生命には終わりがあるのは、
「ピュタゴラスに恋したオンナ」Bonita2号です。わかっていても、やっぱり悲しく寂しい。今月で23歳のカンタロウじいさんが、ねこたま神社へと旅立ちました。アニコム動物保険23万件のなかで6番目のご長寿ニャンコ。長寿のてっぺん狙ってたんだけれど、ご本人の体力の限界、人間としては力及ばずでございました。残念。。。フラフラして座り込んでいたので動物病院へ連れて行ったところ→しばらく入院することに・・・なりました。(=_=)動物病院ではICUゲージに入って点滴を打ったり体温が下がらないように湯たんぽを入れたりしてくれて入院翌々日には、お水を飲めるようにもなったんだけれど、さすがに23歳の高齢なのでね・・・。その日は、午前中に彼のお見舞いに行ってタオルで顔を拭いてあげていたら左手を毛布から出してきたので、シェイクハンド・にぎにぎ・握手いたしました。午後になってわたしの携帯に着信音。「カンタロウさんが亡くなりました。」悲しい?喪失感?オムツを替えたり食事を1日4回に分けてあげたりの介護生活から解放されホッとした安堵感?複雑な感情や情緒がアップダウン。脱力感というか・・・燃え尽き症候群ってこんな感じなのかしら?それでも、モモの時は旅行中に亡くなってしまったので、最期の状態がわからなかった悲しみと看取れなかったショックでひたすら号泣シクシクだったけど、カンタロウさんとは、わたしができる限りのことはしたかな。最期のお別れは一応できたのかな。と・・・なんとなく自分を納得させることができたような気がします。人間を含めて生きとし生けるものに最期は必ずある。誰しも自分の人生の結果に対して欲、エゴ、未練や後悔はあるんだろうけれど・・・ま、いいか。やるだけやったよな。そんな納得感が自分自身の最期にあれば、倖せな人生だったんじゃないかなって、「自分に対して言える」のかなぁ。なぁ~んて思ったりして・・・朝起きてわたしが階段を降りてくるとメシメシっ!と走ってくる光景はもうなくなっちゃったし、ガンで具合が悪かったモモのことを追い詰めてビビらせたり、人間に例えるところのGoingMyWayわがまま悪クズ系ニャンコだったカンタロウさん。クロ、フク、モモ、カンタロウ・・・27年ネコと一緒に生活して途中で投げ出さずよく頑張ったな~わたしたち。と、今は自分を自分で褒めてあげたい。ですかね。そして、わたしたち家族に喜怒哀楽を味わせてくれたニャンズ、どうもありがとうございます。2020年、桃の香る季節に一足先にねこたま神社に旅立ったモモに桃の花枝を渡してね。と、カンタロウさんにお願いしてお棺に入れたけれど・・・旅の途中でフラフラと気ままに寄り道したりして、ちゃんとモモに渡してくれるかな?と、かなり怪しんでいるわたしです。認知症になった母との先の見えない介護生活や子猫ちゃんのときのように可愛いばかりではない年老いたニャンズと暮らして学び気づいたこと・・・他人の目線や評価を気にしたり、自分以外の他者になろうとしたり、凝り固まったプライドなんて必要ない。一度しかない今生を大地に足をつけて歩き、生きていると自分自身に言えますか?自らで余計な荷物を背負っていませんか?最期に納得感が得られるよう自分に正直に生きていますか?かな。(^^ )今日も最後までお読みいただきどうもありがとうございます。ピュタゴラスに恋したオンナ 「数」と「カラー」による成倖の使者Bonita2号*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*#いまできること #STOPWAR #ロシアとウクライナ戦争 #WBC #侍ジャパン #中居正広 #タイドラマBL #Theory of Love #午前0時の森の池田ちゃん #g0mr火 #ねことの生活 #withコロナ #ねこと暮らす #占い #ミクセリア #横浜 #