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素盞嗚(スサノオ)の日本古代史

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Jan 4, 2007
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テーマ:日本の歴史(1070)
カテゴリ:古代史レポート

今年は新潟で雑煮を喰いました。

土地土地によって雑煮も違うんですよね。

素盞嗚家はお吸い物系の汁。

具は鶏肉、ごぼう、人参、大根、椎茸、鳴門、三つ葉。

そこに餅を入れて喰う・・・・・

実は今年喰ってないんです。

新潟の嫁素盞嗚家では

味噌汁ベースなんです。

具はなんでもかんでも入れちゃうんです。

それもまー旨いんだけど、

でもやっぱり昔から喰ってる雑煮がいい・・・

明日の朝、作るかね♪

みんなんちの雑煮はどんなんですか?

 

壬申の乱、久しぶりに行きます。

三森氏の「馬から見た壬申の乱」に

面白い検証があるんです。

三森氏は古代史の研究者ではあるが、

戦時中は「騎兵隊」のメンバーとして

大陸を駆け巡っていたという、

いわゆる「馬」の専門家なんです。

日本書紀には「馬」について

27個の記事が書かれていて、

日本の記録に残ってる最古の

騎馬による戦いといえます。

三森氏はこの27の記事と、

三浦昇一氏の「葦と弓と馬」、

黒岩重吾氏の「天の川の太陽」、

直木孝次郎氏の「壬申の乱」

から、馬の速力を測定したんです。

1.大海人皇子軍本隊

 6/24吉野発から26日三重郡家まで。

 総計160キロ 39時間 時速約4.1キロ。

吉野を出発して間もなく

「伊勢の荷駄50匹」に出会って、

馬から荷を下ろして、徒歩だったものも

乗馬して軍を進めた、と書いてあるんですが、

ここで三森氏はこう言っています。

「なんでもかんでも馬だったら乗馬できると思ったら

 大間違いやど!

 乗馬するには鞍や毛綱とかきっちり準備が必要なんじゃ。

 駄馬が乗馬になることは絶対なーい!」

2.高市皇子軍

 24日大津脱出から翌25日積殖山口まで。

 60キロ 8時間 時速7キロ強。

これについて氏は、

「旧陸軍騎兵隊1日の行軍力が60~80キロで、

 休みなしでの行軍は無理であーる。

 しかも険阻な山道や峠道の多いこの戦では、

 8時間ぶっとーしで時速7キロは無理であーる!」

この他、大分君恵尺軍、村国男依軍なんかも

現実離れした行軍をバッサリ否定してるんです。

また古代馬を現在の競走馬のように思ってはいけない。

古代馬は身体も小さく体力も今の馬とは

随分違うようだ。

「40キロぐらいで・・・・

 

い、いかん・・・・・

ソフトの「タオル監督」から連絡が入った・・・・

「呑みに行くどぉ!」

「は、はい・・・・」

 

ちゅーことで中断・・・・

続きはあとでね。

今年もよろしくぅ!

SEE YOU NEXT TIME

 






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Last updated  Jan 4, 2007 06:39:39 PM
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