東京優駿物語 アイネスフウジン
”あるダービーのお話” 1990年、第57回東京優駿が行われる府中のターフに集うエリートたちに、世界最高 の観客動員数19万6,571人の競馬ファンが熱い目を注いでいた、その中心は3頭の競走馬。 アイネスフウジン メジロライアン ハクタイセイ 三冠のひとつ「皐月賞」を武のマジックで勝利したハイセイコーの子供ハクタイセイは 距離を不安視されながらも一番人気に推され、ライアンはその潜在力と馬格の雄大さで 確実なる連帯馬として2番人気を保持し、アイネスフウジンは3番人気と後塵を廃して いた。 アイネスフウジンは1987年4月10日に生誕し、黒鹿毛の美しい馬体でやんちゃな 仔馬時代を過ごした将来有望な馬であった。 この年のちのライバルとなる馬が多く この世に生を受けるが、強い馬を作り出すために近親交配を繰り返し、牧場には3本足 をはじめとする多くの奇形馬が生誕し、処分される・・・ まず五体満足で生まれることだけでもひとつのハードルを越えたといえるだろう、 その後、母親から離れ調教をつけられるのだが、この調教の過程でひどい気性の場合、 先を見据えて去勢される馬も出てくるし、競走馬としてのデビューをあきらめる場合も ある、また元々足下が弱かったり、調教中の故障で処分される馬もいる。 こういったハードルを乗り越え、競走馬としてデビューすることができでも、勝てない と馬主や調教師の判断で振り落とされてしまう、新馬戦、未勝利戦、オープン、そして 重賞、ダービートライアル(3着までに入ると優先的に出走できるレース)などで勝ち 彼らはたったひとつのタイトルを得るために、自分と怪我と相手との競争に立ち向かう。 アイネスフウジンは2歳時の朝日杯でもタイレコード優勝しておりスピードは実証済み ただ気性の問題で覆面をかぶり、逃げ切るという競馬ファンには飛びつきたくなる材料 が揃った馬だった。 しかしスピード馬の宿命か、足下に不安を抱えていたのだ。 その後ライバル2頭に土をつけられたアイネスフウジンと中野ジョッキーはこのダービー に並々ならぬ決意と悲壮感を漂わせ出走してきた、人気は3番、ちょうどいいだろう、 パーフェクトレースを見せてやる、黒鹿毛の雄大な馬体は太陽の光を浴び、過去最高の 輝きを放ち、そのオーラは府中全体を包み込むほどのものであった。 歓声が起こる中、ゲートが開く、アイネスフウジンと中野は、もちろん今日もハナをきっ て化け物といわれた心配機能をフルに使い、先行逃げ切り策を実行するため先頭に立つ、 前半3ハロン35秒7の表示を見て、ハイペースすぎる!いやアイネスフウジンなら・・ 観客は、この無理な逃げ切り策に様々な憶測を持ち、スタミナ不安のハクタイセイではな く、ライアンと横山が怒涛の追い込みで差しきるのでは!と傾いてきた。 1000メートル通過、アイネスフウジンの単独ひとり旅はまだ続く、馬場の良いところ を選び、慎重にレースを運んでいく、向こうケヤキを過ぎても彼は先頭だ、たまらず武は 首を押し先頭を捕まえにかかるが、伸びない!もはや勝負あり、武とハクタイセイは、 ここで脱落、ああぁ~っと観客の悲鳴が聞こえてくる、そんな雑音お構いなしにアイネ スフウジンは府中の長い直線をゴールに向かって突き進む、突き進む、中野も必死にムチ をいれ、頭をグイグイ押してそのままゴールに流れ込もうと最後の力を振り絞っている。 外からメジロライアンと横山が弾丸のように飛んできた、予想通りハイペースの中、末足 にかけたライアンは長く広々とした直線をアイネスフウジンめがけ突っ込む、突っ込む! 横山は大声を上げ、ライアンを奮い立たせ最後の1ハロンにすべてをかける。 ここまできて負けられるか、ベテランといわれながらダービーを勝ったことの無い中野が 飛ぶ鳥を落とす勢いの若手武豊と横山典弘を、そしてアイドルホースの息子ハクタイセイ とメジロが作り上げたライアンを向こうにまわし、僚馬とともに一世一代の大舞台で鳥肌 が立つことをやってのけようとしているのだ、観客は興奮して声にならない叫び声をター フに投げつけている、その瞬間を見届けるまでは・・・ 掲示板には「2分25秒3」のレースレコードのランプが点灯している、勝ったのは アイネスフウジンと中野栄治ジョッキー あまりにも見事な逃げ切りに声を失い、シーンと静まり返った観客席が突如ざわざわと ざわめき出した、どこからか、「ナ・カ・ノ! ナ・カ・ノ!」、コールが始まった。 そのコールはウェーブのように瞬く間に観客全員に広がり、老若男女問わず、手を突き上 げ、「ナ・カ・ノ! ナ・カ・ノ!」と大合唱が沸き起こったのだ、こんな光景は初めて のこと、競馬場がまるでコンサート会場のようで、ボルテージは最高潮に到達した。 あれから16年、第73回東京優駿が今日の15時40分発走となる、まずこのステージ に立てた競走馬たちに不慮の事故等が起こらないことを祈ろう、そして欲張りを言わせて もらうなら中野コールが巻き起こったような、形式的ではない自然な「勝利コール」が沸 き起こるようなレースを見せて欲しいと思ってみたりする。 *第57回東京優駿の動員記録19万6,571人は今も破られていない世界記録、アイネスフウ ジンが叩き出したレースレコードは2004年キングカメハメハに破られるまで14年間トップ を守り続けた偉大な記録、G1で観客が勝利コールを行うようになったのは、このレースか らのことである、オグリキャップから始まった競馬ブームはこの後トウカイテイオー、 ミホノブルボンあたりまで続く。これは慶次の勝手な感覚だが。 みなさんは馬券を買いますか? 買った人に幸あれ追記メイショウサムソンが2冠達成、親父譲りのしぶとい末足を魅せ、石橋とともに菊花賞に向け3冠奪取の体制に入った。 去年と違いガチンコ競馬を見た気がする。 今日は2記事、前の記事、神道短期決戦最終回もよろしくです 一 夢 庵 風 流 日 記