文春新書『英語学習の極意』著者サイト

劇場ベニサンピットから両国駅へ戻る道々、ブログの劇評に何を書こうか考えた。



女と男が向き合っては別々のものを求め、安逸を模索しながら相手を突っぱねる、リアルな舞台。

いっぽうがはしゃいでいるのに、もう片方が別のほうを向いているちぐはぐさとか。
一見不自由なく時が過ぎること自体がわずらわしくなる、わがままの爆発的な増殖とか。

みている自分も思い当たってひやっとさせられる瞬間が眼の前を交錯する。

これはもういきなり脱線して、劇のことはそっちのけにしてひたすらわたしの女について語ろうかとまで思った。


劇場の扉をくぐり出ながら、饒舌になることにふとあこがれた。

この台本を手にしたなら、鉛筆で傍線を引きたくなるせりふがいくつもあった。

その多くは、ホンネというよりは意図せざる言い訳であったり自己合理化であったり、そこまで求めてないよと声をかけてやりたいスッポンポンの言い草だったりする。

雑誌記者のパルム夫人が狂言回しとなって、大学で教鞭をとるヨハンと弁護士の仕事を抱える妻マリアンヌの結婚から20年間の起伏を綴る。

ハプニングに乏しいインテリ夫婦の日常と見えたものが、ある夜、帰宅したヨハンの宣言で一変する。
「大学で出会って付き合いはじめた はたち過ぎの女性とずっと一緒にいたくてどうしようもなくなった。
明日朝、この家を出る」

こういうとき女は取り乱し泣きわめくものと思っていた。
マリアンヌは妙に落ち着いていて、そして一生懸命だ。引き留めようとするが果たせない。

かつてある週末、ぼくも惰性のかたまりみたいなファミリーがうとましくなって家出したことがある。
そのときは、わたしの女が自転車に乗って追っかけてきて、あっけなく捕まえられてしまったが。



ヨハンが愛そうとした若い女性は舞台には出てこない。
ヨハンは同棲して満足するのだが、
やがてその女性とふたりでいながら、ひとりでいるときよりもっと深い孤独を感じ始める、
というところもリアリティがある。

原作はスウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマン (Ingmar Bergman) で、人生で５回も結婚した彼の人生の瞬間瞬間が投影された。

けっきょく安らぎを求めずにはいられない人の性（さが）と、そこから遠心運動を試みる人間の意地が、納得性のある収斂を見せるのだが、収斂の先に次の騒動がありそうな予感も残す舞台は心憎い。


マリアンヌを演じる村岡希美（のぞみ）さんの演技を、去年の「犬は鎖につなぐべからず」で見ていた。

そのときは緒川たまきさんにばかり目がいっていたのだけど、今回 村岡さんの舞台をみて緩急の切り替えの絶妙なうまさに舌を巻いた。

赤いメガネの村岡さんがベッドにちょこんと坐ってぴょこぴょこ跳ねるのもかわいい。

ヨハンを演じた天宮 良さん。
ずっとメガネをかけていたのが、最後の場面でメガネを外すと二枚目男優さんだった。

絶叫調になりかねないところで、寸止めしてリアル感を失わないところがさすが。

舞台できれいだったのは雑誌記者を演じた鬼頭典子さん。
彼女の舞台をもっと見てみたい。

演出は鈴木裕美さん。
昨年の演出作品のなかでは「たとえば野に咲く花のように ― アンドロマケ」、「ハレルヤ」の２作を見せてもらい、どちらも大満足。
今年もさらなるご活躍を！