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Sep 21, 2010
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男女ふたりの朗読劇。
知っているのは劇名 「私の頭の中の消しゴム」 と出演者ふたりの名前だけという、真っ白の状態で劇を見たので、展開に推理小説のスリルがあった。

さまざまの伏線が合流し、あっ、ひょっとして、薫(かおる)は若年性アルツハイマー病なのではないかと気づいたとき、うずくような重みがぼくに のしかかってきた。
高速度撮影画面で、鉄の車輪にゆっくりとからだを轢かれるような、そんな感覚。

やがて、舞台が残酷な解答の扉を開く。
恋したひとと結ばれて幸せの頂きにいた薫。
不本意なできごとの連続と不可解な検査のすえに、医師に病名を宣告されて。

ことばが、出ない。

ことばが、搾り出せない。
表わしようのない苦しさ。
愛する浩介(こうすけ)にも伝えるわけにはいかないと自分を追い詰める薫。

この辺りからの笹本玲奈さんの役作りがみごとだった。

悲しみのテンション、つかのまの回復のガラス細工のようなよろこび、空気が抜けてゆく人形のような存在感あるいは非存在感。

愛する浩介の顔がわからなくなり、あろうことか、かつての恋人の名で
「おはよう、和哉さん」
「いってらっしゃい、和哉さん」
と夫・浩介に呼びかける薫は、あまりにやさしく美しく、だから堪えられないせつなさが襲う。

剥ぎ取れるもの以上のものを剥ぎ取られたあとの たましいの不安定な清(きよ)らさを、笹本さんが舞台上一瞬の視線にこめた。

あぁぁ、心がゆるやかに、しかし確実に、からだに先行して死んでゆくとはこういうことなのか…。
劇後半の薫は、いろいろな女優さんの演じ方を比べ見、比べ聞きしたくなった。



今回は9月16日と19日の公演をそれぞれ最前列中央で観せていただいた。

わざと真っ白な脳で観劇した16日は、想定外のできごとに薫と浩介がうける衝撃を刻々と共有して、ぼくの心の林にも風と雨が吹きぬけた。

朗読劇もまた闘いなのだと思った。朗読劇というジャンルにここまでの可能性があったなんて。

19日の千穐楽公演では、舞台展開を隅々まで覚えているだけに、逆に浩介役の溝端淳平(みぞばた・じゅんぺい)さんの絶叫調の連続に飽きを感じたのも事実だが、やはりカーテンコールが終わってしばらくは席を立つのが苦しいほど、5年間を2時間で駆け抜けた舞台のふたりの重さがぼくの胸のひだに食い込んでいた。

そうさ、16日にも、とてもそのままさっさとモノレールの駅までは歩けず、劇場の隣のホテルのバーでひとしきり飲みつつ舞台を反芻して、ようやく家路につけたのさ。



17日に、原作の木村元子著 『私の頭の中の消しゴム』 を読んだ。
原作は、ひたすら薫の日記なのである。

原作の大筋を踏まえつつ、薫の日記と浩介の日記を創り、薫と浩介が交互に読みあう朗読劇に仕立てたのは、脚本・演出を担当した岡本貴也(たかや)さんの大手柄。

原作にはない、浩介のとんだ母親にまつわる脇スジを入れたり、薫と浩介の再会をみごとな山場として盛り上げたり、岡本貴也さんの脚本はみごと。
その上演を見てから原作を読むと、比喩が悪いが解凍に失敗したステーキ肉のように思えたほどだ。

岡本貴也さんの演出も、朗読劇の弱点をよく克服している。

ストーリーの設定上、前半がいささか “たるい” のは否めないのだが、劇を互いの日記の盗み読みから始めることで、冒頭から生き生きとしたテンションのある舞台になった。

随想めいた部分では、舞台奥の小スクリーンに建設現場や街風景のスライドを映すなどして、飽きさせない。

演出の極めつけは、発病した薫の日常生活の助けのために壁に貼ったメモや写真が、病状の深刻化とともにぱらぱらと剥がれてゆくシーン。
メモ用紙が壁から剥がれ落ちるようすが、薫の脳から記憶が消えてゆくようすを象徴していて、せつなさを高めた。



溝端淳平さんの演じた浩介像は、かなり単細胞な男に仕上がっている。
それが青春、なのかもしれないが、前後にだけでなく左右にも動けないものかなぁと、ちょっと残念だった。
しかし、台本から目を離して演じる瞬間がわりと多かったのには好感をもった。

笹本玲奈さんは、きまじめな性格をそのままぶつけた演じ方で、一途(いちづ)な薫像に仕上がった。
きまじめすぎる余り、2時間のあいだ台本からほとんど目を離さなかった。

ここまで来ると、朗読劇とは何なのかという、ジャンルそのものへの問いにもなってくるけれど、

ぼくの意見としては、
俳優は台本に目をこらして 「読む」 ことにこだわらず、坐って台本を片手にもちつつも顔やからだで演じられるところは、役のままを演じればいいと思う。

「朗読劇」 というのはあくまで予算と練習時間の制約から、セリフの丸暗記をしなくてもいい劇として存在するのであって、台本を見ずにことばが出る時間が長いほど舞台は生き生きするはずだ。

朗読劇なのだからセリフを覚える必要はまったくないけれど、相手方の長い朗読部分では自分は台本から目を上げて役なりの顔を演じるとか、工夫の余地はあったような気がする。

ファンは、そういうところまで期待しているのだけれど。





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最終更新日  Sep 21, 2010 08:20:12 AM
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