第103話 準備
僕はその日から慎重に準備を始めた。学習塾、英会話学校、合気道、ヴァイオリン、……そしてなぜか料理教室……??下校後と週末のスケジュールの全てが習い事で埋め尽くされていたが、そこへ僕は更に週2日の英会話教室へ通うことを母に願い出た。母は母で、そうした僕の変化を肯定的に捉え、ご機嫌だったようだ。毎週末に開かれる有閑マダムモドキの集会で、母が手の甲を反り返し、声も裏返しながら高らかに笑う様を、連行された弟の嘉彦の口から漏れ聞いていた。僕が勉強をしていると、必ずと言って良いほど嘉彦が部屋に入ってきて、その日の報告をするようになっていた。「『そんな!大した事じゃございませんことよ。うちの哲也が全国模試で3年連続1位だなんて、ホント、大した事じゃございませんの!!』な~んて言うんだよ。僕、すっごい恥かしかったよ」「凄いな……」「だろ?!もうほんっっっっとに恥かしくてさ……」「いや。そうじゃなくてさ。さっきのお前の口調、母さんそっくりだ」笑いながら嘉彦の怒りの鉄拳を交わしつつ、彼の宿題を見ると言う事で辛うじて許してもらった。こうして、僕は母と上手く折り合える弟を人身御供に差し出して、着々と準備を進めていた。だけど、準備をするにも一人では限界があった。そこで、祖父の力を借りる事にした。祖父のNYの出張に同行する名目で海を渡り、SATを受け、大学を幾つか下見した。そして、総スコア2,400満点中ほぼ満点をマークし、入学の手応えを掴んだ。SATテストや高校の成績、人格評価や小論文といったものに不安が無かったけれど、推薦状が問題だった。そこで、祖父に相談すると、「ジェイコブ・ヘイワーズを紹介しよう」と言ってくれた。「ジェイコブ・ヘイワーズ?誰ですか?」「アメリカの政界、財界に非常に顔の利く男だよ。彼だったら、副大統領の推薦状を取り付けることぐらい訳ないだろう」副大統領に推薦状を書かせる?!そんな凄い人と祖父が知り合いだなんて……僕は祖父の交流の広さに改めて驚かされた。祖父はホテルの電話の受話器を取ると、穏やかな声でジェイコブ・ヘイワーズと話を始め、ものの一分もしないうちに僕の方に親指を立てて見せた。僕が祖父と日本に帰ると、家には渡米前に受けていた東大からの合格通知が届いていて、母は狂喜乱舞していた。そして、僕は母の望むままに東大に入った。……が、それから2ヵ月後、僕は大学を退学した。 ↑ランキングに参加しています♪押して頂けるとターっと木に登ります「フラワーガーデン1」はこちらです。良かったらお楽しみ下さい♪