カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
囚人らが船底で櫂をこぐ冒頭や、奥行き感のある下水道シーン。
新演出の 「レ・ミゼラブル」 で、まさに一新された場面だ。映像投射が生きる。 その一方、ストーリーの流れそのものの変化がいちじるしいのがエポニーヌの存在感だ。 旧演出のエポニーヌは、とかく群衆のなかに紛れたり物陰に隠れたりして目立たず、「オン・マイ・オウン」 を歌うとき やおら存在を主張して絶唱モードになった。 コゼットへの手紙を届けバリケードへの帰途に撃たれ、負傷姿でよろよろと舞台上に戻ってきてマリウスに見守られつつ亡くなる。 新演出では、エポニーヌの姿がくっきりとしている。 舞台そのものが右と左の両翼に広げられて空間に余裕ができたため、マリウスとエポニーヌのせつないやりとりのシーンも、ふたりが群衆から距離をとることで存在が際立つ。 ジャン・ヴァルジャンとコゼットの住む屋敷の門扉は、屋敷の内側から見る角度に据えられた。塀を越えてコゼットと会するマリウスが門扉のこちら側、そしてそれを恨めしげに見るエポニーヌが半ばシルエットとなって門扉の向こう側に全身をさらす。 「オン・マイ・オウン」 を歌ったあとのエポニーヌに、しばしのあいだ舞台全体が光のオマージュをおくる。 バリケードの頂上に立ったエポニーヌとマリウスに最初の銃撃が襲い、エポニーヌがマリウスを押し倒して自ら弾を受けることで、恋しいひとの命を救う。 エポニーヌが命の恩人であることを自覚していないマリウス。鈍感なマリウスの肩を思い切り揺さぶって 「エポニーヌをもっとだいじにしろ。いのちの恩人だろうが!」 と言ってやりたくなる。 エポニーヌはひとり、愛するひとの命を救えた静かなよろこびに満たされながら、やがて死に向かいつつ激しい痙攣(けいれん)に堪え、マリウスに看取られる。 人間が極限に置かれたときの、しあわせ、よろこびは、なんとほのかで、しずかなものなのか。深い感動の波におそわれた。 演じきった笹本玲奈さん。今回の舞台は申し分ない。 旧演出で、エポニーヌが顔に不自然なほど煤をつけているのが不満だったが、今回は適度。 最後にファンテーヌとともに登場するシーンは、うつくしい化粧の玲奈さんだ。 カーテンコールでも、ゆったりとしたほほえみ。玲奈さんに心の余裕が感じられて、ぼくも ほっと うれしくなった。 キム・ジュンヒョンさんのジャン・ヴァルジャンは端正。マリウスに自らの出自を語る場面は凝縮度が高く、見ていて号泣しそうになった。 里アンナさんのファンテーヌ。歌い方が、意表をつくほどに直線的。悪くはないのだが、こういう演出なのだろうかと不思議に思ったほど。 里さんは奄美大島出身で、3歳から祖父に奄美の島唄を習い、その後、島唄の賞を数々受賞している。そのあたりが影響しているのだろうか。 250511 レ・ミゼラブル @ 帝国劇場 キム・ジュンヒョン、鎌田誠樹、笹本玲奈、里アンナ、磯貝レイナ、森久美子、KENTARO、原田優一、野島直人 (新演出。4月23日にプレビュー公演開始、そして5月3日に本公演開始。エポニーヌの存在が際立つ。森久美子さんのメリハリのきいたパワー、さすが! コゼット役がこの日は歌がやや不調。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
May 12, 2013 09:27:35 AM
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