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カテゴリ:人格統合取り組みみたいなもの
昨日の交流会&勉強会から帰って来て、なんかモヤっとした感じが抜けなかったです。
何でこんなにモヤっとしているのかな、って不思議だったので、ちょっと探ってみた。 何の問題もない訳じゃないのに、何も噴きだしが無かったのが、不安と言うか、大丈夫なのだろうかって思ったのは事実。 未だこのチャクラ関係は噴き出せる状態じゃないのかもしれないな。 あまり私が人格の話を出来なかった事も一つかな。 これに気づいたのが、今朝だって辺り、かなり鈍いな。 たぶん夢見良い子のリリ子が幅を利かせていたのだろうな。 そうなると本当の気持ちがちょっとつかみにくくなる。 そしてもう一つあって。 私の中のチャイルド人格がすごい淋しがっていたのもある。 さびしんぼ人格では無くて、悲観人格のひなが。 特に交流があった訳じゃない、と思うのだけど。 交流会に行った時、周り見てつまんなさそうにしていた。 家に帰ってからも 「淋しい」 って言って元気がなかったのですよ。 やっぱり一人居なくなるってのは、例えどんな関係でも、淋しいもんなんですよね。 思いだした。 私は小さいころ転勤族だった父に連れられて、名古屋→埼玉へ行った事があります。 この時は殆ど記憶が無いので、さびしいとか、そーゆーのはあまりなかったと思う。 引っ越しで伯母さんたちやいとこが、引越しの手伝いに集まって面白かった覚えがあるな。 そっちでは無くて、埼玉→名古屋に戻ってきた時かな。 この時小学2年になる時で、仲の良い友達が出来たのに、離れてしまう事が淋しかった。 そして今のマンションを買って緑区→北区に移ったのが1年後。 3年生になる時にはまた新しい小学校に行く羽目になった。 多分この辺りが、自分が他人との関係が苦手になったきっかけかもしれない。 何せどっちも最初は苛められたし。 表向き明るく元気にしたりしたけど、気持は引き籠り気味だった。 クラス替えの後の今までと新しい友達との関係も、なかなか上手くいかなかったりとか、とにかく淋しい思いを沢山していた。 淋しいって言っていると、母はおかしいという事が多く、早く友達作って元気になりなさい、○○ちゃんはあんなに明るく元気に遊んでいるのに、とか言われる事が多かったかな。 淋しいって言うと淋しくないようにしなさいとか、上手くいかないと言うと、貴方がわるいからだとか。 ともかくそんなこと言われる事が多かった。 あ、そーか。 ひなも寂しさを抱えていて、それは友達が居なくなる寂しさなんだ。 そして悲しくて、それをもてあまして絶望的な感覚になっているのが、ひななんだ。 ちぃの母親を求めるのとはまたちょっと違うんだ。 だからちぃじゃなくて、ひなが寂しいって気持ちで落ち込んだんだ。 んで、勉強会に行くのは、その事実がはっきり見えるから、嫌だって気持になったんだ。 それを無意識に、リリ子が押さえ込んで明るく平気なふりをした。 それでモヤモヤしていたのかもしれない。 淋しかったって、伝えてみようかな。 お返事は無いかもしれないけど。 ともかく自己分析。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.06.12 20:34:59
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