カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
よく新聞・雑誌の企画で 「一生涯の最後の食事は?」 というのがある。
が、「一生涯の最後に観るお芝居は?」 という企画は、かつてあったか。 日生劇場で 「シラノ」 2度目の観劇をして、彼をひしと抱えたロクサーヌの凄絶なまでの美しさに幕がゆっくり下りたあと、突き上げるように嗚咽(おえつ)してしまった。 ほんの一瞬、不覚にも 「このまま死んでもいい」 という文字が脳を駆けたが、まだまだ死ぬわけにはいかない。 でも、たとえば20年後に、劇場で3時間過ごすのがぎりぎりの体になったとしようか。 そのとき最後に観るミュージカルの筆頭に、この 「シラノ」 を挙げたくなった。 ベルジュラックのシラノのように、心意気だけは汚れなく、死んでいきたいではないか。 つむいできた豊かな詩句をいつくしんでくれる、うつくしい女性にみとられながら。 たとえば20年後なら、笹本玲奈さんにロクサーヌを演じてもらえるだろうか。 (笹本さんなら、10年経たぬうちに ロクサーヌを演じそうな気がする。) そしてシラノは浦井健治さんに演じてもらおう。 * 前に観たのは 5月9日の夜の部 だった。 今回、23日の昼の部は、ミュージカルの神さまが天使を送り込んでくれたみたいだ。 ロクサーヌを気高く演じた朝海ひかるさんが、ガラスの鍵をたずさえてようやくぼくの心の錠を開いてくれた。 舞台上の気高さと高慢さは紙一重だが、朝海さんは高慢に見える寸前でいつも気高さのほうにいてくれる。 彼女がキュートだから。 23日には、ひとつひとつの音符をじつに丁寧に歌ってくれた。 凛々(りり)しい戦場慰問のシーンは、宝塚雪組トップの男役の気合がふっと彼女に舞い降りているかと思われた。 * ダブルキャストのクリスチャン・ド・ヌーヴィレット役、23日は浦井健治さんだった。 前回見たクリスチャン役の俳優さんも優男(やさおとこ)ぶりはストーリーに合っていたけれど、浦井さんは優男ぶりがキリッとスパイシーになる。 バルコニーでの朝海さんとの二重唱も、天界へ突き抜けるようにみごとだった。 「シラノ」 のメロディーは、技巧を感じさせない素直な曲が多い。 あまりにすぅっとしていて1度目は記憶に残りにくかったが、観劇2度目で すっかり魅せられた。 アンサンブルの皆さんのなかでは、長身ではっきりした顔立ちの岡本 茜さんの今後の活躍を楽しみに思った。 * 鹿賀丈史さんは5月28日まで日生劇場で 「シラノ」 を駆け抜ける。 鹿賀さんの歳で、独唱の連続、出づっぱりでたましいを込め続けなければならないミュージカルは、荒行(あらぎょう)と言ってもよい。 23日の昼の部、第2幕になると高音に苦しんでおられたが、「シラノ」 の最後の修道院のシーンはストレートプレイで見せるところなので救われている。 23日は夜の部もある日だった。きょう24日も昼の部があって、あしたはお休み。 どうか28日の東京千穐楽まで、すばらしい舞台を見せてください。 23日の昼の部は、劇場全席スタンディング・オヴェーションだった。 (5月28日まで東京公演のあと、6月3~7日に大阪・梅田藝術劇場、6月10日に広島厚生年金会館で上演。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
May 24, 2009 10:24:20 PM
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