カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
11月14日、朝11時から夜10時20分まで 「ヘンリー六世」 三部作を通しで観て、この秋がおわった。
じつは隣に観劇マナーの悪いひとが腐れ縁で坐りつづけ、 「帽子は脱いでください」 とか 「上演中は配役表は見ないで! 紙の音が響きます」 とか 少しずつ注意していたが、最後は逆ギレしてくる始末で散々だったのだが、 事前に松岡和子 訳の原作を第三部の途中まで読んでいたお陰で、気が散っても舞台への集中モードに素早く戻れて助かった。 今回の舞台で使われたヴァージョンは、小田島雄志 訳。 来年3月には彩の国さいたま藝術劇場で、松岡和子 訳、蜷川幸雄 演出、上川隆也主演の公演があるので、これも観に行こう。 「ヘンリー六世」 の訳本を読み始めてしばらくは、次々に登場する人物をいちいち演劇宣伝ビラの俳優写真や人物関係図と照らし合わせて確認しながら読み進んだ。 観劇の予定がなければ、人物関係の把握が面倒になって早々に投げ出していたかもしれない。 しかし、一度この径を経てあらためて気づかされるのが、シェークスピアの劇的構成力。 それぞれの主要人物像が鮮明に書き分けられ、それぞれの宇宙が創り出されている。 観劇後に再読すると、宇宙の扉を次々に開く楽しさがある。そういう ちからのある戯曲。 * 役の振幅の大きさと個性の複雑さでは、ヨーク公リチャード・プランタジネット (渡辺 徹さん) が他のキャラクターに勝っている。 恨みの果てに王位を手にしつつ、聞き分けよく王位を返し、そしてまた衝き動かされて王位を奪い返そうとして、なぶり殺される。 敵方の首領なのだが、人間に味がある。 キャラクターの書き込まれ方は、ヘンリー六世に勝る。 これは、おいしい配役だ。渡辺 徹さんは、うらやましがられたろう。 すがすがしいのは、第1部の華、トールポット卿 (木場勝己さん) 。 武人の心棒がスパッと通っていて、安心して感情移入できる。 トールポット卿を演じられたら、男の冥利だ。 ヘンリー六世の王妃マーガレット (中嶋朋子さん)と密かに相愛のサフォーク伯 (村井国夫さん)が、ダンディ。 舞台化粧のおかげで、村井国夫さんが40代後半の男盛りに見える。 だから、策士にして王妃マーガレットの愛人という役どころが、年齢的にもまったく違和感がない。 体のねじれた、せむしのリチャード三世 (岡本健一さん) も、忘れられないキャラだ。 第3部で、身をよじりつつ狂言回し役となる。芝居のみごとなスパイス。 * ソニンさんが、第1部は やんちゃなジャンヌ・ダルク、第2部は怪物のような巫女、第3部はヘンリー六世の息子、きりりとしたエドワード皇太子を、みごとに演じ分けていた。 ヘンリー六世は、浦井健治さん。 じつは、舞台に登場している時間はそれほど長くない。 まれに激するシーンがあるものの、ほとんどは貴公子然とした穏やかな居ずまい。 劇的な部分を排することで舞台上で王として浮き上がる、不思議な構造になっている。 劇的な役より、かえってやり辛いかもしれない。 さあ、上川隆也さんならどう演じるのか、楽しみで仕方がない。 周囲からさんざん悪役視されるグロスター公 (中嶋しゅう さん) は、第2部で暗殺されるが、その死をひとり激しく悲しむのがヘンリー六世だ。 本で読んだときは、ヘンリー六世の悲しみが人間を見抜けぬ若さゆえと思われた。 脳のなかでグロスター公に悪役の罰点をつけつつ読み進んでいたから。 しかし、舞台で中嶋しゅうさんが見せてくれたグロスター公は、細やかな配慮を忘れぬ国政のかなめ、いさぎよい男だった。 舞台を見てようやくヘンリー六世が、一見頼りない存在に思われるがじつはもっとも真っ当なことを終始述べつづけるひとであったことに気づかされた。 * 客席を10列もつぶして舞台奥行きを深くとり、奥へゆくほどせり上がって、せり上がりの向こうから役者さんがさっと現れることができる。 手前には、使い勝手のよい池をつくり、水を張った。 機動的な舞台。 合戦シーンでは舞台を覆わんばかりに巨大な旗をあやつることで、多くの軍勢の動きや勢力の転換を巧みに表現した。 演技も演出も舞台藝術も申し分なかったが、不満がのこったのが音楽の使い方だ。 15世紀の物語にジャズを流すことが必ずしも悪くはない。 映画 「マリー・アントワネット」 でもロック音楽が効果的に使われた。 しかし、Over the Rainbow のように別のドラマを即座に想起させる、現代の垢のついた曲をわざわざシェークスピア劇で流すのは賛成できない。 あまりの時代的な不釣合いに、白けてしまった。 他にもジャズやポップスがいくつか使われたが、出来合いの曲を使うならせめて歌詞抜きにしてほしかったし、中世風の楽器で演奏しなおしたものを使用してほしかった。 スタッフを見ると、「音響」 の担当はいても、「音楽」 の担当がいない。 これだけ注目を集めた公演なのに、音楽にカネを使わなかったツケが正直に表れたという気がする。 ミュージカルではないとはいえ、同じ新国立劇場で今年上演した 「夏の夜の夢」 のようにオリジナル曲を作って使うこともできたはずだ。 (公演は10月27日から11月23日まで新国立劇場中劇場で。 うち4日間は、全3部を1日かけて通しで上演したが、その時間配分は、第1部 「百年戦争」 11:00~14:10、第2部 「敗北と混乱」 15:00~18:10、第3部 「薔薇戦争」 19:00~22:20。各部とも2幕構成で15分の休憩あり。 これだけの長丁場でも、原作の台詞は3分の2くらいに省略されている感じ。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Nov 23, 2009 12:17:10 AM
コメント(0) | コメントを書く
[映画・演劇(とりわけミュージカル)評] カテゴリの最新記事
|
|