|
カテゴリ:小説
固唾を飲んで聞き入っていると、勇作が困ったように微笑んだ。
「やっぱり気になるか? ずいぶん身を乗り出してるぞ。真剣になった時、そうやって体を前に倒す癖、昔と変わってないな」 「……すみません」 気恥ずかしくなって謝ると、勇作は両手を顔の前で振った。 「いいんだよ。お前が俺の過去に興味を抱いてくれてること、嬉しいんだから」 それだけじゃないのにな、と思う。自分の中で、勇作から茂内のことを聞き出して作品に生かしてやろうという気持ちは確実にあった。あれほど筆の力で勇作たちを傷つけるのを恐れたはずなのに、まだ自分は小説執筆の意欲を失っていないのだ。それは先ほどレイに怒鳴りつけられた腹いせもあるかもしれない。自分の暗部をふと意識する。 自己嫌悪に浸りそうになった時に、ふたたび勇作は語り出していた。 「最初、逸樹に会ったのは俺がまだ大学生の時――友人の紹介でグラビアのカメラマン助手をやってた時の話だ」 「先生、バイトの掛け持ちでずいぶん疲れてたみたいでしたね。時々、俺が問題解いてる横でうとうとしてた時もあったし。先生ったら俺が起こしたらあわてて寝てないってフリするからおかしくて」 「どうしてそこまでして、俺がお前の家庭教師やってたかは今なら分かるだろ?」 かすれた声でささやいて、勇作が顔を近づけてくる。鼓動が高鳴るのを感じながらも、「ごまかさないで下さい」と玲は続きを促した。 「レイさん――もとい逸樹さんとはどうやって知り合ったんですか?」 ああ、とやや不機嫌そうに勇作は答えた。 「まだあいつはスカウトされて、モデル業界に入ったばかりの頃でな。初めてのグラビア撮影だった。たしかファッション雑誌の……」 女子高生なら誰でも知っている雑誌の名前を勇作は挙げた。遠い過去を振り返るように、垂れた目をすがめる。 「マネージャーや周りのスタッフはずいぶんやりにくそうだったよ。期待の新人ってことで、所属事務所の社長がずいぶん買ってたけど、本人の態度が悪いんだ」 「ずいぶんはっきり言いますね」 「俺のこういう部分があいつは気に入ったみたいなんだ。昔からな。初対面の時から、俺はあいつに親しみを持った。出されたコーヒーの味が気に入らないとわめくあいつにキャンディを渡して、そんなに怒るなよとさりげなく注意できた。それからあいつにいろいろ話しかけた。他人を寄せ付けなかった逸樹にな――そこまで俺ができた理由は」 照れくさそうに、勇作は後頭部をかいた。 「あいつが、お前に似てたからだよ。ずっと片思いしてたお前に」 「えっ? 嘘でしょっ? 俺とあの人が似てるなんて」 反射的に玲は叫んでいた。自分の顔を指さしてまくし立てる。 「俺、あんなに綺麗じゃないですよ? それにレイさんは街角でモデルにスカウトされるほど目立つ美形だったんでしょ? 俺なんて、クラスの女の子にもモテなくて……」 「けど、似てるって言われたことはあるだろ?」 「あ……そういえば」 遠い記憶をたぐり寄せて、うなずく。 「クラスメイトの女子に、何度か言われたことがあります。あと、つきあってた女の子にも……」 思わず悠実の話題を出すと、勇作のまなざしが曇った。気を取り直させるように、玲は話題を元に戻す。 「けど、俺とレイさんそんなに似てないですよ?」 分かってないな、と勇作はため息をついた。 「たしかにうり二つってわけじゃない。アランの言葉を借りるなら、逸樹が大輪の薔薇ならお前は清楚な百合だ。性格の違いが容貌にもにじみ出るんだよ。お前、内気で、すぐに他人とうち解けたりしないタイプだから、だから告白したくてもできない奴はいっぱいいたんじゃないか? まあ、俺もそのうちの一人だったわけだが」 さりげなく押してくる勇作をどうかわそうかと考えているうちに、自分から勇作は引いてくれた。改まった口調で口を開く。 「まあ、そんなふうにしてるうちに逸樹は俺を気に入って、何度もスタッフとしてリクエストしてくれたんだ。そのおかげで、俺も後々仕事のコネクションがずいぶんできて助かった。ある意味、俺の恩人かもしれないな。だから、俺は断れなかったんだ。あいつが俺と付き合おうって言い出した時に」 つづく ポチっと押していただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年05月26日 22時57分11秒
コメント(0) | コメントを書く
[小説] カテゴリの最新記事
|