ボクたちの南村荘~ハヤマ君編2~
『スーツ事件』ハヤマ君との想い出パート2。ハヤマ君はいい奴なのか、腹黒い奴なのか解らない。それの典型的な事件がタイトルになっている「スーツ事件」だ。ある春の日、ボクはパチンコで少々儲けて、ニコニコしながら、五条通を歩いていた。すると、一台のライトバンがボクの横に停まり、助手席のスーツ姿の男が笑顔でこういった。「いい話あるんやけど。内緒の話なんでちょっと車乗らへん?」ボクはダメな男だ。こんな甘い話にカンタンに乗ってしまうのである。後部座席に自分から乗った。運転席にもスーツのおにいさんが乗っていて、停車したまま、こういった。「実は、ボクら、四条大宮のマルマルっていう紳士服に勤めてるんやけど、ちょー小遣い稼ぎしようと思ってなぁー。スーツを特別仕入れ値でええし、いらん?」ボクは当時188cmで100キロほどだった。「でも、ボクに合うサイズがないんちゃう?」実際、田舎からでてくる時におふくろが買ってくれたチェックのジャケットとグレーの無地のスラックスは仕立てたものだった。「いや。おにいさんに合うサイズがあるんで、車停めたんよ。一着だったら15,000円、2着だったら25,000円でええんやけど、どーや?」今だったら大手紳士服の店の常套手段となっているが、その頃はまだ青山もコナカもなかった時代だ。ボクは食いついてしまった。「えっ?そんなに安いの?」例の一張羅のチェックのジャケット&スラックスは合わせて12万ほどしたものだったから、思わずそういってしまった。「安いやろー」助手席から後部座席のボクの横に移動していた男がいった。「まあ、気に入ったらでええし、まずサイズ計ってみよ」実際に試着してみたら良かったのだが、男が横に座って来たから、そのスペースがなかった。男はメジャーを出し、ボクの胸囲とかウエストとか腕の長さ、延髄のあたりから尾てい骨までのサイズ(着丈というものか)などを詳しく計り出した。そして「おお!やっぱりぴったりやわ。おにいさんのサイズはエーの6ってやつ」といってライトバンの後部座席のうしろのダンボールからスーツを出してきた。そしてボクには触らせもせずに、たくみにメジャーを操り、袖の長さとか、丈とかを計りながらこういった。「ほら。85。ピッタリやろ?色はどれがええ?」何着か出してきた中からオーソドックスな物の方がいいだろうと思いグレーとコンを選んだ。「20,000円しかもってないんやけど?」とボクがいうと運転席の男が「家は近くか?」と聞くので、説明すると「じゃあ送るし、待ってるから残りの分、取って来て」という事になった。南村荘のそばまで送ってもらい、部屋に入ろうとするとハヤマ君がいた。「お!どーしたん?そのスーツ」ボクがかかえるスーツをめざとく見つけて、おしゃれな彼は問いかけて来た。実はこうこうと話すと変な話やなぁーという。「まあ、部屋で着てみたら?」というので二人でボクの部屋に入り、試着してみると全く小さくて入らない。子供用のジャケットを無理矢理着ている中国の芸人のような感じだ。当然スラックスをはこうとしても、ひざまでしか上がらない。「ごんちゃん!やられたなー。まだおるんやろ?そいつら。一緒に返品しにいこ」車を降りた場所まで二人でいったが、車はもうなかった。愕然として、部屋に戻って、小さすぎるスーツを眺めながら「これってサギか?」と聞くと、ハヤマ君は「いや。ちゃんと試着してみなかったごんちゃんも悪いと思うよ」といいながら、おもむろにスーツを着始めた。ハヤマ君にピッタリのサイズだった。「じゃあ、ごんちゃん。ボクが引き取ってあげようか?2着で2千円で」どうせ着れないサイズだし、四条大宮のマルマルに確認したってそんな輩はいないっていわれるだろうし、ハヤマ君の提案に同意するしかなかった。彼はおしゃれだったので、そのスーツをちょくちょく寝間着のように学校にも着ていってた。ま、彼にとっては一着1,000円のスーツだから。彼はボクにとって「地獄に仏」だったのか。「海老で鯛を釣る」とか「風が吹けばハヤマが儲かる」みたいな諺も頭をかすめるのだが・・・。グッドラック。