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カテゴリ:再放送
今日は長いどー。アホに付き合える人だけ読んでください。
西九条の駅を降りて駅前のドムドムに駆け込んでクラムチャウダーを啜る。この場所は絶滅寸前のドムドム・バーガーがあること一点にのみ価値がある駅前である。 寒風吹き荒ぶ安治川沿いの堤防を歩くと川の水面を滑る横風が氷のように髪を凍てつかせ、オレは慌ててジャケットのポケットからニットキャップとヒョウ柄の耳あてを取り出し、すぐ際を走る大型トラックの埃に目を細めながらシミだらけの堤防のコンクリートを見て歩いた。 気のキツい痩せたホステスのような川面の横風は途中で小雪と名前を変えて、オレが目的のトランクルームに着いた頃には対岸の堤防すらかすむほどの雪景色であった。大阪では珍しいので少し立ち止まり、このドス黒い工業地帯に降る雪を眺めた。 オレはここに貸倉庫を偽名で借りとる。という事実はこの日記を読んでくれとる物好きなアンタとオレだけの秘密や。もしオレが死んだらこの倉庫に眠る数々の本・ビデオ・CD・服・レコード・大人のオモチャ・子供のオモチャ・他ガラクタは契約者不明の自然解約である期間を経てすべて処分される。誰かカネあったらここを「春駒博物館」として保存してくれへんかな。なかなかレアなお宝もあるねんで。 今日は友達が買い取ってくれるというフランシス・レイや映画サントラ、その他フレンチ関連のアナログレコードを取り出しに来たオレは守衛のジジイに言うたびに笑いそうになる時代劇俳優のような偽名を告げてちゃちな鍵を貰い、部屋を開けた。 まるで肉屋の冷蔵庫みたいに冷えきった庫内には川に面した明かり取りの小窓が高い位置にひとつあるだけで、正面には穴あき透け透けパンティを穿いた落書きだらけの等身大のガイコツ模型が二〇〇〇年と数字を形取ったアホなグラサンをかけて頭にはおもちゃの王冠を頂いたままサブそうに震えとる。これがこの部屋の守護神である。パンティに飽きたオレはそれを脱がせてガイコツにペニスバンドを装着し、さらに再び穴あきパンティを穿かせて男根を穴から出した。ははは。アホやがな。 目的のレコードをガサガサと取り出しとるうちにガラクタの隙間から女モンのワンピースが出てきた。前妻が着ていた夏物の薄いワンピースである。離婚の準備をしてる時、オレに背中を向けたまま「捨てる」と書かれた段ボールにこのワンピースをヒステリックにガサっと突っ込んだのを見たオレが背後からビビりながら「・・それ、捨てんの?」と聞いた。「え?なんで?」と素っ頓狂な声で答える彼女にオレは「いや、それ、オレめっちゃ好きやねんけどなー」と言うと「だからや!」と怒られた。オレは彼女の目を盗んでそれを夜中にコソコソとゴミの中から懐中電灯で探し出し、くすねておいたものである。男はここまで哀れな行動に出てるもんかと情けなくなった思い出の逸品である。 音楽の趣味は悪い女であった。酒に弱くカラオケ嫌いのオレを相手に、ベロ酔いのカラオケボックスでドリカムの「うれしい!たのしい!大好き!」をホステス仕込みの超ハイテンションで熱唱されて「なんじゃ!?この女」と困惑した初デートがまるでついこの間のような気がする。ヒールを脱ぎ散らかしてオレのヒザの上で体を丸めて眠る彼女にオレはどうしていいかわからず、しかもカラオケボックスのシステムが今イチ分からんかったので、どエライ延長料を徴収された。オレはその頃、カラオケボックスに「泊まり」があると思もとったのである。 当時、新世界を散歩してたら道ばたでドリカムのCDアルバムが百円で売ってたので彼女に買ってプレゼントした。「なんやの?これ?」「ドリカムやんけ。中古やけど。あの歌も入ってんで」「中古はええけど・・・これフタあれへんやないの?なんかホコリだらけやし」「キズ多いけどちゃんと再生するで。チェックしたもん。曲名も裏に入ってるからちゃんと読めるやろ?」「・・・あんたみたいなアホな男、他におらんわ」。これがオレが今まで一番うれしかったホメ言葉である。 オレは倉庫の中で、彼女のワンピースのシワを伸ばしハンガーで小窓にかけてみた。薄いグリーンの夏モンのワンピース越しに安治川の粉雪がチラついとる。ははは。アホみたいや。 情けない話やがオレは胸がつまりそうになって、現在新しい旦那との間にできた子供も身籠っとる彼女にメールした。「ちわ。クソガキはもう先っぽぐらい出てきましたか?毎晩ちゃんと黒魔術でお祈りしたってるぞ。感謝せえ」。送信。 三十五のオッサンは冷えきったトランクルームの中で背中を丸めて子供用のプラッチックの椅子に腰掛け、ヤフオクで必死のぱっちで落札したテントウ虫型のポータブル・レコードプレーヤーをガサガサと設置して、トム・ウェイツのアルバムをA面だけ聴きながら煙草を吸うた。耳の後ろあたりがジンと熱くなって、まぶたが腫れそうに重い。 ピリリ。着信。オレはドキっとした。が、いつも散髪をしてくれとるRちゃんからの絵文字満開の難読メールであった。「らーめん劇場行きたいねん。今日は何してんすか?」。なんじゃそら。「へい。行きまひょか。七時になんばパークスで」。返信。今日はとても一人ではおられへんと思もた。 守衛のジジイにレコード箱の宅急便を手続きし、オレは来た道を駅に向かって歩いた。小雪は降りやんで、また気のキツい痩せたホステスのような川面の横風がオレを吹き飛ばしそうになった。オレは堤防の途中に設置された作業員用のポカリの自動販売機横のゴミ箱に彼女のワンピースをHMVのビニール袋に煙草の吸い殻と一緒に入れて捨てた。彼女ほどではないにしろ、オレも少しは成長しとるのである。三十五にしては発達が遅れとるが。 夕方の駅の雑踏の中、ピリリ。彼女から返信があった。 「黒魔術て何よ?今日は寒いで。風邪ひきなや」。 西九条の駅から新今宮までの間、シートにグッタリと座ってままオレの記憶はない。 新今宮の駅のホームでキチガイのオッサンが「小泉のボケがぁ!」と何度も絶叫しとるのを聞いて我に返ったオレは、息をひとつ大きく吸い込んで、気絶したカエルが息を吹き返したように人波を泳いで難波に向かった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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