妹が順番に父を看病し、母に少し長く旅をしてもらった。
それは、彼女が同窓会に出席した、最初で、最後になった。
その旅で母は、2つ年下の懐かしい友人に、出合った。
母は、こころはずんで、うれしく、聞いた。
「ねえ、あの頃、私達が寮長だったころが一番よかったでしょ?」
ひとこと、
「怖かった」と。