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U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面 講談社現代新書 / 森達也 【新書】 著者の森達也は、映画監督であり、作家でもある。主にドキュメンタリーが専門であり、毎年各ドキュメンタリー賞の受賞作が、NHKのBSでまとめて、放映されているが、録画して見ている。それのコメンテーター務めてたりもする。作品では、菅首相の天敵、毎日新聞の望月女史に密着取材した、ドキュメンタリーを見たが、字面のイメージと違った彼女が見られて、面白かった。 本書は、2016年、相模原の障がい者施設 「やまゆり園」で、植松聖が起こした、19名という大量殺人事件に対する考察である。 事件も異常なら、植松という人物の言動も異常なら、裁判の経緯も異常で、本人が控訴しないまま、短期間で死刑判決で、結審した。 このまま行けば、本人が死刑を望んだ、池田小事件の宅間守の時のように、死刑執行も早いのではないか。 冤罪の心配はない、国民感情も問題ない、責任能力も御用学者の判定利用し、本人が控訴しなければ、それで手続きは終わり。この事件も解決。という訳にはいかんだろう。 事件の本質は何も分からない。 新聞やテレビの報道でも、一面的に伝えるのみ。 そういう意味でも、自身の面会や手紙のやり取り、60回も面会している、同じジャーナリストの篠田博之への取材などによる、ドキュメンタリー映像作家として視点は興味深い。共感する部分もあり、意見を異にするところもある。 この事件に限らず、平成の時代になると、異常な、しかも多人数の殺人事件が突発した。しかし、無期、死刑を分ける基準が、昭和の永山裁判の殺害者3名が、判例として利用されるが、それでいいのだろうか? 何でも、時代や社会のせいにしたくないが、形態は似ていても、背景には、それらが影響しているのは、間違いないだろう。 弁護する側も、責任能力で争うしかないのでは。それにしたところで、旧来の精神分析の、類型化したパターンとは、必ずしもマッチはしない可能性もある。 この事件に興味を持ったのは、異常性もそうだが、植松と言う、人格なり、動機に関連する思想だ。 「意志疎通の出来ない障がい者は、生産性が悪いから、生きている意味がない」と言う持論は、今でも変わらないらしい。 犯行の際も、脅した職員に、対象の障がい者が、話せるかどうかを確認して選別したうえで、行っている。 しかし、意志疎通は喋ることだけではなく、動作や表情でも可能だ。 個人が、短絡的な思想というか、思い込みで、他人を殺すという行為に 正当性など有ろう筈がない。 コロナに翻弄されている、令和2年の年の瀬。 暗い気持ちで、病院のベッドで書いている。 スマホでの入力は、疲れる😣💦⤵️ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年12月24日 10時31分59秒
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