カテゴリ:すみれの思い
母は、今日の午後をネット検索に費やしていた。
いざクリス(猫)の仔が産まれてきてから慌てないよう、里親募集サイトを巡っていた。 そして、今日も、また悩んでいた。 里親募集サイトにも、妊娠中の手術を推奨する記述が多かった。 とあるサイトに、「いずれも大切な尊い命です。しかし未然に防げる妊娠・出産は、 飼い主の努力で防いで下さい。堕胎もやむなし。」とあった。 また別のサイトのQ&Aには、「妊娠中でも手術はできますか?」という問いに答えて 「妊娠中でも手術できます。但し、妊娠後期の手術については傷口が多少大きくなり、 犬猫の体の負担も増しますので、できるだけ早い時期での手術を心がけてください。」とあった。 NPO法人資格を持ち、虐待からの救出で実績も多い団体のニュースレターにも、 野良猫を捕らえて不妊手術をし、元の場所に返す活動についての方法に 「群れの中では、先ず、妊娠中のメスを捕えます。オスは後でいくらでも捕まえられますから、 出産間近のメスに子猫を産ませないことを優先するのです。」とあった。 母は頭を抱えてしまった。 その「いずれも大切な尊い命」には、胎児のいのちは含まれないのだろうか? 母体の負担は論じても、胎児のいのちを奪うということについては論じられないのだろうか? 「授乳中のメスを捕えてしまったら、生後間もない赤ちゃん猫がいないか、 そのあたりを探します。母猫に不妊手術をする場合は、数時間で解放し、 子猫の所に戻して授乳させなければなりません。さもないと、彼らは 死んでしまいますから。」とガイドしつつ、ほんの数日の差で、また産道を 通り抜けていない胎児たちについては、殺すことを推奨するのだろうか? 母は、たとえば宗教上の理由などで、中絶反対運動をしている訳ではない。 人間についても、それ以外のどうぶつについても、それぞれの事情や考えによって 妊娠を継続しないという選択もあることは理解しているし、それを選択した人を 責めようとは思わない。 ただ、母は、生物学的に生命は受精の瞬間から「生命」であると考え、 人工妊娠中絶は、そこに至った事情や法的意義はどうあれ「殺害」の一種であることから 目をそむけてはいけない、と考えているのだ。 (余談だが、母は決して「子どもができた」「おろす」という言葉を使わない。 子どもは「授かる」のであり、その子をどうしても産めない事情があるときには 「やむなく殺さざるを得ない」のだとと考えているからだ) 人間についても論じてしまうと話が際限なくなるので、この場では猫に話題を限るが、 身重の猫を手術することは、責任持って幸せに飼育することができない猫への 安楽死の一種、という考え方もできるだろう。 (胎児が死亡する際に苦痛がないのかあるのかは、わからないが) だが、里親募集サイトという、猫たちに生きる機会を探すための場所で、いのちを 奪う行為を積極的に勧める、というのは、いかがなものだろう? 猫の妊娠を知ったときの選択肢のひとつとして手術が提示されるなら、理解できる。 だが、まるで「胎児は産まれてくる前に急いで殺しましょう」とでも言わんばかりの 記述に、母は言葉を失ってしまった。 先に挙げたサイトのひとつの、母猫の妊娠中の手術を勧める文中に 「本人の死生観や宗教観も含め、命をどう捉えるかは個人の自由ではありますが、 今理由もなく殺されている動物たちの現実の前では、個人の倫理観など無意味に すぎません。」とあった。 では聞くが、手術される母猫の胎児は「今理由もなく殺されている動物たち」には 含まれないのだろうか? 母は、オス・メスともに、猫の不妊手術に積極的である。 家庭で猫を飼育する際には、初回発情の前に手術を行うのが最善だと考えている。 手術時期については、ホルモン分泌の関係やオスの泌尿器の発達などの観点から 最初の発情が済んでからの手術が望ましい、としている文献もまだ多いが、 オス・メスとも生後6-16週齢で不妊手術をした際の安全性が追跡調査で確認されている。 何より、もはや自然の産児淘汰を受けなくなった猫たちが、自分自身ではそうと知らずに 野生時代からの本能によって過剰繁殖をしてしまい、仔猫を殺害せざるを得なく なるよりも、そうなる前に、人為的に子どもを授かることがないよう処置をすることが 猫を飼育する人間の義務だと考えているのだ。 (室内飼いのオスだから手術はいらない、という意見には賛同できない。 そのオスは、性衝動を果たせずに室内でストレスに苦しみながら生き、機会があれば 住まいから「脱走」し、外で子孫をのこして来るだろう。 自分の家では仔猫は産まれないから、それで良し…という問題ではない) こうした持論を持つ母のもとに、保護前に既に妊娠していた元ノラ猫である クリスが保護された。 父母は、すぐに避妊手術の予約を、動物病院にお願いした。 しかし、手術の10日前になって、まだ小さな胎児が宿っていることがわかった。 「母体への負担」だけを考えれば、手術には問題のない段階だった。 もしも、父母の家庭で、産まれてくる仔猫たちのための時間や費用がどうしても 用意できないなら、手術もやむなし、という選択もあったかと思う。 だが、父母宅では、仔猫すべてを生涯飼育することはできないが、仔猫たちが 離乳するまでの「一時保護」なら、世話する時間も金銭的な負担も可能だと判断した。 それならば、既にクリスの胎内で生きているいのちを奪う理由はない、と考えた。 母猫も仔猫も保護し、皆に不妊手術をし、仔猫たちに母猫から独立するべき時が 来たら、仔猫たちの「新天地」となって下さる里親さんを募って将来を託したい。 もちろん、母猫クリスには子育ての後に不妊手術をした上で、生涯家族の一員とする。 父母は、そう考えた。 果たして、父母の選択は間違っていたのだろうか? 最後に、弟バーニィとアル(猫)を保健所から救護し、早期不妊手術を行った上で 父母宅に譲ってくださったライフボート友の会では、今年、 母猫を保護し、子供を出産させ、子供は里親を探し、母猫は避妊手術後元の場所に戻すと言う試み を行っていることを紹介させていただき、長くなってしまった記事を終えようと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[すみれの思い] カテゴリの最新記事
|
|