|
カテゴリ:ベースになる論
さっぱり更新ができなくなってきました。時間がない・・・・・。 馬鹿がつくほど細かく意味のない仕事が増え続けています。みんな自分を守るのに精いっぱいです。書類を作ってアリバイを残すことに躍起になっています。「何月何日までにこの書類を提出してください」と言えば何でもやらなくてはならないような妙な規則に縛られてしまっています。避難訓練をしたら、評価書類、ごみの処理についての評価書類、1年生歓迎会について評価書類・・・・・。 つい先日も、 「自己評価」の書類を提出させられました。馬鹿細かい項目にいちいち答え、ABCDの自己評価をさせられます。PDCAサイクル(プラン・実行・チェック・アクション)を回せと言われます。評価は大事なのだと。 「重点教育目標『共に助け合い、学び合い、深まり合う子』を常に意識して指導をしているか」 そんなこと、常に意識していれません。いやいや、たいていの教師は普通にそういったことを意識はしているけれど、あまりにも設問が抽象的すぎます。そんなこと、自分でどう評価しろっていうのか、自分で評価させて何の意味があるというのか・・・・ 20年ほど同じようなお題目が唱え続けられているにかかわらず、あまりみなさん実現できていないような目標に対して、自己評価が低い人に、どんな支援をしてくれるというのか・・・・ こんな意味がよくわからない書類に振り回されている時間があったら、子供と少しでも向き合うだけの時間がほしいです。話のひとつでも聞いてあげたい、漢字の一つでも覚えさせて褒めてあげたいです。 管理職は勤務時間が長くてお疲れだろうと、「8時に職員室を閉める」と言います。早く閉めるという意識を持つのは大事だと思います。しかし、土曜日に学校で仕事ができなくなったので、平日はできるだけあけておいて欲しいです。 私はテストの採点や教材作りなど、家でできることは全て持ち帰ってやっています。それでも、どうしても学校でしかできない仕事がたくさんあるのに、残酷です。 「8時に職員室を閉める」を言うの前に、勤務時間が短くなるように仕事を精選してくれることが先ではないのかと思います。 教員は残業代を完全にカットされ、その代わりに特別手当をもらっています。手当と言っても一日当たり20分弱相当のお金です。私は1日4時間は超過勤務をしています。休息や休憩もほとんど取ることができません。 一日5コマの授業を受け持っていたとします。休み時間は子供と付き合えと指示がありますし、実際そうしないと成り立ちません。給食・清掃・朝の会や終わりの会もあります。そうすると、それだけで1日に最低6時間強が必要です。 授業をきちんとしろと言われます。『共に助け合い、学び合い、深まり合う子』を授業の中で実現せよと言われます。いいかげんにやったって、準備や後処理で1コマにつき最低平均20分は必要です。それで、20分×5コマ=100分です。 併せて8時間。勤務時間は終わりです。もとより、時間オーバーにできているのです。昔なら、ゆっくりとした夏休みがありましたが、研修・研修・仕事で夏休みでさえ残業をしなくては回らなくなりつつあります。 それに入ってくる、会議、書類提出、トラブル対処、保護者対応・・・・ 管理職の仕事は時間のマネジメントが重要なはずです。 学校全体の仕事量を把握し、年間を見通して計画を立てる(プラン) 計画を上手に調整・運用しながら業務を進める(実行=DO) 勤務時間を超過している教員がいないか、どれくらいの勤務超過があるのか、労働実態を把握する。(チェック) 全体の仕事量が多いなら、改善する(アクション) 管理職はPDCAサイクルが全くできていません。プランの時点で破綻しているのです。これをしないで、偉そうに理想論を並べたて、挙句の果てに自分たちが早く帰りたいのもあって学校を早くしめたいなどと言い始める管理職など、それこそ厳しい評価を下されるべきではないかと思います。 私は仕事人間で、「まともな仕事」で超過勤務をすることについては文句はないです。しかし、残業代も貰えない相手に、提出期限と文句ばかり言って、自分の保身ばかりを図るような管理職は本当にごめんです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ベースになる論] カテゴリの最新記事
|
|