カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
「ミス・サイゴン」 のキム役を60歳の女性がみごとに演じ歌ったとして、ぼくは彼女に感情移入できず、ついに電流を感じないままカーテンコールで精一杯の拍手をするだろう。
かりにキム役を60歳の女優が演じ、クリス役を70歳の男優が演じたとしても、歌唱力さえあれば舞台としては立派に成立する。 けれど、たぶんそれは通常の演劇とは別物。 壮大に手の込んだ、役者さんたちを神輿にかついだ 「お祭り」 と呼ぶべきだろう。 * 「上海バンスキング」 を上演するシアターコクーンのロビー中央に、蓄音器が設けてあった。 SP盤のジャズが流れた。 はじめて、蓄音器のやわらかな響きをナマで聴いた。 SP盤は、子供のころ父の田舎の家の電蓄にかけて聴いたことがあるけれど、あれはアンプを通した音だ。 ほんものの蓄音器というのは、レコード盤を針圧120グラムの鉄針でなぞって引き出した音を、電気増幅ではなく共鳴作用だけで大きく響かせる。 電気が要らない蓄音器。だからレコード盤の回転もゼンマイ仕掛けだった。 「アンプがありませんから、演奏の音は調整できないんです。 音は、大きくも小さくもできません」 と、蓄音器のそばにいた係のひとが教えてくれた。 ほんの一瞬、無性(むしょう)に蓄音器とSP盤が欲しくなってしまった。 欲望は脳裡から直ちに振り払ったが、帰宅してプログラムを見たら、最終ページに 「蓄音器とSPレコードの専門店シェルマン」 (銀座三丁目) の広告が出ていた。 蓄音器もまた、お祭りの道具だ。日々の道具とは別物の。 CDを大音響で聴くのとは別のカテゴリーの楽しみ。 * 「上海バンスキング」 初演の昭和54年に、ぼくは大学2年生だった。 翌年も、翌々年も再演、三演され、しっかり社会現象になっていた。 好奇心はあったけれど、ご縁ができなかった。 今回、30年前の初演とほぼ同じ人たちがキャストをつとめる。 これはぜひ観なければと劇場に行った。 観客席に温かみがあった。 「上海バンスキング」のラスト公演は平成6年。いまから16年前だ。 過去の公演を観たことのあるリピーターが、どのくらいいたのだろう。 練りに練られてよく出来たお芝居で、ぐいぐい引き込まれた。 上海バンスキング (=前借り王) こと波多野四郎 (串田和美さん演) がアヘンに手を出して引き込まれた幻の世界の演出が、なかでもたいそう気にいった。 ただ、舞台にもとめるゾクゾク、ビリビリ来る感じをついにいただけなかったのは、一部の役者さんの実年齢と配役の想定年齢のあまりの乖離にぼくがついていけなかったみたいです。 これは役者さんが悪いのではなく、ぼくの観劇準備が至らなかったのです。 主役の正岡まどか役はおそらく20代後半の想定。 いっぽう演じる女優さんは、初演のときは35歳、映画出演のときは43歳だったが、現在は66歳。 想定年齢17歳の 「ミス・サイゴン」 のキムを57歳の女優さんが演じるのに等しい。 女優さんには花があり、昔からのファンは大感激だったと思いますが、やはりぼくは新しい世代がこの 「上海バンスキング」 をぜひ引き継いでほしいと願ったのでありました。 公演は、カーテンコールのときもしばしジャズのオンパレードで、やがて舞台から役者さんたちが演奏しながらロビーへ向かい、ロビーの小さな舞台でも女優さんが歌を聴かせてくれた。 最後までサービス精神旺盛な、温かい劇場の夕べだった。 ありがとうございました! チョイ役で出ていた20代の木村智早(きむら・ちはる)さんやサントス・アンナさんが、「上海バンスキング」 の次の舞台へのリレー走者になっていただきたいものです。 (渋谷のシアターコクーンで3月14日まで上演。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Mar 1, 2010 11:33:41 PM
コメント(0) | コメントを書く
[映画・演劇(とりわけミュージカル)評] カテゴリの最新記事
|
|