私は半年間、1人の男と恋をしていた。
冷たくされて怒っても、ないがしろにされて泣いても、もう別れると何度も思いながら、それでもいとおしくて離れられなかった。
けれど私は、男の顔をしらない。体も、声さえもしらない。
男とはバーチャルな世界で知り合った。
話し方や、行動に好意を持った。何気ない会話のやりとりで、どんどん男が好きになっていった。
男がメールアドレスを教えてくれたので、私たちは離れている日中、頻繁にメールを交換した。
告白したのは私だった。顔文字でキスをした。
彼も顔文字でキスをしてくれた。
好きだよ、と毎日メールをくれた。
私も毎日キスをして、大好きだと告げた。
私にとっては全てが現実だった。
メールでキスをされれば胸が疼くし、好きだといわれると切なくなった。
私たちはメールで自慰し合った。
彼が私に胸を見せて欲しいというと、私は写メで彼に送り、彼は興奮した自分のモノを見せてくれた。
彼が私の裸を見て興奮しているのだと思うと、それだけでうれしかった。もっともっと自分を見て欲しくて仕方なかった。
私は彼に言われるままに、たくさん恥ずかしい写真を彼に見せた。
彼が、お願いだから見せてとおねだりしてくるのがうれしかった。
私は彼に自分の顔を撮って送った。彼は顔は一度も見たがらなかったから、勝手に送った。
その後も彼は変わらず、私に裸の写真を求めた。
けれど、彼が自分の顔写真を送ってくれたことはない。
私はそれを追及することができなかった。顔なんかどうでもいいと思っていたのもある。
私は彼と一緒に暮らす事を望んでいた。
彼と私は遠距離だったから、いつかはそうなるだろうと思っていた。そして、ゆくゆくは結婚できればいいと思っていた。
しかし、彼は会うどころか電話番号さえ教えてくれなかった。
それでも私は盲目的に彼を愛していた。
なのに、あんなにも大好きだったのに、私は言いようのない不安から彼に怒りをぶつけてしまった。
何度も今までケンカをした。私たちのケンカは、メールが途絶えること。そして、1日も経つと彼から謝罪のメールが届き、私はそれで全てを許せてしまう。その繰り返しだった。
しかし、この後彼からメールがくることはなかった。
1週間はずっと彼からのメールを待った。何度も何度もメールを確認した。
そして1週間が過ぎ、2週間が過ぎたとき、私はようやく彼と別れた現実を受け入れた。
この間の記憶はほとんどない。ちゃんと仕事もしていたし、食事もとっていた。なのに記憶がない。
眠っているときまで彼のことを考えていた。許して欲しいと泣きついたら、また元に戻れるのかと何度も思った。
けれど結局、私は彼にメールすることができなかった。
顔も、声も、仕草もしらない男をどうしようもなく愛していた。
彼のためなら何でもできると思った。
けれど、私が愛した男は、本当に実在したのだろうか?
私は彼が送ってくれた文字しかしらない。
私はその文字を、こんなにも愛していたのだろうか?
まるで体の一部をもぎ取られたようなこの苦しみは、一体何なのだろうか。
急に溢れてくるこの涙は、何を恋しがって出てくるのだろうか。
男はもう、私の携帯電話の中にいないのに。
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初短編小説は、実話をベースにしました。
傍から見れば滑稽でしかない事も、当事者は必死なのです。男と女の構造の違いには驚かされるばかりです。