ほのぼのした思い出
テレビを見ていたら災害で止まった電車に缶詰になり、近くのおじさんに親切にされた話しを聞いて学生時代の事を思い出しました。貧乏画学生だった私はすごく安くなる学割を利用して、急行列車で、確か6時間掛けて何度も東京に展覧会や画廊巡りをしに行きました。昔の学生だからお金は無くとも時間はあるのでした。アルバイトで時間を失う代わりに食費を削ってでも絵を描いたり観察や感じる時間の方を取ったのでした。泊まるのは東京で働いている友人のアパートでした。行きの急行列車では長い時間電車に乗っているので、携帯用の小さなパズルやゲームを持って行きました。でも昔だから今のゲームのように何時間もやれるほどのものではなく、本を読むのも眠るのにも飽きるので、隣りや向かいの色んな人と話しをしました。この時の経験が、今人と話す事に物怖じしない私を作り出したのかもしれないとこれを書きながらふと思いました。ある時、向かいに50代の男性が座っていました。今は何を話したのか忘れてしまったのですが、そのおじさんと何時間も話をしました。楽しく話しをした記憶があります。するとそのおじさんは会津若松で止まった時に、駅で売っている釜飯を二つ買って一つを私に下さったのでした。「こんなおじさんと沢山話しをしてくれた お礼だよ。 食べて食べて」私は喜んで素直に釜飯を美味しく頂きました。今思うと当時でさえ十九、二十歳の娘が中年のおじさんと楽しく話しをするというのは珍しい出来事だったのだと思います。私は色んな事があったにしては屈託のない少女だったのでしょうね。今も十分警戒心が無くて子供達に心配される人間ですが。きっとあのおじさんは屈託のない私と色んな話しをして気持ちの良い時間を過ごしたのでうれしい気持ちを表してくれたのでしょうね。多分私の事だから自分が貧乏画学生で東京まで展覧会を見るために急行列車で時間を掛けて行く事を話したろうと思われ、おじさんは貧乏画学生に美味しい釜飯をご馳走してあげようと思ったのでしょうね!そのおじさんは大宮あたりで降りて行き美味しい思い出を残して去って行ったのでした。あんな風に見返りを求めない関係って良いなあぁ~~♪と、自分がおばさんの年齢になった今つくづく思います。私、良い経験をしたなあ~~~。すごく強烈な思い出(命の恩人の話)もあるんですが、こんな柔らかくてほのぼのした思い出もあったなあ~と思ったのでした。