「遠い日の戦争」 吉村昭
終戦の詔勅が下った昭和20年8月15日、福岡の西部軍司令部の防空情報主任・清原琢也は米軍捕虜を処刑した。 無差別空襲により家族を失った日本人すべての意志の代行であるとも彼には思えた。 だが、敗戦はすべての価値観を逆転させた。 戦犯として断罪され、日本人の恥と罵られる中、暗く怯えに満ちた戦後の逃亡の日々が始る。<感想> ★★★★★来月、「私は貝になりたい」という映画が公開になります。 戦時中、上官の命令によって行った捕虜への虐待により戦争犯罪人として裁かれ、絞首刑になってしまう理髪師を中居正広さんが演じます。 さて、戦勝国が敗戦国を一方的に裁く戦争犯罪に関しては、今なお論議があるようなので詳しく言及しませんが、敗戦後極東軍事裁判でA級戦犯として訴追を受けたのは27人。 そのうち7人が絞首刑になっています。 しかし、罪状の異なるBC級戦犯においては正確な訴追人数は把握されていないものの実に1,000人以上が死刑判決を受けた(減刑者を含む)とされています。 その中には上官の命令を忠実に実行しただけの下士官や兵士なども含まれ、終戦後平穏な日々を送っていた一般人である彼らが、何の前触れもなく逮捕され絞首刑になってしまうという事例がいくつもあったようです。 この作品の主人公は年若い将校です。 当然ながら戦時中エリートだった彼がどのような経緯や背景で捕虜を虐殺してしまったのか?敗戦後一転して戦犯として逃げ回らなくてならない主人公の葛藤などが見事に描かれています。 このジャンルでは柴田錬三郎賞を受賞した帚木蓬生さんの『逃亡』という作品が有名です。 逃亡劇というエンターテイメント性では帚木蓬生さんの方が優れていますが、敗戦時18歳だった著者の経験や心理を色濃く反映した文章は説得力という点で抜きん出ているように思います。 敗戦後、日本は民主化され奇跡の経済成長を遂げます。 その延長線上で生きている私はそれを否定するつもりはありませんが、戦争で負けるということはどういうことなのか?そんなことを考えさせてくれる一冊です。