辞書も歩けば

　さて、世界には語順が自由になる言語とならない言語とがあります。もちろん、どちらも相対的な問題で、自由になるといっても100％自由になるわけではなく、自由にならない言語にしても、それなりに選択の余地はあります。

　
　ここで大切なことは、世間で言う「語順が自由になるかならないか」という問題が、専ら文法的な観点から見たものにすぎないということです。
「スペイン語、とてもおじょうずですね」を考えてみましょう。英語ではほぼYou speak Spanish very well. という語順に落ち着きます。

　英語からスペイン語に入った人はよく、同じ意味のことをスペイン語でUd. habla español muy bien. と言います。英語とまったく同じ語順になっていますので、初めてスペイン語を見る人は、1語ずつ対応させて確認してください。このスペイン語は文法的にはまったく問題ありません。順列組み合わせを考えると、文法的には6通りの語順が可能になります。

　ところが、私自身はHabla Ud. muy bien español. 以外の語順を耳にしたことはありませんし、感覚的にこれ以外の語順が思いつきません。Ud. habla español muy bien.は一応スペイン語の単語を文法的には問題なく並べてあるけれども、「こんなものはスペイン語ではない」という感じがします。

　何らかの思いをこめて、そういう語順にしたのではなく、ただ単にスペイン語がよくわかっていないため、頭で考えてスペイン語を構成しただけのことです。ですから、相手に言い含めるように、一語ずつ発音するときにはUd. habla español muy bien.の語順も絶対ありえないとは言えませんが、本当に上手ならその必要はないはずです。
　
　文法的には6通りの語順が可能であっても、実際には1通りの語順しかありえないことになります。それがごくごくふつうのスペイン語であるわけで、私はこれを「自然体」と呼んでいます。何か特別の思いをこめて言うときには当然、この原則がくずれます。「とても上手」を強調したいときには、Habla Ud. español.と言ってから一呼吸置いて muy bienと言うことはあるでしょうが、そのときにはmuy bienにも力が入り、明らかにふつうの言い方でないことは、初心者にもわかるはずです。


　同じことが日本語にも言えます。「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」という文があります。日本語は語順が自由になる言語ですから、「あるところに、むかしむかし、おじいさんとおばあさんが住んでいました」でも「おじいさんとおばあさんが、むかしむかし、あるところに住んでいました」でもよさそうなものですが、やはり最初に書いた語順でないと具合が悪いことがわかります。

　どう考えても「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」でないと日本語になりません。


　これまで私たちが考えていた「語順が自由になる」ということは、単に「文法的に」自由になるということであって、必ずしも本当の自由ではなかったことがわかっていただけたと思います。
　次回は、この問題をもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。


←ランキングに登録しています。クリックおねがいします。