カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
3月26日にジャパンプレミア試写会に行ってきた。87分の映画。
前作に比べると淡々とした作り。ハーブ&ドロシー・ヴォーゲル夫妻の現代アートコレクションのうち2,500点が平成20年に全米50州の50の美術館に50点ずつ寄贈されたあと、それぞれの美術館が作品群にどう向き合い企画展を開催していったか、50館のうち11の美術館のオモテとウラを取材した映像。 最後のカットに、じんとくる。夫のハーバートが亡くなり、1LDKの住まいの壁に所狭しと掛けられていたアート作品群がすべて搬出されたあとの殺風景な白い壁に、たった1枚のこされた絵。 それは新婚時代にハーバートさんが描いた、妻・ドロシーさんの絵だった。 目も鼻も口も描かず、濃厚な絵具で速描きした、うずくまって坐る着衣の妻の全身像なのだけど、一目でドロシーさんとわかった。心が釘付けになった。 * インディアナポリス美術館だったかどの美術館だったか忘れたが印象的だったのは、それまでひたすら無口だった老ハーバートが、展示場に絵をかけていくのに立ち会った際に、がぜん的確な指示を出すところ。あぁ、このセンスの良さが、あの偉大なコレクションを紡いだのだな。 どこにどの絵を置き、絵を掛ける位置はどうするか。 もちろん美術館側は事前に周到な検討を重ねていた。展示場の縮小モデルをつくって壁面構成を検討し、切手のように小さく縮小プリントした絵の紙片を展示モデルに置いてみては調整する。 ハーブ&ドロシーの狭小な居間の雰囲気をちょっとだけ再現したスペースに、作品を掛けていく段に、夫妻が立ち会ったときの光景だ。 佐々木芽生(めぐみ)さんが監督・プロデュースした前作 「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」 から4年を経て、元気なヴォーゲル夫妻もさすがに急速に老いた。80代後半の夫・ハーバートさんも、心ここにあらずと思えるような姿が多い。 そんななかでの、鋭くきらりとした瞬間だったので印象が深かった。 * 平成24年7月にハーバートさんが亡くなる。それから1ヶ月後の妻・ドロシーさんをインタビューしている。 「アートの収集は、やめることにした。コレクションは夫との共同作業だったから、夫が亡くなったあとのわたしがひとりでそのコレクションを薄めたり変えたりしたくないの」 とドロシーさんは静かに語る。 コレクションが、ふたりの人生の証であり、ふたりが人生をかけた神聖なものであることをしみじみと知った。 コレクション総数、約4,800点。それに加えて夫妻は、図録や展覧会の案内状、雑誌・新聞の切り抜きなども捨てずに積み上げていて、それらの資料も公文書館へ寄贈された。 「すべて寄贈して部屋がすっきりしたら、壁を白く塗り直し、そこで静かに暮らすのよ」 と語るドロシーさん。 いい作品と出会うたびに磁石のように吸いつけて家に持ち込み、資料も捨てられずにとってきた数十年は、いわば渦巻く執着心の数十年だったとも言えると思うが、いまドロシーさんも78歳となり、別の境地にある。 もしぼくだったら、お気に入りの十数点はそれでもやはり最後まで手元に残しておくか。 いや、いまや聖なるコレクションから十数点を剥ぎ取って手元に置くこと自体が、ドロシーさんの心にそぐわないものなのか。 そんなことを考えていたぼくの目に飛び込んだ、映画のラストシーン。 白い壁に1枚のこされた、愛する夫が新婚時代に描いた自分の絵。 「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの」 3月30日から、新宿ピカデリーと東京写真美術館ホールほかで上映。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Mar 27, 2013 08:17:20 AM
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