スパルタ漢字教育inフランス
漢字の授業は基本的にはこちらが一方的に板書しながら一方的にしゃべるという講義型授業だった点において私にとっては一番楽な授業だった。しかし、別の意味では大変だった。なぜなら、私が教えていた場所は、フランス国内の大学および大学相当機関の日本学部の中でも漢字に厳しくて有名なところだったからだ。どれぐらい厳しいかというと、普通の日本人が準備無しにいきなり1年生の漢字の試験を受けたらまず受からないぐらい厳しい。たとえば「小」という字を書くとき、真ん中の棒の一番下をきちんとハネないと、1年生の漢字の試験ではこの字の分の点数は零点となる。「銀」など金偏の一番下の横線は、右上がりにしないと、「銀」という漢字一個全体が零点となる。ハネ・トメの他も、線の長さ、プロポーションなど、非常に細かく教える。守らないと1年生の漢字の試験ではその字の分は零点となる。また、音読み訓読み当て字の区別もできないと点が取れない。1年生2年生の漢字の試験では、音読みはカタカナで訓読みと当て字はひらがなで読みを書かなければならず、読みそのものはあっていても音訓を間違えると減点である。当然教えたり採点したりする私たち教官のほうも大変だ。書道家でもないのに正しい楷書体を覚えている日本人は一体何人いるだろうか。書き順も試験に出すため、漢字の授業でなくても1年生の前では板書する時には気を付けないと「先生、書き順が違うんじゃないですか」と学生から真面目に指摘されてしまう。そんな時は「あなたたちは駄目ですが、私は日本人だからいいのです。日本人特権なのです。私の母国語だから私の好きなようにするのです。」 と、横暴に構えるしかない。(今から考えると、学生の中には日仏の学生もいたから、「日本人だからいいの!」だとちょっとまずかったか…)学生の中には、「漢字が厳しすぎる。もっと甘くしろ」と図々しいながらも切々とした訴状を書いて教官全員のロッカーに爆弾よろしく投げ入れる者もいた(のち教官ロッカーは、テロ対策のための政令で閉鎖となったが)。実は教官の間でも「厳しすぎる。もっと緩和するべきだ」と、漢字の授業の責任者を批判する人もいた。最初は「これは厳しすぎる!ここまで厳しくしなくてもいいのではないか!」と私も思った。(教育上の観点からよりも、はっきりいってハネやトメまで全部チェックしなくちゃいけないなんて自分が大変だったからだけど。)だが半年後には私も「いや、これくらい厳しくしないと」派になっていた。その理由はまた続きで。