「ぎろろの戀」第二夜
彼女に参っている、と僕は思う。それも半端なことじゃあない。かなり深くだ。もちろん中学生のような恋愛はとっくに卒業しているから、寝ても覚めても、という訳ではない。ただ同じ稽古場にいて、彼女の姿を目で追っている。目をつぶり、彼女の声を聞き入っている。それだけで僕は幸せとなる。女優と演出家という関係は、信頼がないとやっていられない。そりゃあそうだ。そんなに舞台は甘くない。半年以上もの時間を、一円の得にもならないようなものにつぎ込むのだから、おたがいに信頼し合い、一丸となって立ち向かっていかなければ意味もない。だから、そのつながりは、男女の恋愛の比ではない。お互い高みに向かわせる何か、だ。そしてその大義名分を僕は持っている。狡猾な僕はそれをうまく利用する。僕は彼女への愛の言葉を他の役者に喋らせ、そして彼女に言って欲しい台詞を喋らせる。それは何よりも幸せだ。他の役者、特に女子部の連中は、僕が彼女に肩入れするのを差別だと言う。僕もそう思う。差別だ。それは当然の行為だ。この現場は僕が作り上げている。僕が、僕の作品の為に作り上げた現場だ。僕の好きなタイプの女性に肩入れして何が悪い?飲み会の席で、いつも隣にいる彼女について、若いスタッフが「あの二人は出来ているんですか?」と尋ねたらしい。それは違う。そして別に僕はそんなことは求めていない。言ってしまえば、彼女は僕のペットなのだ。気位が高く、わがままで、一歩でも扱いを間違えるとプイとそっぽを向く、そんなペット。