CENDRILLON
[Bonsoir chacun] 星の無い夜。 地上は闇に覆われる‥‥‥事無く、眠らない街は今日も光に溢れている。 途切れる事無く続く人の流れ。一瞬が、交差点で交わって。 誰もがいる、誰もいないこの街。 何か目的がある訳でもなしに、ボクは持て余した時間をここで消化しようとしてる。 父は仕事。残業残業でここ暫く話をしたことも無い。 母はそんな父を見限って出て行った。 友達? クラスの女子は口を開けば彼氏の話。男子は脳が詰まってるのかどうか怪しいから、挨拶程度で。 それからなんか、現状への不満ばかり聞いていて、正直疲れたり。 親がウザいとか先生がウザいとか。 言ってる本人が一番ウザいんだって! こんな視点でみんなを見てるから、友達っていえるのは誰もいなくて。 だからって寂しいとか思ったことは無くて、喧騒の中に一人いることに何か安らぎを感じてる。 こんな街を一人歩きしていると、顔に下心を貼り付けた連中が寄って来たりもするけれど。 相手するだけ時間の無駄なんで、かまった事も無くて。 この時間が、ボクには大切なんだ。 人の流れの中で、確かに世界の一部だって、思う。 なんて、格好つけすぎか。 で。 今日は金曜、街は活気に満ち溢れてる。 何か人の流れが川の流れのように道に沿って続いてて、それが果てるのは‥‥‥ここからじゃ見えないかな。 さて、と。 ボクはどこに行きたいんだろ。 ‥‥‥わからないから、気の向くままに歩を進めて。 [Deja vu] 別に知らない道じゃない。だから、見慣れた風景な訳で。 今日はどこを通ろうか。 視線は泳ぎ、辺りを漂う。 だけど、歩みは止まるでもなくて。ただ、ただ、前へと進む。 風景は流れて、人々とすれ違う。 そんな中で、ボクの視線は吸い寄せられるように小さな路地に向かってた。 ようやく、足を止めたのは古めかしい厚い木のドアの前。 落ち着いた茶の色を、小さなランプが照らしてる。 どこかで、いつか、ここに来た‥‥‥‥‥‥そんな気持ちが、心の底から湧き出して。 懐かしさ、戸惑い。 何だろう、判らないけど来た記憶がある。 だけど、掲げられた看板には『BAR Citrouille』と、書いてる。 バーって、言うことはお酒飲む所だよね。なら、来たことなんてある訳ないのに。 ‥‥‥‥‥‥お酒、飲みたいな。 のどが渇いた、とか、判んない。とにかく、お酒飲みたくて。 気がついたらその重い扉を開けて、中に入ってた。「いらっしゃい」 緑色のチョッキのおじいさんの笑顔に、心臓が大きくひとつ跳ね上がった気がする! ‥‥‥落ち着け、ボク。 私服で歩いてて、高校生だって気づかれたことなんて、なかったじゃない。「今日も暖かですね」「え、ええ」 慌ててたら、きっとバレちゃうんだろう。手馴れたふりして、メニューをめくるけど‥‥‥‥‥‥。 っと。 何飲んだらいいんだろう。 ウィスキーとかジンとか分かれているから、きっとそれが入ってるカクテルだって言うのは判るんだけど。 目の前に置かれたミックスナッツの乗ったお皿がカタンと小さく音を立てて、その先にはおじいさん‥‥‥きっとバーテンダーさんなんだろうな‥‥‥の笑顔があった。「何をお出ししましょうか?」「‥‥‥‥‥‥えっと、飲みやすいのを、お願いします」「かしこまりました」 おじ‥‥‥じゃなくて、バーテンダーさんは小さく会釈して、冷蔵庫から何かビンを三本取り出して自分の正面に並べると、キッチンの下についてる引き出しを開ける。 どうやらそこは製氷室になってて、氷をそこから取り出してる。 手早くシェイカーに氷が入れられて、ビンからシェイカーに順番に三種類注がれて。 軽やかな、シャカシャカと言う音に乗ってシェイク。 一連の動作が、なんかダンスみたい。 そして。 