テーマ:中国&台湾(3304)
カテゴリ:中 国 界
最近、夢想することがある。
China を「中国(ちゅうごく)」でも「支那」でも「シナ」でもなく、「チョンクオ」と呼ぶことにしていたら、現代日本が抱える大きな言語問題は解決されていたのではないか、と。 5月14日の産経新聞1面で呉智英(くれ・ともふさ)さんが「私の正名論」と題して、国名の「中国」が日本の「中国」地方とかち合ってしまう不都合のことを書いていたので、コラム子も一筆。 日本の中国地方は、14世紀半ばに「中国探題(ちゅうごくたんだい)」が置かれるなど、その名の歴史は古い。 いっぽう China の国名を同国人が「中国(チョンクオ)」と言いだしたのはようやく大正時代だ。 だから日本側が「中国」の名を China に譲ってやる必要はない。 ところがあるとき中国政府が、広島市に本社のある「中国銀行」が Bank of China と同じ表記だから別名に改めてもらえぬかと申し越してきたという、まことしやかな話を読んだ記憶がある。 真偽のほどは知らぬが、いかにもありそうな話だ。 敗戦後の昭和21年に、中華民国からの要望で「支那」は「中国」と呼びかえるよう外務省から通達が出されて、公務員が公務を行うときは国名としての「支那」を使わぬ取極めになった。 (でも海洋名は外務省の管轄外だったからか、「東支那海」「南支那海」のままだったけどね。 運輸省の意地。官僚の縦割り意識の面目躍如。) 公務の場や公共放送の場のみにしか適用されるいわれのない通達なのに、日本人得意の過剰自粛によって、国名としての「支那」は社会のオモテから消えたのだけど、 たとえ外務省の通達がなくて「支那」が使われつづけても、中国の Bank of China を日本語でどう呼ぶかという問題は残ったろう。 中国語で“中国銀行”と書くのだから、それに引かれて日本語でも「中国銀行」と書いたろう。 けっきょく、 それでも、まさか“中国銀行(チョンクオ・インハン)”を「支那銀行」とホンヤクはできまいよ。 「チャイナ銀行」とも言えまい。 英語国の銀行でもないのに「バンク・オブ・チャイナ」と呼ぶのも面妖だ。 コラム子の画期的な案によれば、この問題が解決される。 北京のチョンクオ銀行。 “中国人民銀行”は「チョンクオ人民銀行」。 “中国共産党”は「チョンクオ共産党」だ。 北京を「ほっきょう」と言わずペキン、上海を「じょうかい」と言わずシャンハイという。 それに中華民国も中華人民共和国も一度たりとも文句を言ったことがない。 だから、中国を「ちゅうごく」と言わずチョンクオと言って、ほめられこそすれ、文句はなかろう。 かくて、NHKの語学講座も「チョンクオ語入門」となり、 日中友好は「日チョン(にっちょん)友好」となり、 親中派は「親チョン派」と呼ばれることになる。 完璧ではないか。 駐日チョンクオ大使館も太鼓判を押すだろう。 「チョンクオ」がダメだという向きには、北京を「ほっきょう」、上海を「じょうかい」、青島を「せいとう」と読んでいただくしかないが。 * * * ところで、呉智英さんの5月14日の文章にはこんなことが書いてあるが、若干思い違いがあるのではないだろうか。 呉さんいわく ≪昨夏、中国食品という会社が倒産した。 健全な経営の食品会社であったが、農薬汚染食品の輸入会社だと誤解されて製品が売れなくなったのだ。 この会社は広島にある。 社名が中国食品で何の不思議もない。≫ ひょっとして、だけどね、呉智英さんの言っているのは、岡山市にあった海産物加工販売会社「中国食品工業」のことではないのかね。 読売新聞の平成19年9月1日の配信によれば、同社は8億7500万円の負債をかかえて岡山地裁に自己破産を申請し、破産手続きの開始決定を受けた。 昭和23年の創業で、業績のピークは平成12年だった。 その後、業績が悪化していたところに、中国産食品の汚染が問題となった昨夏は、前年同期の15~20%の売上減だったと読売の配信記事に書いてある。 もしも呉さんが岡山市の中国食品工業のことをうろ覚えで書いたのであれば、それを救ってあげるのが新聞社の校閲部なんだけどね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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