「透もこねーか?」
三年生の教室での話。
久弥透は仲間に声をかけられていた。
ちなみに男子校だったりする。
「なにが?」
「だから、一年で生意気なのがいんだろ、
あの高遠っての。しめるんだってさ。」
机に両足をかけて眠っていた久弥は、
寝覚めのボーっとする頭で、面倒そうに首をふった。
「・・・お前らあきねーな。」
中庭で騒いでいる声がする。
久弥は二階からそれを見下ろすと、
20人程の一年が乱闘しているのがわかった。
(一人対大勢・・?)
その一人はとても強かった。
威嚇する叫び声にも物怖じすることもなく、
ただ、淡々と、
かかってくる敵を片っ端から投げ飛ばしている。
場慣れしているのか動きも素早く、
10分もしないうちに、大勢のほうがにげだして、
彼を一人残して、誰もいなくなってしまった。
全員が去ったあとも、
彼は身動きしないでうつむいて立っている。
「?」
久弥は帰ることも忘れて、
その光景に気をとられ、ずっと眺めていた。
「ちきしょう!」
そして、彼はその場から走り去り、いなくなってしまう。
負けたわけじゃないのに、
なにがくやしかったんだろう。
二階にいる久弥にさえはっきりと届いたその声は、
それから後も久弥の心にずっと残った。
その日。
生意気な一年をしめあげる日。
興味がないといっているのに、
無理やりつきあわされた久弥は、
連れてこられた一年の顔に見覚えたあることに気が付いた。
「・・・あいつ、誰?」
「だから、あいつが高遠だよ。今日のいけにえってやつ。」
理不尽にも殴られ、蹴られている彼は、
それでもまわりを睨みつけていた。
まるでまだ、負けていないとでもいうように。
「生意気だな。」
久弥がそれをみてつぶやく。
「だろー?だから連中も頭にきてんだよ。
もっと一年なら一年らしく大人しくしてりゃいいのに・・。」
ふいに久弥は歩き出し、その人の輪の中心まで行った。
「なんだ透、お前がやるか?」
人を傷つける為に用意されたナイフが、久弥に渡される。
仲間がおさえこみ、腕をとらえている高遠の頬に、
彼は黙ってその冷たい刃物をあてた。
まわりが息をのむ。
それでも気が強い一年生はビビッた様子もなく、
久弥の顔を睨んでいた。
「どうした?」
動きを止めた久弥に仲間達が問う。
久弥はナイフをかえすと
「やるから、こいつの手ぇ縛ってよ。
・・それから、河沿いのあの空き家今日使えんだろ?」
といった。
高遠の手を縛ってバイクの後ろにのせてもらうと、
久弥はそれに乗り、走らせる。
背中で高遠はもがいていたけど、
きっちりと体もロープでまかれていたので、
それ以上の身動きはとれなかったらしい。
久弥はますます速度をあげて叫んだ。
「ぐだぐだ暴れてっと、このままどっかにブチあてんぞ!」
どこかで感じたことがあるなつかしさがあった。
何故そんなこと思うのだろう。
誰かに似ていると。
ああ、そうか、俺だ。
仲間もいないくせに一人でいきがって。
ケンカして。
そうだ、ちょうど一年の時の俺だ。
あの頃、認めたくなかったけど、
俺は誰かを求めてた。
そうだ、たしかに俺は寂しかったんだ。
頬をすりぬけてゆく温かい風を感じながら、
久弥はそう思った。