カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
2度目の 「回転木馬」 観劇 (4月18日、昼の部)。
4月19日の千穐楽を前に完成度が高まって、一段と深い感動を与えてくれた。 やんちゃで、もてて、カッコつけて生きているけど自立できない男。 そんなビリーの役、浦井健治さんがよくなった。 3月29日に観たとき はビリーの悪びれが心もち空回りして、いかにも 「演じてます」 という感じがあったのが、今回は浦井さんの持ち前のシャイなところがビリーという人格に絶妙に練り込まれて、浦井さんならではのビリーになっていた。 ビリーを愛し心のひだの奥まで見通してしまうジュリーは笹本玲奈さん。 数少ないささやくようなセリフに万感の思いをこめて、劇場全体を空調の音が聞こえるほどの静寂に導く。 少女のような無邪気さと、30代半ばの女の沈着さをきれいに演じ分けつつも、ビリーを包み込むその慈(いつく)しみの心は何ら変わることなく、一目惚れのころからビリーの死の15年後に至るまで、ひとつの一貫した愛であることをしみじみ見せてくれる。 風もないのに散りしきる花びらに、心が自然に向かうべきところを観てとってビリーに対して心を全開にするシーンも、早まった自死を選んだビリーに恨みごとひとつ言わず、いとおしみの気持ちを語りかけるシーンも、穏やかななかに込められた気持ちの強さが伝わってきて、からだに電撃が走った。 しずかな言葉ひとつひとつが、目を潤ませた。 * この作品の象徴的ナンバー 「愛したら (If I Loved You) 」 は、流麗だが高音域が持続する難曲。 作品のなかで繰り返し歌われ、バレエ曲としても使われる。 昨年12月に笹本玲奈さんのコンサートではじめて聴いたとき、じつはあまり好きになれなかった。 ミュージカルナンバーというより、歌手泣かせのドイツ歌曲という趣きだ。 2月22日のイベントでもう一度、笹本さんの 「愛したら」 を聴いたら、だいぶ心が融けてきた。 2度観劇して、すっかりはまってしまった。 ビリーとジュリーの娘ルイーズが 「愛したら」 の旋律にのって踊るバレエの美しさが、心にこの曲を棲まわせたのだと思う。 バレエを踊ってくれたのは玉城晴香(たまき・はるか)さん。 プログラムによれば、玉城晴香さんは 平成13年に渡米してウォールナット・ヒル・スクールでダンスを専攻し、平成15年に同校を首席で卒業して、帰国後も研鑽を積んで現在フリーで活動中というから、小柄なからだにすばらしい才能がつまっている人なのだ。 「愛したら」 のバレエのシーンは、映画 「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」 に出てくる。 笹本さんの公演後トークでその話を聞いたから、このあいだマニラ出張のとき機上で映画を見た。 親しいひとが映画にとつぜん登場してくれたような気がした。 * 観劇も2度目となると、あれこれと耳慣れしてきたナンバーに恋をしはじめる。 プロローグの 「回転木馬のワルツ (The Carousel Waltz) 」 は、やや謎めいた旋律が耳に残る。 登場人物全員が舞台でそれぞれの世界をパントマイムで演じる。 観劇1度目では席がやや舞台から遠かったこともあって、ごたごたした印象を受けたが、観劇2度目ではそれぞれの登場人物の動きをフラッシュバックみたいに目で追ってゆくのが楽しかった。 「六月が来たよ! (June Is Bustin’ Out All Over) 」 は、 「ミー&マイガール」 にでも出てきそうな明るい曲だ。 「子供たちが眠ったら (When the Children Are Asleep) 」 は、歌詞がいい。 子供が何人もできた妻と夫がういういしく愛し合うことのロマンを語って、ぼくの人生観にもぴたっとはまる。 (残念ながら、イーノックとキャリーみたいに9人の子供をもうけるわけにはいかないけどね。) 1度目の観劇でも 「いいなぁ」 と思ったけど、2度目の今度は涙でぼろぼろになってしまったのが、最後にコーラスで歌われる 「ひとりじゃないさ (You’ll Never Walk Alone) 」。 中学校の卒業式。 生徒たちを赤ん坊のときから知っている町医者の先生が、はなむけの言葉を贈る。 演じる安原義人(やすはら・よしと)さんが人生の円熟を体現しながら、ストライクゾーンど真ん中の人生訓を語ってくれる。 安原さんが含羞の面持ちからやがて力強く語りかけはじめるとき、 「あぁ、数え切れない人々が、この言葉に人生のちからを得て劇場の扉から足を踏み出したのではないか……」 そんな気持ちがした。 ジュリーとビリーの娘ルイーズが、勇気と自信をもって社会へ漕ぎ出していけますように…… そんな願いを抱(いだ)かずにはいられないストーリー展開に、やがてこの実直そのものの讃美歌のような曲 「ひとりじゃないさ」 がぶつけられるとき、未来へ向かう人々への祝福の気持ちが自然と湧き上がり、自分もまた怯(ひる)むことなく前進しようと、そんな元気が湧いてくる。 「回転木馬」 が いとおしい。 次の公演は何年後か。何度も足を運びそうだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[映画・演劇(とりわけミュージカル)評] カテゴリの最新記事
|
|