カクテルグラスに注がれたそれは、計った訳じゃないのに溢れる訳でもなく、だけど手にとってこぼれそうな量でもなくて。 流れるような動作で、グラスのふちにパイナップルとオレンジが飾り付けられて。 ふと見ると、いつの間にかバーテンダーさんの手元にあった、四角いビン。そのキャップはなんか。 多分、いや、しょっちゅう見た事があるから、間違えようのないアレ、かな。「そ、それって香水ですか?」 どう見てもアトマイザーのような感じがするから、思わずボクは声を上げちゃって。 だって、さすがにそんなのは飲みたく、ないし。「いえ、香水ではありません。アレキサンダー‥‥‥いえ、魔法使いの魔法です」 そう言うバーテンダーさんの顔は何か、いたずらっ子のような笑顔。 ‥‥‥何だろう、まあ。体に悪いものじゃない、かな。「お待たせいたしました。"サンドリヨン"カクテルです」 頭に疑問符をくっつけたままいたボクの前に出てきたグラス。満たされたきれいな黄色が間接照明の優しい光に照らされて、見えてる。 ゆっくりとグラスを唇に近づけると、鼻腔を刺激するアルコールの香り。 うわ‥‥‥‥‥‥。 アルコール強いのかな。 だけど、おそるおそる飲んでみると‥‥‥あれ?「おいしい」 思わず口をついて出た言葉に、バーテンダーさんは再び小さくお辞儀しながら。「ありがとうございます」 と、なんか嬉しそう。 けど、何かな。ほんとするする飲めちゃって。 おいしい、な。 ゆっくりした気分。一つ、大きく息を吐いてグラスをおいて。「そうだ、サンドリヨンってどういう意味なんですか?」「シンデレラと言う意味です。名前の由来は‥‥‥そうですね、お客様どう思われますか?」 と、言われても。どうして‥‥‥かな。 頭の中で、シンデレラのお話を思い浮かべながら、カクテルを飲み進めてた。 そうしてるうちにやがて、グラスは空になって。「今、何時ですか?」 その言葉が出た時、思い浮かんだ光景は‥‥‥十二時、魔法が解ける瞬間。 ‥‥‥ボクも。 ボクもうちに帰らなきゃ。まだ、この街はボクの居場所じゃない、かな。 魔法みたいにきらびやかな夜の街は、やっぱまだ早いや。 解けた魔法、って訳じゃないけど。 何かドレスを脱ぎ捨てた、そんな開放感。「ぇっと、お会計おねがいできますか?」[le matin!] 翌朝、朝食を食べて考える。 帰ってから調べたんだけど、あのカクテルはレモンジュース、パイナップルジュース、オレンジジュースをシェイクしたもの。 かけてたのは、グラッパアレキサンダースプレーとかいう、お酒のスプレー。 ちょっとかけただけじゃあ、その辺のお菓子と変わらないよね。 酔ってた気がしたけど、雰囲気になのかな。それとも本当に魔法に? 判らないけど‥‥‥なんか。 あのサンドリヨンのグラス‥‥‥シンデレラのガラスの靴が本当に。 ボクに似合うようになるまで、あの街に行くのは辞めようかな。 だって、バーテンダーさんにはきっと未成年だってバレバレだった訳で。 そんな事を考えていると、トイレから出てきた父親と目が合った。昨日も夜遅くて、結局ボクより遅く帰ってた。「‥‥‥おはよう、お父さん」 いつも、無言のまますれ違うボクたち。 だけど、今日はなんか、挨拶なんかしてるよ、ボク。 父のほうも驚いた様子だったけど、なんかものすごい嬉しそうな顔で返してきた。 うん。 ボクは急ぐことなんかないんだ。 少しずつ、一歩ずつ生きていけばきっと。 ‥‥‥‥‥‥きっと。[FIN]---------------------------------------------------------------------------すみません、勢いで書きました(苦笑)。推敲もろくにしてないのでぼろぼろっすね。書き物ももっとしないとだめだめのようです。がんばります。