タカの大きな手が、俺の手を握りしめる。
最近のばしはじめた爪が、指先に軽い痛みをあたえる。
「また・・こんなとこ・・で・・。」
しばらく会わなかった時はいつもこうだ。
ドアを開けるといきなり俺を抱きしめて。
キスして、鍵も閉めないまま・・そのまま・・。
「ヤ・・だ。」
俺はタカのことゆっくり押しのける。
めったにしない拒絶に、彼は余裕の笑みを見せながら、
「いいよ、リュウ。じゃあ今日はやめよう。」
と言って、足元の荷物を片付けはじめた。
まるで俺のことなんて興味がないとでもいうように。
「だって俺は・・・お前に養われてて・・。」
罪悪感にかられる。
これは契約違反ではないのだろうか。
「そんなこと気にするなよ。嫌なんだろ?」
特に怒っている感じでもなく、
部屋の奥に向かうタカの背中にあわてて言った。
「そんなの駄目だ・・・ちゃんと・・。」
タカはふりかえり、
「ちゃんと?」
といいながら俺の手をとった。
「ごめん・・タカ・・俺・・。」
少し安心してその胸に顔を埋める。
「爪・・。」
彼の低い声が響く。
「爪がのびてるな・・。」
俺の手をそのまま自分の目の前に持っていって、
指先を見ている。
「これは・・・のばしてるんだ。」
タカはそのまま俺の指先に口付けて
「・・・なんで嫌なんだ・・理由は?」
と言った。
指先と唇の色が同じだった。
あの女の人。
タカの秘書だと言っていた。
まるで恋人のように息があって、
仕事だなんて、そんなの関係ない。
タカはずっとあの人と一緒にいるんだ。
胸があって体が細くて、きっとタカのタイプの顔で。
タカが好きそうな色の綺麗な爪をしていた。
「俺のこと嫌いになった?」
タカが心配そうな顔で俺にそう聞く。
俺がしっかりと目を見つめ、激しく首を横にふると、
「そうか、ならいい。」
タカは俺を安心させる優しい顔をして笑った。
久しぶりの行為に震えがとまらない。
「リュウ・・。」
囁く声、震える。
体が熱くなって目がみえなくなる。
彼に視線をあわせただけで、俺は泣きそうな顔をした。
それが精一杯だった。
爪。あの、女の人の細い爪。
この背中に触れただろうか。
この俺の爪のばして、せめてその爪とかさなれ。
タカに愛されているのは俺だけだと、自分に言い聞かせて。
目覚めると暗闇の中、血の匂いがした。
あわててスタンドの明かりをつけると、
俺の指先が赤く染まり、タカの背中が傷だらけになっている。
驚いて固まっている俺に、タカは
「・・・爪、痛まなかったか?」
と言って、手をとり、その爪を見ていた。そして
「・・・唇も赤いほうがいいな・・。」
俺の顔を両手で押さえて、唇に口付ける。
「痛かったら言え。」
唇を少しづつ歯で噛んで、充血させていった。
「ほら、出来た。」
鏡にうつる真っ赤な唇の俺の顔。
考えていることが彼に伝わってしまったのかと思った。
「どうした?」
自然に頬がゆるんでく俺を見てタカが言う。
「どうもしない。」
「なんだ・・?」
「なんでもないってば」
俺はからんできたタカの腕に甘えながら、考えていた。
いろんなこといっぱい考えたはずなのに、
答えはみつからなくて、
結局俺は次の朝、爪を切っていた。