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テーマ:生き方上手(685)
カテゴリ:自分のこと好きですか?
「自分を追い詰めない」
予告の言葉が間違っていました。 「追い込まない」のではなく「追い詰めない」です。 貴方は今、自分を「自分のこと好きになりたい」とか「もっと自分を高めないと」などと思ってすごしていますか。 実際自分のことを好きになったり、自分を高める努力というのは必要です。 しかしそれも行き過ぎると自家中毒を起こします。 例えば「一日中ずっと笑顔でいよう」と自分で決めたとします。 しかしそうはいっても1日はそのとおりに出来ても、翌日から毎日毎日同じ事が起こるわけでは在りません。 とても腹のたつことが在ったり、とても悲しくてその日1日笑顔にならないこともあります。 普通のならそれはそれで仕方が無いと思うのですが、人によってはそれさえも 「自分で決めたことを守らなくちゃ」 ということにだけ必死になって、怒ったり悲しんだりすることさえも悪いと考え、笑顔でいない自分を責めてしまうことが在るのです。 挙句に「笑顔で居れない私はなんて駄目なんだろう」と見当違いの落ち込みまでしてさらに自分を追い込んでしまうのです。 これでは意味がありません。 こんな不自然なことをするくらいなら、いくらでも決めたことを緩和したほうがいいのです。 そもそも自分で自分のために決めたことは自分のためにならなくてはいけません。 そのためにも他人と比べたり、自分の決めたことを完璧に守ろうとすること自体を目的にするのは間違っているのです。 もちろん利己的な自分のためといって甘やかしてもいけません。 しかしある程度の「ここまでならはみ出してもOK」という下限は作ったほうがいいのです。 少しの逃げ道は命綱のようなもので、逆に自分が安心して前を見て進めることにもつながるのです。 例えば幅80センチほどの山道でガードレールや柵も無く、片方は底まで20Mもある崖の道を通るとします。 気をつけていれば確かに落ちないのですが、もしどこにもつかまるところが無い道とどこかつかまる命綱のようなものがある場合と同じ時間と距離で目的に地に付く場合どちらが安心ですか? 「自分を追い詰める」というのはわざわざつかまるところが無い道を選んで歩き出すようなものです。 もしくは命綱があるのに危ないのに絶対につかまない様にしているようなものです。 そんな危険なことをする必要は無いのです。 よく「自分を追い込む」と混同させる人がいますが、「追い込む」というのはある一方方向へ自分を導くことで、こちらはその先は自由にどこにでも開いているのです。 「自分を追い詰める」のは4方を壁に囲まれたところに自分を追いやることです。 さらにその中のもっと狭い行き場の無いところに詰めてしまうことなので、どこにも逃げ道が無く動けなくなり、行き場を失うことなのです。 貴方は「自分を追い詰めて」いませんか? もしそうならば時には「はみ出したりして良い」と自分がもう少しのびのびと自由に動けるようにしてあげましょう。 次回は「今必要と感じるもの」です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.01.22 22:07:14
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