サホヒメの謎
前回からの続きです。第11代垂仁天皇に滅ぼされた、銅鐸圏の王者サホヒコとその妹サホヒメ。その居城は摂津の国、今の茨木市だったと書きました。さて古事記の垂仁記では、落城寸前の時を迎えるにあたり、不思議な説話を残しています。垂仁がサホヒメに「后のお前がいなくなったあと、誰を新しい后にしたらいいかな?」「丹波の国に兄比売(エヒメ)と弟比売(オトヒメ)という清楚な人がいますので、彼女たちがいいと思います。」そう話したあとに城に火をかけられて、サホヒコ、サホヒメは最後を迎えました。銅鐸圏文明の消滅です。この「后の後継者推薦問題」、どう思います?落城と運命を共にしようとしているサホヒメに対して、後継后の推薦を求めるとは普通考えられないですよね。いくら古代の話でも。この話、当然「造作」ですね。問題はなぜそんな「造作」をする必要があったのか?この問いが重要です。これは単なる気ままな「造作」ではない。必然があって、敢えて造られた「造作」だったと考えます。まず考えることは、この説話はいつ作られ、伝承され、公布されたのか?これを考えてみます。古事記の説話は基本的に、その時代のすぐあとの天皇によってつくられて、伝承、公布されたと考えます。今回の場合の垂仁は11代天皇です。だからこの説話は12代の景行の時かその次の13代成務の時に作られたのである。ではその選定の基準は何か?それは当代の利害の立場だ。この場合は景行または成務の利害によって説話の選定が行われたと考えられます。では景行の利害とは何か?うわー、夕食だ!また焼肉♪今回は肉をのがせない!ごめんなさい。その答え、明日にします。想像してみてください。では、SEE YOU NEXT TIME