Moon River and me
↑クリックでジャンプします。Moon River, wider than a mile, I'm crossing you in style some day. Oh, dream maker, you heart breaker, wherever you're going I'm going your way. Two drifters off to see the world. There's such a lot of world to see. We're after the same rainbow's end-- waiting 'round the bend, my huckleberry friend, Moon River and me.小学校の同級生に、O君がいて男の子なのに肌の白い秀才だった。でも、なぜか放課後の遊び仲間になった時に、面白がってくれて友達になった。たぶん自分とぜんぜん違う子に興味が湧く時が、あるものだろう。彼の家に遊びに行くと、きれいなお母さんがおいしい紅茶をいれてくれた。紅茶がおいしい飲ものだと思ったのは、あれが最後だったような気がする。日曜日に、遊び仲間とあちこちに行った。ドジで鈍い自分といつも一緒だったのだから、ほんらいならホームズとワトソンみたいになっちまう予定でいたのだが、自分はついにワトソン博士のような医者にはならなかったのは残念でならない。 ところで、オードリィはすでにその時代にはおばさんであった。彼のお母さんが嫌がる彼と自分を映画「シャレード」に連れて行った。本当は、彼は西部劇を見に行きたかったのである。自分は、ノーアイデアであちらの母子とは相当違ってわが家との大きな差異に少々暗澹とした気分になった。わが家といえば、自分のご贔屓なあの岸恵子が主演しているという以外には到底小学生向きとは思えない「からみ合い」(1962年製作=文芸プロ=にんじんくらぶ 配給=松竹)なんかに母親がつれてゆく。いまから考えても顔が赤くなるような映画だ。いや、けして下品な映画ではないが小学生の息子をフツー母親はつれてゆかんだろう。原作 は、小説家の南条範夫で本格的な推理小説の映画化だけれどあの時代では限界に近い痛烈にして濃厚なベッドシーンの連続である。映画そのものも資産家の巨額の遺産相続をめぐる血生臭い都会的欲望の相克劇である。それにつけても、オードリィは救いであった。彼女は、最初から最後まで聖女のままで逝ってくれた。昨今、こういう風な女優は珍しい。高校時代に、ようやく「ローマの休日」を淀川長治の映画劇場でみて卒倒しそうになった。あのおばさんが、こんなに若い時があったのか、と。そういえば街の角々に「マイフェアレディ」のポスターが貼ってあったが、自分にはやはり興味のわかないおばさんにすぎなかった。もともとおばさん大好きな変な小学生だった自分が、まったく官能的な興趣の湧かないという珍しい非肉感的な女優さんだ。ゴボウを削ったような浅丘ルリ子でも、もう少し艶っぽい。その理由は、ひとつにはこの世離れした美貌にあるのだとは分っているのだけれども、彼女は子供時代から恐怖と飢餓の世界をみてきたタフなレジスタンス運動の闘士だったりした。そんな生い立ちにも由来するのかもしれないがどこか誇り高い精神が感じ取れる。歌が上手なジュリー・アンドリュースは感動をくれた。しかし歌えないオードリィは、少年期に絶対必要な彼岸のような憧れをくれた。好き嫌いを遥かに越えた、こういう品質は最近ついぞ見かけない。間違っても女性に首輪をかけようなどと考えない少年に育ったのは彼女のおかげだ。