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HANNAのファンタジー気分

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June 11, 2017
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カテゴリ:これぞ名作!
「サーカスが燃えている」という危険なニオイの文で始まる第29話。幕間だった第27話で、老俳優は次の舞台(未来)の衣装を待っていましたが、どうやらその舞台は暴力と不信とに満ち、焼け落ちようとしています。

 1つ前の話が独裁者サイドから語られたのに対し、今度は一般人のサイドから、破壊と混乱が描かれます。主人公は道化(クラウン=ピエロ)の老人ですが、彼の素顔は乳児のよう、つまり無知で無垢。この現状を悪い夢だ、早く目覚めたいと思いながら、なすすべもなく年老いてしまったのです。
 先走りして言いますと、最後に彼は死にますが、その直前にすべてを理解した、というのは、夢から覚めるとはこの世界で死ぬことだったのです。乳児/老人、目覚め/死などが、頬に涙/口は笑っているピエロの顔のように表裏一体なイメージです。
 それにしてもこの世が、死ななければ醒めない悪夢だ、とは、恐ろしいですね。

 その悪夢の物語には「殺戮軍事警察」「監視人」という言葉が出てきて、第17話と同じく、前世紀の一時期のドイツを彷彿とさせます。第17話の「肉屋」は羊(特定の民族)というだけで虐殺しましたが、今度はゲシュタポとか「夜と霧」とか、思想狩りのたぐいが登場です。
 サーカスの団長や団員は、それに対抗する地下組織に加わるらしいのですが、道化にはよく理解できていません。至る所にスパイや密告者がいるようだし、もしかすると地下組織じたいが思想狩りのための罠かもしれません。誰も信じられず、自分の今いる状況もつかめない。

 興味深いのはあちこちで皆が、警官ですら「目をあけたまま眠っているような表情」だったり、実際に眠りほうけていたりすることです(第4話の遺産相続人たちと眠る大学生が再登場!)。真の悪者(独裁者とか)は見あたりません。
 どうやら、眠るという言葉は、この物語では、現状の恐ろしさに気づかず精神的に麻痺した状態を指すのに使われているようです。
 それを見るうちに、最初、自分が「目覚めること」が重要だと自分に言い聞かせていた道化は、しだいに、

  夢見る者は--(中略)--彼がおれたち全員の夢を見ている--(中略)--彼の夢であるおれは、もういいかげんで彼が起きるようにと、そう彼にわからせることができないのか?--(中略)--あるいは、おれたち全員、おたがいに夢を見あいっこしているのか? 夢の織物? 境界のない、底なしの夢の茂み?
                           --エンデ『鏡の中の鏡』丘沢静也訳

つまり目覚めるべきは他人である、と思い始め、主体性を失っていきます。
 (「夢」を「鏡」と置き換えると、この本のタイトル・主題である「鏡の中の鏡、迷宮」にぴったりマッチします。)

 自分が誰かの夢で、誰かが自分の夢で、というのは、ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』や荘子の「胡蝶の夢」に出てくる有名な設定ですが、裏を返すと、自分や世界の現実感や存在感がなくなり麻痺してしまう危険な状態(この物語のように)とも言えるのですね。
 これこそ、ファンタジー(想像力を働かせること)の暗黒面ではないでしょうか。

 とは言うものの、道化は、実は物語の最初で、燃えるサーカスの舞台に立って辞世の曲をトランペットで終わりまで吹いてしまっています。そして、堂々巡りの迷いに満ちてはいますが、自分の思いを吐露しつつ、最期にきちんとお辞儀をして、殺され=目覚めて行きます。誰に知られることもなく、しかし、立派に一生を終えたと言えるかもしれません。

 ここで一連の舞台ネタは終わり、次は、最初へとつながる最終章です。





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Last updated  June 11, 2017 10:44:36 PM
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