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素盞嗚(スサノオ)の日本古代史

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Apr 20, 2007
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テーマ:日本の歴史(1070)
カテゴリ:古代史レポート

昨晩は10時までは我慢してたのに・・・・

イラ・・・・

イライラ・・・・

イライライラ・・・・・

イライライライラ・・・・・

 

 

 

 

 

 

きゃー!

 

 

 

 

辛抱たまらーん!

 

やっぱり呑んじゃいました・・・

阿呆です・・・・

 

さて、金印。

甚平君が発見したのが天明4年(1784年)。

当時でも大騒ぎになったようですな。

まず最初に出てきたのは

「委奴=大和」説

「委奴」は「ヤマト」と読むんやぁ!

志賀島から出土したのは、

源平の合戦の時、

安徳天皇がうっかり落としちゃったでしょ。

なんと、発見当初はこんな愚にもつかない説が

まかり通ってたんです。

でもさすがにそんなはずはない、

ってことで、あの有名な

上田秋成は

「委奴と云うは皇朝の称号にあらず。

 ・・・・魏志に云う伊都国是れ也」

と言う「委奴=伊都」説を提唱したんです。

これが長い間定説化して明治25年まで続いたんです。

ところがこの年、

「金印のよねちゃん」こと、三宅米吉が

「漢委奴国王印考」を著して、

学界に巨石を投じたんです。

このよねちゃんの説については

次回じっくり書きます。

 

さて、今日は予定の仕事がキャンセルになったんで、

銀行回りと税務署に行ってきます。

午後からは事業計画書作り。

暗くなったら呑むべし!

今日は焼酎のトマトジュース割りにすっかな♪

SEE YOU NEXT TIME 






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Last updated  Apr 20, 2007 09:39:39 AM
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