カテゴリ:国際政治
ウクライナ問題あれこれ (3)
< プーチンはどうなる > 戦局がどうあれ、プーチンは晩節を汚してしまいました。歴史には彼の悪名が残るでしょう。1950年代には、フランスがヴェトナムとアルジェリアで、何とか戦前の植民地を維持しようと無理に無理を重ね、ボロボロになって撤退する運びとなりました。 そのヴェトナムを社会主義封じ込めのためと引き継いだアメリカも、ジャングルの戦いに持ち込まれて、不正義の戦争に兵士がついて行けなくなり、まさにボロボロになって撤退する羽目になりました(73年)。アメリカの栄光に影が射した最初のケースでした。 次は、79年にアフガニスタンに侵攻したソ連です。こちらは山岳地帯のゲリラ戦に対応しきれず、遂に全土の制圧が出来ず、89年に撤退。結局はこの愚行がソ連の崩壊に繋がりました。 ライバルが勝手にこけたのに、自分たちが勝利したと勘違いしたアメリカと西欧は、今度はイスラム敵視姿勢をとって、世界のイスラム教徒が尊崇するムハンマドを戯画化し、愚弄するという、破廉恥な行為をあえて行った無頼漢のような作者と版元を、表現の自由の名で擁護するという、何とも愚かな誤りを犯しました。こうして全世界のイスラム教徒を敵に回してしまったのです。自分たちのイエス・キリストが辱められたとしても、表現の自由として黙認できるのでしょうかね。そうしないイルラム教徒の方は、はるかに紳士的に見えます。 イスラム教徒の怒りが、21世紀の幕開けに起きたNYのツインタワーへの攻撃となりました。9/11です。そして怒りに任せてアメリカはソ連が失敗して崩壊にまで至ったアフガンを攻撃し、またもや泥沼にはまり込みました。そして、フセインのイラクにも攻め込みました。イラクは山岳地帯もジャングルもありませんから、攻略しやすいはずでしたが、嫌われ者アメリカは面従腹背にあい続け、ここでもいたずらに消耗を続けました。リビアやシリアでも事情は同じでした。 力尽くの介入は、住民の根強い抵抗にあって、大国の国力を蝕み、遂には手ひどい失敗に追い込まれ続けてきているのです。こんな分かりやすい現実を、どうして理解できなかったのでしょう。何とも理解しにくい今回のプーチンの行動です。 まして、ウクライナは政治家の質はともかく、民意は高い国です。一時丈に軍事力で制圧しても、地下に潜ったウクライナ国民のレジスタンスによって、プーチンのロシアは、手痛い占領の失敗に追い込まれるでしょう。 2/23の線で止まっていれば英雄になれたのに、プーチンは自分の栄光を自ら放棄してしまったようです。 < クリミア半島とウクライナ > 明日詳しく書きますが、18世紀にロシア領に編入された以後、この地域がロシア、ソ連の手を離れたのは、第一次、第二次の二つの世界大戦当時に、ドイツやトルコに一時的に占領された短い期間しかなかったのです。黒海の制海権確保に必要なクリミア半島と世界有数の小麦の生産拠点であるウクライナが狙い撃ちされたのです。 続く お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[国際政治] カテゴリの最新記事
|
|