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日本のミュージカルの客席は一般に女性率が高いが、とくにこの作品の青山劇場公演はオペラ座の怪人＝ファントム役の大沢たかおさんを看板に集客したからか、客席の97％が女性ではないかと思われた。

大沢さんのストレート・プレイはシェークスピア劇のような味で、十分期待にこたえていた。

しかし、クリスティーヌ役の女性はこの劇後半の難曲をこなしきれず、
シャンドン伯爵役のルカス・ペルマンさんもいたましいほどヘタな日本語が浮いて舞台に違和感だけを振りまいた。

俳優さんたち本人は精一杯努力しているのだが、そもそも制作者による人選が罪深い。猛省を求めたい。


「ファントム」は「オペラ座の怪人」の裏ヴァージョンと言えばよかろうか。

劇団四季が長期公演中のロイド=ウェバー版は、
そもそも怪人がなぜオペラ座地下の最下層に棲むはめになったのか
怪人の父と母はいかがな素性なのか
怪人がクリスティーヌと出会い歌唱指導を始めた経緯が何なのか……などなど、じつは謎だらけなのだ。

明治44年に発表されたガストン・ルルーの原作小説も沈黙する「前史」部分に想像力の翼を広げたのが、この「ファントム」だ。

たしかな納得感のある台本に仕上げたアーサー・コピット (Arthur Kopit) さんに心からの賛辞を捧げたい。

第２幕の終わりちかく、怪人とその父の語らいは しみじみとして救いがあり、ウェバー版とはまた別の切り口で深い感動が襲う。


青山劇場の舞台美術もすぐれていた。二村周作さんの仕事。

中央の大道具のオモテ側はオペラ座舞台をあらわし、裏に廻（まわ）ると地下深くのファントムの居場所となる。

その大道具に設（しつら）えられた階段や歩廊の位置も、必要にして十分な演劇空間を創ってくれた。

上演にあたっての演出も、開演前からアンサンブルの皆さんに客席を徘徊させ、劇中の騒動場面でも役者さんが客席に侵出するなど、工夫があった。


大沢たかおさんは、映画俳優としてすでに数々の賞もとっている人だし、ストレート・プレイの部分は気魄横溢のうちにもさわやかさがあり完璧だった。

しかし歌のほうは疑問符が残った。後半よくなってきたが、第１幕では半音階が乱れかけてはらはらさせられた。
歌声の美質で酔わせるタイプのひとではないようだ。

こういうストレート・プレイが得意の人を主役に持ってくるなら、準主役には一層、声の魅力が求められる。


クリスティーヌ役の女優さんは19歳。
すでに映画・テレビでは活躍しているが、舞台なかんずくミュージカルは初めて。

彼女は、第１幕前半まではよくこなしていた。
「思い出の歌　幼い日の記憶……」で始まるナンバーの Home では彼女の声に酔って背中がぞくっとした。

いますぐ「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役をやらせても、たぶん立派に演じられるだろう。
19歳にして初めての舞台でいきなり大劇場に立ち準主役をここまでやり遂げたのだから、その才能を賞讃したい。

しかし、モーリー・イェストン (Maury Yeston) さんが作曲したクリスティーヌの歌は後半になるほど難曲となり、美しいソプラノを要求する。

ウェバー版にはない「歌のコンテスト」シーン、そしてファントムに素顔を見せてほしいと迫るナンバー My True Love のどちらも、ソプラノの実力が問われる。

だからブロードウェイ版のＣＤではクリスティーヌ役の Glory Crampton は特別扱いされている。

今回起用した女優さんは、劇の山場であるはずの My True Love を歌ったあと会場から拍手が全く起きず、ほんとうにかわいそうだった。

高音部を、声が割れないように歌うのが精一杯なのを観客に見抜かれてしまったのだ。

舞台を見るかぎり、「ファントム」のクリスティーヌ役に要求されるのは、一にも二にも歌唱力だ。

ミュージカル女優陣の一流どころを確保できなかったのなら、オペラ歌手を起用する手もあったのではないか。


ルカス・ペルマンさんの起用は、ご本人にも失礼だったと思う。

演じたシャンドン伯爵の山場は、クリスティーヌに求愛する Who Could Ever Have Dreamed Up You? だが、難曲ぞろいの本作品のなかでこれはかなり歌いやすい曲だ。

ペルマンさんのつたない日本語が、役そのものを軟弱青年めかす結果に。
加えて、第２幕後半、ファントムとの殺陣（たて）もお粗末だった。

もっと適任の日本人俳優がいくらでもいたはずだ。


苦言も述べたけれど、このすばらしいミュージカルを紹介してくださった制作者に感謝を伝えたい。

今朝からブロードウェイ版のＣＤも繰り返し聴いた。

絶品は怪人とその父が語らい歌い継ぐ You Are My Own で、 Richard White（怪人）とJack Dabdoub（父）のことばのひとつひとつに涙してしまう。

作品のちからを青山の舞台に全開させてほしかった。