カテゴリ:異文化理解
7月末に北京で180日ぶりに新型コロナウイルス患者が出た影響で、
8月中旬に予定されていた5日間の登校日はすべて中止になった という話を書きました。 どうやら8月いっぱいは休みで、 9月から通常登校になるのかな、と思いきや、 8月24日の夕方ごろ、突然、「あさってから登校」との連絡が。 あまりに突然の連絡に、まず湧いてきた感情は「怒り」。 続いて、「あきらめ」の気持ちです。 なにしろここは中国。 突然の予定の変更は日常茶飯事。 そんなことは頭では分かっているつもりなのですが、 それでも毎回それは突然やってきて、 わたしは毎回思わず湧き上がる怒りと格闘します。 「なんでそんなに急やねん!!!」(怒ると心の中はむちゃ関西弁) さすがに在中国17年ともなると、怒り発生後、割合すぐに 「そう、ここは中国。こんなことありありやんか。」 と「あきらめ」&「なんとか対応するしかない」モードに 切り替わるのですが、毎回この感情の起伏に疲れます。 なんでもうちょっと早めに予定を言ってくれへんねん~! (まだ怒りモード抜けきらず) けれども考えてみると、 早めに予定を伝えるのはきっと無理なんでしょう、 なぜって、今さっき予定が決まったばかりだから。 たぶん、コロナで登校日が中止になり、 もともとの予定が急きょ白紙になった。 そして、北京政府の登校OK通知とともに 急きょ、「あさって登校」という予定が組まれたのです。 日本なら、「普通無理でしょ!」っていう予定を フツーに組んじゃうのが中国で、 「そりゃないでしょ」とかいいながら、 突然のお達しにフツーに対応するのが中国人。 そして、そのために親が突然会社を休まなくちゃならなくなって、 突然会社に明日の休暇届を出した場合でも、 「あー、そうですか」 とフツーに休暇がもらえちゃったりするのが中国の会社。 社会全体が、突然予定が入るということが 当たり前に起こりうるという常識の中で動いているから、 急なことでもなんとか対応できちゃうことが多い。 …っていうか、 対応できなくても対応せざるを得ない状況になるんですが、 対応が完璧でなくても、まぁまぁ許されるといった面も。 完璧にできないことが分かっていても、 とりあえず実行してしまってから、 不備を補うという考え方です。 ある意味、この中国人の臨機応変さは見事といえば見事です。 先生だって、今日聞いてすぐ出勤、みたいなスピード感で 対応しているわけですからね。 結局、24日に 「あさって登校(詳細は後ほど)」 というチャット連絡が来て、 25日午後に登下校時間の連絡があり、 翌26日に登校。 9月から登校だとばかり思っていたので、 新しい制服も、靴も、文具も、まだちゃんと準備してなくて、 あちこちひっくり返したり、買いに走ったり、散髪に行ったり、 大騒ぎの末、とにかく登校させました。 親の臨機応変度も試されます。 これが中国の割合フツー。 いつもだいたいこんな感じです。 そう分かっていても、いざ突然連絡が来た時には、 「なんでやねん!」 と怒り、「ここは中国だから(私の常識は通じない)」と 自分に言い聞かせ、あきらめて対応するという 同じ感情の起伏をたどります。 突然の予定来襲になんの怒りも感じず、 平然と対応できるようになったら、 このあいまいさと突然の変化とスピード感に満ちた!?文化に なじんだ、ということになるのでしょうか。 まだまだ修行が必要そうです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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