高度6,000m、体感温度マイナス60度の感覚をあなたに
うあー、これはやられた面白かった。何がってアナタ、年始早々観た映画DVD『運命を分けたザイル(TOUCHING THE VOID)』ですよ。新年早くも今年観た映画DVDの私的ベストワン候補である。「雪山遭難」系で「実話にもとづく作品」とのことだったので、同じアンデス山中を舞台にした映画『生きてこそ(ALIVE)』(雪山に飛行機墜落遭難&カニバリズムというテーマでこれもまあまあ良かったが)をすぐに連想したが、結論から言うと、今回の作品はそれを大きく凌ぐ秀逸さ。というか、テーマは似ているが見せ方はまったく別モノのアプローチである。1985年、英国の登山家ジョー・シンプソン(当時25才)とサイモン・イェーツ(当時21才)は、ペルーのアンデス山脈にあるシウラ・グランデ峰(6,356m)に挑む。重装備を持たずに一気に山頂を攻め登る「アルペンスタイル」(カッコイイ!)で、垂直にそびえ立つ前人未到の西壁ルートからの登頂に成功したが、体感温度マイナス60度という極寒と悪天候の中、帰途にジョーが足を骨折する致命的ダメージを負う。さらにサイモンとザイルを結んだままジョーは断崖から滑落し宙吊りになってしまう。宙吊りのジョーの遥か下には巨大なクレバスが口を開けている。長いザイルの両端でお互いの姿が確認できない状態のまま膠着状態となり、上にいたサイモンは限界ギリギリの苦渋の決断で二人を結んでいたザイルを切る。ここが焦点ではないのでネタバレするが、クレバスの奥底に転落したジョーは偶然生きており、ここからさらに過酷な状況の中を超人的な意志で奇跡の生還に向かう、というお話である。この作品の良かったポイントをいくつか挙げると、まず、特撮・CGなしで現地ロケをふんだんに取り入れた迫力あるアンデスの映像美が圧倒的に素晴らしい。アンデス上空からの空撮風景は圧巻だし、高所での凄まじい吹雪の迫力、実際にクレバスに潜って撮った映像などを体感するだけでも十分に観る価値あり。我が家の37インチでもかなり満足できたが、それでも映画館で観なかったことが悔やまれる。ふたつめのポイントは作品の構成なのだが、観るまでは基本的にドラマ仕立ての演出で進行するのかと思っていたら、意外にも主人公の本人たち自身が出演しカメラの前で当時を語るインタビュー形式と、限りなくリアルな再現映像を織り交ぜて進行する手法であった。TV番組などでも割とよくある手法だが、再現映像のリアルさはもう比較にならないほど迫力がある。まるで彼らの遭難にそのまま同行しているかのような臨場感である。また、当事者本人が実際に出ていることで「助かったのか?死んだのか?」みたいなドラマチックな期待は最初からないのだが、要所要所で彼らが淡々と語る状況や心理の説明などが、作られた演出よりも遥かにリアリティがあって完全に引き込まれてしまう。あと、もうひとつ個人的に良かったのは、映画の終盤近くで、生還に向かうジョーが精神的にも体力的にも限界に近い状況の中で、ある種サイケデリックな感覚にとらわれるシーンがあり、これが不思議にこの作品の意味深なスパイスとして効いている。なんというか、「2001年宇宙の旅」を少し思い出した。唯一この映画で最悪にダメな点は、作品自体ではなくて日本の配給側のスタンスである。まず、邦題の付け方がナンセンス。「運命を分けたザイル」なんて言うと「ザイルが切れる事態」のスリリングな展開だけを想起させるし、予告編も(意図的に)そんな作りになっているのだが、前述のように、内容はそんな単純明快なドラマでは全然ない。原題(「TOUCHING THE VOID」)の正確な意味(虚空に触れる?)はわからないが、おそらく死の淵を彷徨った登山家の内面的心理描写を核とするこの原題の持つエッセンスを、もっと忠実に伝えるべきであると思う。たぶん、興業的には難しいんだろうけどさ。2004年英国アカデミー賞最優秀イギリス映画賞受賞作だそうです。体感温度マイナス60度、6,000mで宙吊りの恐怖、骨折の激痛、果てしない空腹と乾き、という想像絶する感覚がギンギンに伝わってきます。