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Jul 29, 2007
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鹿賀丈史(かが・たけし)さんは不思議なひとだ。
何を演じてもそれが当たり役に思えて、他のひとがそれを演じるのを想像できなくなってしまう。

その鹿賀さんがあれほど熱演なさってきた「ジキル&ハイド」から降りると宣言して後の

最初の出演作が、ミュージカルではなくストレート・プレイ(話劇)で、演出がジョン・ケアードとなれば、

どんな仕上がりなのだろうと好奇心がうずいて仕方がなかった。
7月27日に観にいった。

おとなの恋心のさまざまなかたちとじっくりと時をともにして、充実した3時間だった。

8月初めの大仕事が一段落したら、原作の宮本 輝『錦繍』をぜひ読みたい。
一晩で夢中になって読み切りそうな気がする。

(宮本さんの小説は、『螢川』を『文藝春秋』誌上で大昔に読んだことがあるだけだ。
『泥の河』も識るは名前だけで、読んだことがない。ましてその他の作品も。
あぁ、すばらしい宝箱への地図をいただいた!)


鹿賀丈史(かが・たけし)さんと余貴美子(よ・きみこ)さんが、かつて夫と妻であった男と女を演じる。
それぞれの真摯(しんし)さが切ない。

どこか欠けているけれど精一杯生きてきた
精一杯生きてきたけどどこか欠けている男と女。

離婚の10年後、紅葉もえる錦繍の蔵王で思いがけない再会だ。
男は借金取立てをまいて逃げる身の上になっていた。
女は障害をもつ8歳の子を連れていた。

女が男に1通の手紙を出し、男は10年前のことを返信にしたためはじめる。

なまめかしくありながら常に一直線だった由加子のこと。
彼女が男の首と胸を刺し、その同じ刃物で命を絶ったときのこと。
由加子とのなれそめのこと。

(由加子を演じる馬渕英俚可(まぶち・えりか)さんの、そこはかとない魔性がすてきだ)

女もまた、離婚してからの身の回りと出会いを綴りはじめる。

原作の小説がそういう長文の手紙の往復で成り立っている。
手紙の封を切るときのどきどきする気持ちが舞台に再現され、しっとりとした謎解きが進行する。

舞台上の役者さんたちは自らの役以外に、手紙の文章を群読(ぐんどく)する存在としてもそこにいて、多人数が支えるこころよい緊張感が満ちている。

情感のさんざめきも血の臭いをも一陣の風のように清めつづけ
舞台に欠かすことのできない清冽を与えてくれるのが
藤原道山(ふじわら・どうざん)さんの尺八の独奏。
舞台中央の奥に控えて、みごとな要(かなめ)となってくださった。

そして緊張に疲れた瞬間に響くモーツァルトのレクイエム(ぼくも大好きな……)やピアノソナタ。
この構成が絶妙だ。


ミュージカルでは役者さんがごく当然のこととして1人数役を演じるけれど
この話劇でもまた鹿賀さんと余さん以外の8人の役者さんたちは、それぞれにいくつかの役をこなしていて
それが衣装をほとんど変えることなく気合と口調の飛躍でもって演じ分けられる。

役者さん自身がその演じわけの難度に苦しみながら楽しんでおられるようすが、すがすがしい。

10名の役者さんそれぞれの実力を出させ尽くす、ジョン・ケアード氏の演出のちからには脱帽の思いだ。


男がいま生をともにするのは
どことなく薄倖の女ふうの雰囲気も保ちつつ
じつはしっかり自分を生きている世話女房の令子だ。
痩身の母性。

この令子がいることで『錦繍』はにわかにリアリズムを増す。

令子がいなければ、『錦繍』は単なる青春文学で終わっていたかもしれない。
令子がいることで小説は俄然現実と切り結び古典となった。

その役、西牟田恵(にしむた・めぐみ)さんがみごとにこなしてくださった。

由加子は存在そのものが演技と言っていいのだが、
それと対照的に令子は“演技臭”が限りなくゼロであることでもって初めて令子らしい役なのだ。

じつはこういう役がいちばん難しいのかもしれない。
パンフレットで西牟田さんがこう語っているのが、響く。

≪令子は『錦繍』を読んだ人が皆「好きだ」と言う素敵な役で、プレッシャーを感じています。
哀しみや苦悩、人生の負の部分に引きずられないところが、私にも通じるところでしょうか。≫


幾多の人が映画化を夢みながら果たせなかった『錦繍』の
今回の舞台は完成度が高く、充実感に満たされて劇場をあとにしました。

きっと日本の演劇の古典になる。そんな確かな予感に満たされました。





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最終更新日  Apr 19, 2012 09:13:42 AM
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