カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
5月16日の昼の部を最前列のほぼ真ん中で見た。
そして、ミュージカルの神さまに少しだけ恩返しをした。 (シアタークリエのサイト で舞台映像ダイジェスト(2分40秒)と初日カーテンコール映像(3分30秒)が見られるので、そちらもご覧ください。) 第1幕の前半だけはストーリーそのものがやや重苦しい。 大塚ちひろさん、剣 幸(つるぎ・みゆき)さん、土居裕子さんらが次々とすばらしい歌を披露されるのに、タイミングをうまくつかめなくてか客席から拍手が起きない。 第1幕のなかば、マンドリンやアコーディオン、チェロなどの伴奏が軽快さを増し、土居裕子さんが 「シェルビーの広告案 Shelby’s Ad」 を歌うと、もうほれぼれしてしまったから一人で小さく拍手をはじめたのだが、誰もついてこない。 4度手をたたいて終わってしまった。 大塚ちひろさんが、ちいさく手をたたくぼくをちらっと見て眼と眼が合ったので、ぼくはにこっと笑ったのだけど、ちひろさんは何となく落ち着かないようすだ。 そのあと、大塚ちひろさんと土居裕子さんが掛け合いで歌う 「一番近いパラダイス The Colors of Paradise」。 小さな町ギリアドのことをコミカルに紹介しながら始まる歌はやがて、周りの森の美しさを鮮やかに描き、おおらかなアメリカっぽい旋律で包み込む。 なんとさわやかな歌だろう。景色が見えてくる。 拍手を先導したら、今度は客席がついてきてくれた。 暖かい手のひらの音がしばし響いて、暗転して消えるふたりを送った。 気のせいか、そのあと俳優さんたちのテンションが上がって、舞台がいっそう生き生きした。 つづく宮川 浩さんの 「どうすれば男は Digging Stone」 も思いがこもっていた。 歌の終わりに拍手しようかどうしようかと一瞬迷ったら、今度は右手にいる別のお客さんが拍手を先導してくれた。 * 大塚ちひろさんが演じるパーシーは、5年間の刑務所生活を終えたばかりのグレた娘だ。 ギリアド町の美しい森の写真に惹かれて、長距離バスから降りたのが彼女。 駐在所の警官ジョー (藤岡正明さん演) の紹介で、町で1軒しかない食堂 「スピットファイア・グリル」 で働きはじめる。 その食堂の女主人ハンナ (剣 幸さん演) や、食堂を手伝う近所のシェルビー (土居裕子さん演) らをはじめごく普通の人々の人生のひだが、すこしずつ見えてくる地味なストーリーだ。 女主人は、かねてより老朽食堂を売ってしまおうと思っていた。 ある日、パーシーとシェルビーが思いつく。 「スピットファイア・グリル」 食堂そのものを賞品として、エッセーコンテストを開こう。 参加費として100ドル札1枚を同封のこと。 新聞広告を出したら、米国全土からそれぞれの人生の思いと夢を語る手紙が大量に届き始める。 これがやがて町を活気づけ、スピットファイア・グリルの雰囲気も変わり……という本スジの明るいストーリーは爽快で、だからあの空気に触れたくて仕事帰りにもう1度シアタークリエに行くつもり。 本スジのほかに、ベトナム戦争の陰りを帯びた脇スジがあってストーリーに深みが出ている。 パーシーが刑務所生活へ堕ちるまでの悲劇を切々と語る場面も胸を打つ。 悲しみのさまざまな形とその癒しが盛り込まれた作品は、普遍性がある。 * 大塚ちひろさんはぼくにとっては 「ダンス・オブ・ヴァンパイア」 の美しい娘サラであり、「レベッカ」 の清楚な主人公だったから、今回のグレた役は (とくに前半は激しくグレてましたね) 「おおっ…」 と思わず口をおおう出来栄え。 ボーイッシュな ちひろさんを見ていると、まるで休日にいたずらな姪っ子が 「幸おいちゃん!」 といって訪ねてきてくれたような気持ちにさせられました。 そこに、癒しの土居裕子さん。 「マリー・アントワネット」 の修道女アリエスといい、「タン・ビエットの唄」 といい、舞台を神々(こうごう)しく変えるちからが、みごと。 大塚ちひろさんが徳島市出身で、土居裕子さんが愛媛県宇和島市出身。 おなじ四国の松山市出身のわたしとしては、おふたり揃っての舞台を間近で見て感無量です。 * 美しい森に囲まれた小さな町、床屋が郵便局を兼ねているような町を舞台に、町がだんだん生き生きしてくるというこの話、できることなら広く地方公演を実現していただきたいものだ。 (上演権をもっておられる東宝さんが無理なら、劇団四季に有償で上演権を一定期間譲ってでも……。) 登場人物はわずか7名 (うち1名はセリフなし) で、1人1役。 バンドも6名で構成だ。 舞台装置も、中央に 「スピットファイア・グリル」 食堂のセットがあるのみで、これがときどき裏返されて山のイメージの高い塀となる。 場面転換が少ない。 ストーリーは地域密着型だし、嫌らしいまで亭主関白を意識するケイレブとそれに反発するシェルビーの夫婦ふたりの葛藤と和解など、地方都市の人々の共感を呼ぶはずだ。 そして、いい歌がそろっていてミュージカルの醍醐味を十分味わえる。 まさに地方公演実施にもぴったりの作品になっている。 (5月31日まで、東京・日比谷のシアタークリエで) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
May 18, 2009 08:08:05 AM
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