夢のそのさき 4
振り返ると営業の山本が、立っている。「あっ山本」「おまえ、どうしたの?行き先表示板には休みってなってたけど」「ちょっとな。」「わかった!なにも言うな。時には、はずしたいときもあるわな。」「と、いうか…」「黙っててやるから、こんどおごれよ。じゃあな」山本が京王線へおりていく階段にきえかかろうとすると同時に、あの招き猫の売場のおばちゃんが、咳をしながら、階段をゆっくりのぼってきた。おばちゃんは、ゆっくりと売場づくりをはじめた。道をゆくサラリーマンやOLにとっては、ごく普通の光景かもしれないが、柴にとっては、当然、普通ではありえない。わずか5分が、一時間にも感じられた。鞄から、赤と白の招き猫を取り出し、両脇に起き、宝くじをひとたば、ひとたば確かめるように、売場のカウンターにならべた。「おばちゃん、当たりくじちょうだい」 気が付くと、20代の女性が買おうとしているではないか?「なににするんだい。こするのと一億円があるけど」「一億円?当たるんなら買うんだけどなあ」「スクラッチにするよ。」女の手が、まさに一番外側においてあったスクラッチくじに手をだしかけた。「あっ!」柴が素っ頓狂な声をあげると、女はびっくりして手をとめた。「あなた、なによ。おかしいんじゃないの?」 柴が、驚いたのは、単にくじをとらせまいとしただけではなかった。夢のなかで、お告げをしゃべった女そのものに見えたからだ。起きた直後は、朦朧としていて思い付かなかったが、確かに、あの女に似ている。直感的にそう思った。どういうことだ?「ちょと、どうしてここにいるんだ?」「どうしても、こうしてもないでしょ。なんで、理由なんて必要なの?用をたす前に、宝くじでもかおうかなあって思っただけじゃない。それが、いけないって言うの?」「うん、ちょっと知り合いの女性に似てたんでね。それで声をかけたんだ。」 「そういえば、私もあなた、どこかで会ったような気がする。」 そうしゃべりながら、柴は女性がとろうとしていたスクラッチ宝くじに手をのばした。ビニールに包まれた宝くじ10枚入りの袋を手にすると、おばちゃんに二千円札をなにげに渡し、ポケットにそのくじをねじこんだ。「ちょっと、私が買おうとしてたくじじゃないの?なんてことすんの?」「おれね、これが欲しかったんだよ。夢のお告げがあってね。」「なになんなの?夢のお告げって?ばかみたい。」店の前で喧嘩をはじめられたらたまったものではない。「喧嘩なら、よそでやっとくれ。商売の邪魔なんだよ」「とにかく、これは俺がカネだして買ったんだからね。おれ、ちょっといそぐから。」女がなにか言っているのはわかったが、まず100万円の当たりを確認することだ。みつほ銀行にはいり、記帳台の上で、ポケットから100円玉をとりだし、一枚ずつ擦りだした。三つ同じ絵が揃うと、その横に記載された賞金がもらえる。一枚目はダメ、2枚目は200円。そして三枚目、最初に100万円の入った絵。二つ目もそう、そして三つ目。たしかに、前のふたつと同じ絵柄。そして100万円、とある。すぐに、みつほ銀行の窓口へ行き、当たり券を見せ、現金100万円を手にした。あとは、1億円。ゆっくりもしていられない。まだ、帯封もついたままの1万円の束を、デーバックに押し込むと、さっきの売場にむかった。「おばちゃん、きょうここにあるくじぜんぶちょうだい。」「なんだい、へんなこというね。なんかあったのかい?」「いいからさあ、いくらになる?」「えーと」 おばちゃんは、電卓を引き出しからとりだすと、計算してみせた。「きょはね、1000枚あるのよね。一枚200円だから、20万円だわね」「わかった、いま払うよ」「ごめん、さっきのおねえさん20枚買ってったからのこりは980枚だわね」「いつだよ」「あんたが消えてすぐだったわよ」「ひょっとして、あの女?」「そうだよ、さっきのコだわよ」そのとき、夢のもう一つのお告げを思いだした。最初に会話を交わした女性。まさにあの女性ではないか。柴は980枚分の代金196,000円を払う。しかし、おばちゃんはいろいろと口をだしてくる。「スクラッチも買ってくれないかなあ」「スクラッチはいいよ。いらない。そのさっきの女どっち行った?」「さあね、そこの地下道おりていったような気がするけどね。さっきの喧嘩つづきをするきかい?やめときよ。」「いや、そんなんじゃないんだ。わかった。じゃあ980枚いただいていくよ。」「当たるといいわね。毎度あり!」赤色の招き猫の手が、かすかに動いたことをおばちゃんはもちろん、柴も気付くわけがなかった。柴は、女を追った。つぎは、来週土曜日に。