カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
気がついてみたら、英国人ジョン・ケアードさんが演出してくださった日本公演にはすべてふれたことがある。
ぼくの観劇順でいうと、 「レ・ミゼラブル」 @ 帝国劇場 「錦繍」 @ 銀河劇場 「ベガーズ・オペラ」 @ 日生劇場 「私生活 ~ Private Lives~」 @ シアタークリエ 「夏の夜の夢」 @ 新国立劇場。 この11月には、ケアードさん演出、鹿賀丈史さん主演の 「錦繍」 再演を観るのを楽しみにしている。 「錦繍」 初演で、ジョン・ケアードさんの演出は舞台の大道具・小道具を最小限にし、書割も変えずに照明でもって場面転換をはかった。 能楽のようにミニマルな装飾の劇的空間をつくることで、ぎゃくに舞台全体の光と闇が登場者の心象風景として機能し、演技を盛り立てた。 同じことがこの 「ジェーン・エア」 にも言える。 ジェーンの境遇の変化にしたがい居場所は、みじめな屋根裏部屋から豪邸まで天と地のようにかわるのに、舞台の情景はやや寂しげだが端正な大ブリテン島の荒野のままである。 まるでジェーンの心象風景のような。 そこに椅子やベッドや、あるいは墓標としての十字架が置かれ、照明を変化させることで情景の転換があらわされる。 そういうミニマルな舞台を支えるのが、シェークスピア劇のように情景描写を適確に織り込んだ台詞だ。 外国から一流の演出家・スタッフを招聘して公演を企画できるのも、文化に裏打ちされた日本の経済力が支えているわけで、すぐれた俳優とカネがなければケアードさんも来てくれない。 The Woman in White を読んだら Jane Eyre にも挑戦してみたいと思っているが、ともに数奇な境遇をくぐりぬける真摯な女性、深い愛が空回りする不器用な男、回り舞台をずり動かす狂女……と、心をわしづかみにする仕立てである。 松たか子さんの端正な演技を見ながら、笹本玲奈さんがジェーンを演ずる姿を夢想した。 (おそらく笹本さんなら、ジェーンにさらなる波動が加わるはずだ。) このミュージカルのジェーンは最初から最後まで舞台にいて (舞台から退く姿が記憶にないのだけれど……)、ジェーンの子供時代を子役さんが演じるときも、すっくと立って見守っている。 ジェーンを演ずる松たか子さんは、ストライクゾーンど真ん中に投げ込みつづける。 それがとても似つかわしい女優。 きっとこの作品で何れかの演劇賞をお取りになると確信している。 * 対するエドワード・ロチェスターは、ストライクゾーンぎりぎりの多彩な球を投げなければならない。変身の怪演魔球までも。 橋本さとし さんの、スパッとしたいたずらっ気が、はまった。 ロチェスターが馬を駆って舞台に現れ、落馬する。 このシーンに舞台藝術のちからを感じた。 9月5日に観たときはN列で舞台から遠かった。 舞台の闇のなかで蹄鉄が響き、なにか激しくのたうちはためくや、橋本ロチェスターがそこに横たわっている。落馬がリアリティーをもって感じられた。 9月19日に観たときはE列の右端で、橋本さんの前後で黒い大旗を振り回す助演者が見えた。 黒旗で橋本さんの姿を隠しつつ、のたうつ動きをも表現する。 舞台の技の豊かさ。 * このミュージカルでは子役の俳優さんたちが大事な役割を担っていて、皿のパセリや付け合せのポテトではなく、一皿分を演じきらなければならない。 この働きがみごとだったので、ぜひほめておきたい。 10歳のジェーンを演じた 角田萌夏(つのだ・もあな) さん。ご本人は12歳。 地味な顔立ちだが、舞台すべてを支配する独唱をすらりとやってのけた。 目をつぶって聞くと、周囲の大人の俳優さんたちの歌唱と遜色がない。 ジェーンが家庭教師をする相手の娘アデールを演じた 佐藤瑠花(るか) さん。ご本人は11歳。 劇中劇ふうにハムレットのオフィーリアも演じるのだが、軽やかな遊び心を身につけていて、それゆえに学藝会ではなく日生劇場の舞台のひとりとしてそこにいた。 * 寿ひずる さんは、波乱つづきのジェーンの境遇を安らかに鎮める役柄のフェアファックス夫人。 ロチェスターに執事のごとく仕える。 寿さんのかもす安心感が、舞台の求心力になっていた。 ロチェスターの求愛を待ち望む貴族の娘を演じる 幸田浩子 さんは二期会のオペラ歌手で、ファルセット (裏声) がうつくしい。 松たか子ジェーンの地声の歌と、幸田ブランチ嬢のファルセットの掛け合いが絶品だった。 2つの異なる境遇を、声で端的に示してみせた演出が心憎い。 ぼくは狂女の役を観るのが好きだ。 「ジェーン・エア」 のバーサ・メイスンは八つ墓村的な不気味で罪な狂女。 演ずる 旺なつき さんの気合はただものではなかった。 劇中指折りの悪役がリード夫人。 この強烈なキャラクターを伊東弘美さんがしぶとく怪演している。 女優さんばかりほめて申し訳ないけれど、さらにほめ続けると、端役の女優さんたちもキャラがしっかり立っていた。 狂女と交差する、針仕事の召使グレースを演じる鈴木智香子さん。 暗く不機嫌なしっかり者の役柄だが、カーテンコールの鈴木智香子さんのはじけるスマイルは全くの別人で、芝居のおもしろさに後からぞくぞくさせられた。 ことごとく間合いの悪い召使ベッシーを演じる谷口ゆうなさん。 その豊満なおからだが、フェアファックス夫人に一喝されて縮み上がること数度。 彼女のキャラは、うけてましたね。 * ぜひ再演、再々演してほしい作品。 笹本玲奈さんも、数年後にはジェーン・エア役をおやりになるでしょう。 (9月29日まで、日比谷・日生劇場にて) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Apr 19, 2012 09:14:08 AM
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