文春新書『英語学習の極意』著者サイト

歌唱力のある新妻聖子さんをして「難曲が多くて、これまでと根本的に異なる歌い方を強いられた」と言わしめるミュージカルって？

金曜の夜、劇場へ急いだら当日券が残っていた。

The Light in the Piazza. 「広場に射（さ）す光」。
平成17年トニー賞受賞のブロードウェイ・ミュージカルの日本語版。


フィレンツェを旅する母と娘がナッカレリ家の青年と出会う。

快活な娘は、その快活のうらに隠された障害があり、
純朴な青年は、家族の旧来観念に苦しむ。


すっきりしたストーリー。舞踏も挌闘（アクション）もない。
アンサンブルの皆さんは、散歩役として登場する。
ミュージカルというよりオペラのたたずまいだ。

音楽は美しいが、旋律が耳に残って家路に口ずさめるようなものではない。じっさい、メロディーが全く思い出せない。

半音を多用し、そして音域が高い。ベースとなるメロディーの繰り返しは感じられず、不協和音まじりの現代音楽と思えるときもあった。

なるほどこれは難曲で、みごとにこなしておられる新妻聖子さんの声にもいささかの苦労がしのばれた。


主演の島田歌穂（かほ）さんが、お芝居のあとのシルビア・グラブさんとのトークのなかで「ミュージカルというよりストレートプレイの演技力が要求されるお芝居」というようなことを言っておられた。
その通りだとおもった。

新妻さんのクララは、年齢は26歳なのだけど、12歳のときに後頭部を小馬に蹴られてから心の持ちようは12歳のままだという設定。

「知恵遅れ」ではないけれど不思議に子供じみた快活・純真を、いわゆる“ぶりっ子”にならず“素直にさらけ出す”ように演技する。

これはけっこう難しいと思うのだが、新妻さんは立派に演じていた。

さいしょ、この設定を知らなかったから、
美術館で裸体画の羅列をみて「みんな裸んぼさんだ」と反応するセリフに「あれ？」と思い、裸身像の男根を無邪気に触る聖子ちゃんには、もう、ドキッとしてしまいましたねぇ。


青年の父、ナッカレリ氏を演じる鈴木綜馬さん。

綜馬さんの朗々たる歌唱力を発揮できる曲がない配役で、ちょっともったいないほど。

第２幕最後のあたり、島田歌穂マーガレットと散歩しながら やがて頑（かたく）なだった心を解き、さりげない一言で母マーガレットの願いを聞き入れるときの呼吸は、さすが綜馬さんならでは。

イタリア語のわからない母と娘の気分を観客にも追体験してもらおうという趣向で、字幕もないのにイタリア語のセリフが割りと多い劇なのだが、“イタリア人”たちのなかで言葉が板についていたのも鈴木綜馬さんだった。


いっぽう、新妻クララが恋をするファブリーツィオを演じる小西遼生さん。

歌唱力はあるし演技もそつがないけれど、イタリア語のセリフが“カタカナ語”どまりで残念無念。


島田歌穂さん、寿（ことぶき）ひずるさんと、ヴェテランの力を感じた舞台だった。